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十九 久郎の秘密 その1

「つまりぃ、久郎くんはこの町から消えてた5年間、異世界に居て、魔王を倒す旅をしてたってことぉ?」


「……簡単にまとめると、そんな感じになるんだろうな」

「わーお、久郎くん、異世界転移系の主人公属性持ちだったんだって! チートだよワン子、チート!」


 俺の説明を聞き終えたいろはがはしゃぎだすが、馬鹿にされているような気がするのはなんでだろうな。


 もしかして、信じていないのか?

 それは、仕方ないことなのかもしれないけれど。


「て、ことは何? 橋爪、あんた、自分は世界を救う勇者様だったって言いたいわけ?」


 犬走は犬走で、明らかに胡散臭いものを見る目をしている。

 本当のことを伝えるのも、なかなか難しいな。


「いいや。俺は勇者って呼ばれてた人に助けられて、その仲間にしてもらっただけだ。走り回って情報を集めたり、敵のアジトに忍び込んだり、偵察したりするのが仕事だった。単純な戦力としては一番下っ端だよ」

「ああ、いるよねえ。ステータスの伸びが中途半端で、終盤全くメインパーティに入れなくなるキャラ」


 いろはよ、それはゲームの話をしてるんだよな?

 俺の異世界生活を知ってるわけじゃないんだよな?


「そんで? ベンチで職業盗賊の久郎くんから見て、向こうの世界ってどんな感じだったの?」


 ベンチって言うなよ。

 周りに居た人達が向こうでもおかしいレベルだったんだ。

 俺は頑張ってたはずだ。


「一番大きな違いは、人間や動物の他に魔族って連中がいたことだろうな。魔族は人間と似たような姿をしてたんだが、そいつらに従う魔物には色んなのがいた」

「ふぅん。どっちかというと最後のファンタジーより、ドラゴンがいる世界でクエストしてた感じなのねえ」

「……ちょっと意味がわからんが、とにかく魔族や魔物は人間と敵対してて、隙があれば襲い掛かってくるような奴らだったんだ。そして、変身したお前らからは、そいつらと似たような臭いがする」

「臭いだって。なんかふぇっちぃねえ」

「ちょ、やめてよ、いろは」


 妙なことを言いながらすんすんと鼻を鳴らし、自分と犬走の臭いを嗅ぐいろはは無視することとして。


「今日、戦った二人組に似た魔物を相手にしたこともあるんだが、これが厄介な連中でな」

「まー、久郎くんがぼっこぼこにされるくらいだしね。どんなのどんなの?」

「スライムと、ゴーレムだ。こっちの世界でも聞いたことあるだろ? あの二人はそれぞれ、向こうでそう呼ばれていた魔物と同じ力を持っていた。スライムは柔らかすぎて、ゴーレムは硬すぎて、物理攻撃が通じない」

「定番中の定番キャラだよねぇ。ゲームとかしない人でも知ってるやつだあ」


 ゲームと実際に相手にするのじゃ全然違うんだけどな。

 二種類とも、対策を練ってなきゃ普通に勝てない。


「それで? 向こうではどうやって倒してたわけ?」


 自然と渋い表情になっていた俺に、犬走が訊いてくる。

 そう、問題はそこなんだ。


「物理攻撃で倒す場合は、どっちも急所を狙うんだよ。スライムには核があるからそこを潰す。ゴーレムは目みたいに脆いところを刃物で貫く、とかだろうな」

「わかってるんだったら、そこを狙って戦えばいいじゃん」

「……殺すわけには、いかなかったからな。妙な力を持っていてもあいつらは人間だ。魔物と違って倒して、はい終わりってわけじゃない。犬走、お前が助けに来てくれたおかげで踏みとどまれた」

