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十五 後輩と先輩とその弟

 いろはと協力しない以上、敵の居場所は自分で見つけるしかない。


 一日の授業が終わってすぐ、俺はスマホの地図アプリとにらめっこを始めていた。


「たしか、昨日の路地の近くの廃工場だったよな……」


 古森というチンピラは、自分たちがいつもたむろしている場所をそんな風に言っていた。

 俺は地図アプリに表示された自分の現在位置から、昨日通った道すじをたどっていく。


 だいたいどの辺りでビルの上まで登ったんだったか。

 それさえわかれば、後は南に一直線に進めばいいはず。

 頭ではわかっているのに、まだスマホの操作に慣れていないせいでなかなか目的地までたどり着けない。


「くそ、もうちょい詳しい地図にできないのか? 拡大するには、どこを押せばいいんだ?」

「何してんの、久郎」

「おわっ……なんだ、妻崎か」


 いきなり真後ろから話しかけられ、振り返ったら思いのほか近いところに妻崎の顔があった。

 俺はかなり驚いたのだが、当の本人は大して気にした様子もなく、そのまま無遠慮にスマホの画面を覗き込んでくる。


「ああ、地図じゃん。どっか行きたいところでもあるの?」

「いや、そういうわけじゃない。この辺に何があるのか調べてみようと思ったんだけどさ、拡大ボタンがどこかわからなくてなあ」


 まさか不良のアジト的な場所を探しているとも言えない。

 適当なでまかせを口にして、誤魔化しておこう。


「いや、スマホにボタンて……拡大ならほら、こーするんだよ」

「おお」


 俺の肩に手を乗せて体重を預けながら、妻崎がもう一方の手をスマホに向けて伸ばしてきた。

 そして、画面に触れた親指と人差し指を縦に開くようにして滑らせる。

 その動きに合わせて、地図がぐっと拡大された。


 なるほど。

 指の使い方にもコツがあるのか。

 妻崎が何の気なしにやったところからすると、初歩的な技術なのかもしれないな。


「なあ、これで目的地を探すこともできるのか? 例えば、そうだな……コンビニとか」

「うん。できると思うよ。この検索用のバーのとこに文字を打つの。コ・ン・ビ・ニ、と。ほら、できた」

「おおお、これは、すごいな」


 妻崎の操作に合わせて、地図の上にいくつかの赤いマークが現れた。

 これがコンビニ、ということか。


「ええっと、久郎は町の様子を知りたいんだよね。だったら、地図よりも航空写真のほうが良くない? どこで切り替えるんだったかなあ。あ、そうだここだ。ほら、ここタップするの」


 俺の大きなリアクションに興が乗ってきたのか、妻崎が勝手にどんどん進めていってくれる。

 それはいい。

 どういう技術なのか、画面が地図から実際の建物の写真に変わって表示されたのは、とてもありがたいが。


「……すまん、妻崎。ちょっと、重い」


 俺が手に持ってるスマホを、妻崎が身を乗り出して操作する姿勢になっているせいで、肩にかかる体重がどんどんきつくなってきている。

 いや、重さそのものは耐えられないほどじゃないんだが。


 さっきからちょいちょい、柔らかい感触が当たってきているのだ。

 それが何かは確かめるまでもない。


「久郎。今、何て?」

「だから、ちょっと重、おおおっ⁉」


 肩にかかる圧力が突然、ぐんっと大きくなった。

 離れて欲しいという意思表示のつもりだったのだが、妻崎にはちゃんと伝わらなかったようだ。


「人が! せっかく! 教えてやってるのに! 失礼なことを言うのは、この口かあ!」

「いててててて! ちが、別に太ってるとかそういうことじゃ……」

「太いとかいうな!」

「単語だけに反応すんなよ!」


 勘違いをした妻崎は怒りだし、頬の肉をつまんで引っ張ってくる。

 逃げ出そうにも、座った体勢の上から体重をかけられているせいで身動きが取れない。

 しかも下手に抵抗すれば変なところを触りそうになる。


 俺が男だってことわかってんのか、こいつ。


 内心ハラハラしながら掴み合っていた時だった。


「二人とも、楽しそうね」


 とんでもない殺気を感じた。


 いやいや、殺気?

 ここは学校だぞ。

 そんなものどこから湧くっていうんだ?


「……姉ちゃん?」

「奈々子先輩⁉」


 気配を辿ると、教室の入り口に姉ちゃんが立っていた。


 俺の言葉に、妻崎もすぐその存在に気づいてピタリと動きを止める。

 そりゃまあ、部活の先輩にこんな子供みたいなじゃれ合いを見られるのはきまずいだろうな。


「ふうん、クロくんが言ってた友達って、あなたのことだったのね。歩美」


 にこにこと笑いながら、姉ちゃんは俺達の方に歩み寄ってくる。


 おかしいな。

 何だこのプレッシャー。


 変身したいろはや、犬走から感じる魔物の気配とは違うけど、何か得体の知れない圧みたいなものが出てる。


「ずいぶんはしゃいでいたみたいだけれど、何してたの?」

「く、久郎くんに、スマホのアプリの使い方を教えてました!」


 久郎……くん?


 姉ちゃんの視線はさっきから妻崎に向けられっぱなしだ。

 それが分かっているのか、妻崎は自然と気をつけの姿勢になっている。

 背筋を伸ばすと改めてそのデカさが分かるが、今は縮こまって見えるのはなぜだろう。


 部活の上下関係って、こんな感じなのか。

 厳しそうだなあ。


「そ。弟と、仲良く、してくれてありがとうね。歩美」

「ひ、ひいいっ! そんな!」


 仲良く、を妙に強調し、ぽん、と姉ちゃんは両手を妻崎の肩の上に乗せて微笑む。

 それに答える妻崎の声は上ずっていた。


 どうしたんだ?

 さっきから視線がずっと泳ぎっぱなしだぞ、コイツ。


「でもね、歩美」

「で、でも?」


 ふっと、姉ちゃんの笑みが悲し気な表情に変わり、妻崎がごくりと喉を鳴らした。


「弟の相手をするために、部活をズル休みする必要は、なかったんじゃないかしら」

「あ、あわわわわ、そそ、それはですね」


 あーあ、全部ばれてるじゃないか。

 そりゃ怒られても仕方ない。


 ただ、そこに関しては俺のせいでもある。


「姉ちゃん、妻崎は気を遣ってくれてたんだよ。その、俺が……」

「それはわかってるのよ。クロくん」


 だから、黙ってなさい。


 口に出していないはずなのに、姉ちゃんのそんな声がはっきりと聞こえた。

 駄目か。

 こういう時の姉ちゃんは聞く耳もってくれないんだよなあ。


「そうね、歩美。この間は弟が付き合わせちゃったみたいだから、今日は私があなたの練習に付き合うわ」

「いやいやいや、奈々子先輩は受験勉強もあるだろうし! 悪いですよそんな!」

「遠慮しないの。私も久々に体を動かしたいし。鈍ってても、シートレシーブの球出しくらいはできるわよ」

「それって、もしかしてワンマン……」


 シートレシーブというのは、野球で言うノックのバレーボール版みたいなもんだ。

 球出しの人が投げたり、打ったりしたボールを落とさないようひたすら拾い続ける練習。

 それを一対一でやるのをワンマンと呼ぶらしい。

 これがとにかくきついのだ。

 小学生の時、姉ちゃんのバレーの練習を見に行って、俺はそう感じた。


「うふふふ、一緒にいっぱい汗をかきましょうね」

「ちょっと待ってください! 久郎! ねえ! なんとかして! 怖い!」


 姉ちゃんはそのまま妻崎の手を掴んで、教室の外へ歩き出す。

 引きずられる形になっている妻崎を見て、俺はなんとなく散歩を嫌がる犬と飼い主を連想した。


「二倍、頑張るんだろ? ちょうど良かったじゃないか」

「良くないよ! 久郎、あんたほんとになんもわかってないわけこの状況! 裏切者! 恨むからね!」

「さあさ、つべこべ言ってないで行くわよ」

「いやっ、助けっ……もうやだああああああ!」


 ぴしゃり。


 教室のドアが閉まって、廊下を反響する妻崎の悲鳴が遠ざかっていった。

 ご愁傷さまだ。


「あの二人も、変わらないなあ」


 姉ちゃんと妻崎は昔っからあんな感じなのだ。

 小四の時に妻崎が姉ちゃんと同じ地域のバレーボールクラブに入ってきて、一緒に練習するようになった。

 それをよく見学に行っていた俺としては、なんとも懐かしい。


 ちょっと可哀想な気もするが、今は、妻崎よりも気にかけるべきことがある。

 俺はスマホに再び視線を戻した。


「……ここ、怪しいな」


 妻崎のおかげで見やすくなった地図の中に、工場跡らしい場所を見つけた。

 場所も、昨日の路地の近くで間違いない。


 行ってみる価値はありそうだ。


 俺は早速、鞄の中に入れていたゴーグルとその他の装備を確かめてから、学校を後にした。

 久郎は身長こそ平均的な高校生の男子より低いのですが、容姿は非常に整っています。

 それだけに、昔から女子からはわりと好意を抱かれることも多かったのです。

 基本的に自分に向けられる視線は好意的なものだったせいで、恋愛感情の機微については絶望的に疎いという弱点があります。

 いわゆる鈍感系ですね。

 耳はいいので、難聴系ではないのですが、聞こえてても意味を正しく汲み取らないことがあります。

 作者でもちょっとイラつくくらいがちょうどいいのだと思っています。

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