「お、おう」


 殺す、という言葉に犬走がやや顔を引きつらせて頷いた。

 こいつがあそこで割り込んでこなければ、俺は何をしていたかわからない。


 もしかしたら、あの二人を魔物と同じように処理していた可能性だってある。


「ふーむ、面倒な相手なのはわかったよお。でも、久郎くん的にやっつけるアイディアとかないわけ?」

「ゴーレムの方は、道具さえあれば何とでもできる。ただ、スライム女がなあ」


 いろはの問いに、俺は腕を組んで唸った。

 俺自身、スライムって奴がどういう理屈であんな姿なのかわかっていないのだ。

 向こうの世界だったら魔法使いのお姉さんが魔法で熱して蒸発させたり、バッキバキに凍らせたりして手っ取り早く処理してたんだが、それだったら殺すのと変わらない。


 ビニール袋のような物に小分けしてしまうか、とも思ったが、あいつガラスを取り込んでたしな。

 細かい物でどうこう、みたいな話ではない気がする。


「なあ、橋爪。その、スライムとやらのこと、もう少し詳しく訊いてもいいか」


 良い案を思いつかず、頭を捻っていたら、これまで黙って話を聞いていた梶さんが口を開いた。


「そうですね。元々は色っぽい女でした。ビキニの水着の上に、寝間着みたいなパーカーを羽織ってて……スタイルに自信があったんでしょう。めちゃめちゃ胸がでかかったです」

「へえ、そりゃ見てみたい……じゃなくてだな、スライムとしての力の説明をせんかい」

「キモすぎ」


 胸の話になると途端に不機嫌な表情になった犬走を横目に、梶さんは慌てて質問してくる。


「その、あれだ、スライム女の表面だ。どんな感じだった?」

「半透明、でしたかね。色は薄暗かったんでなんともはっきりとはしないですけど、青っぽかった」

「触った感じは? ゼリーと、水飴だったらどっちに近い?」

「水飴、かなあ。べたつく感じがありましたし」


 記憶をたどって口にした俺の答えを聞いて、梶さんはふんふんと大袈裟に頷いた。そして。


「人の体の元々の水分率を考えると状態としてはヒドロゲルに近いのかとも思ったが、どっちかといえばニュートン流体みたいなもんなのか? つっても人型に戻ったり、体を小分けしたりできるってことは、体の中の水分をある程度自由に操作できるってこった。つまり、それを上手いこと阻害してやりゃあ……」

「おい、何言ってんだこの人」

「難しいことじゃない?」


 ブツブツよく分からないことを呟きだした梶さんを見て、いろはがアホみたいな返事をする。

 こいつ、ほんと適当だな。


「おし、分かった。スライムの方は俺が何とかする」


 マジでか。

 俺が思わず目をやると、梶さんの顔には何か良いことを考え付いたと言わんばかりの晴れやかさが浮かんでいた。

 さっきの呟きだけじゃ、それが本当なのか判断がつかない。


「まー、梶くんが何とかするって言うんだから、任せといて大丈夫だよ。それでさ、久郎くんは他に、何かして欲しいことなーい?」


 早速パソコンに向かって何か作業し始めた梶さんを置いておいて、いろはが俺に訊いてくる。

 してほしいこと。

 そうだな。


 今すぐに思いつくことと言えば、あれだ。


「どこか、体を思いっきり動かせそうな場所を知らないか。できれば人目につかない方がいい」


 尾長と戦った時から感じてはいたのだが、こっちに帰ってきてからの半年、修行らしい修行をしてこなかったせいで俺の体はだいぶ鈍ってしまっている。


 元通りとはいかないだろうが、ある程度、勘を取り戻したかった。


「それだったら、私が協力できる、と、思う」


 俺の申し出に応えたのは、意外にも犬走だった。


「いい、よね? いろは」

「うん。久郎くんも秘密を話してくれたし、もう、招待してもいいんじゃない?」


 ぼそぼそと訊いた犬走に、いろはが笑顔で答える。

 そのやり取りの意味が、俺にはわからない。


「何の話だ? そんなに大仰な施設じゃなくて、いいんだぞ」

「ううん。お楽しみはまた明日にとっておこうよ。ほら、せっかくのお休みだしい」


 ああ、そうだった。

 俺は今日が金曜日だったことを今更ながらに思い出した。

 明日から学校は二連休。

 俺にとって高校生活最初の休日ということになる。


「また後で連絡するからさ。今日はもう、解散にしよっか」


 いろはの提案に反対する者はいなかった。

 犬走はさっさと立ち上がって出て行ってしまったし、梶さんは聞こえているのかいないのかパソコンと睨めっこ。


 俺も、正直、疲れた。


「ねねね、一緒に帰る?」

「帰らない」

「いけずぅ。あの背が高くておっぱいのおっきい娘とは一緒に登校してるくせにい」

「うるさい」


 そんなやり取りこそしたものの、俺といろはは校門できっちりと別れて各々家路についたのだった。

 5年間も異世界にいましたので、久郎くんにはまだまだ、明らかにしていないことがあります。

 いいことも、悪いこともです。

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