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十四 まだ仲間というには時間が足りない

 昼休みになってすぐ、俺はいろはが待っているはずの第二視聴覚室に向かった。


 弁当は教室に置いてきた。

 いろはや犬走と、ゆっくり昼飯を食べるなんて御免こうむる。

 要件だけ聞いたら、さっさと帰るという意思表示だ。


 ……ささやかな抵抗だな、我ながら。


 俺は視聴覚室の前で情けなさを噛みしめながら、入り口のドアを開く。


「やっほー、久郎くん。来てくれて嬉しいよぉ」


 間髪入れず、締まりのない声が飛んできた。

 待っていてもらって、こんなに嬉しくないことも珍しい。


「お前ら、何してんだ?」

「んんー? 髪の毛を三つ編みにしてもらってるのぉ。ワン子、上手なんだよぉ」


 中に入ってすぐ、回転式の椅子の背もたれに、たらんともたれかかったいろはと、その後ろに立つ犬走が見えた。

 体のどこにも力が入っていなさそうなだらけた姿勢のいろはが、首だけ動かして俺を見る。


「自分ではできないのか、それ」

「できるけど、人にやってもらった方が気持ちいーの」


 確かに、いろはの髪の毛を編む犬走の手つきはとても丁寧だった。

 長くて多い黒髪を三つに分けて、くるくるとねじるように手際よく巻いていく。

 それだけ甲斐甲斐しくやってもらえば、そりゃ気持ちもいいだろう。


「髪をほどいてたということは、お前、力を使ってたんだな」

「うん。久郎くんのおかげで色々わかったから、調べものをしてたんだあ」


 こいつの言う調べものとは、あの海藻みたいな頭になってパソコンを操ることだろう。

 髪をいじられている最中のいろはは、ちょいちょいと俺に向かって手招きをしてくる。

 自分の目の前にあるパソコンを見に来いということらしい。


「……こいつは、昨日の奴か」


 いろはの傍まで歩み寄り、覗き込んだパソコンの画面に映っていたのは一人の男の顔写真だった。


 真正面から取られたもののようで、どこか不貞腐れたような印象を受ける。

 顔立ちにこれ、というような特徴はないが、見覚えはあった。

 尾長の取り巻きの中で一番根性がなかった奴だ。

 こいつを昨日、締め上げて尋問した。


「この人の名前は古森天真さん。警察に残ってる情報によると、高校を途中で辞めちゃった後、街の不良さんたちと仲良くし始めて、ちょっとした悪い事をいっぱいしてきたみたいだねえ」

「そんなこと、わざわざ力を使ってまで調べる必要あったか? 想像通りだろ」

「んもう、せっかちい。この人からたどっていったんだよお」


 ぷうっと白い頬を膨らませてみせるいろは。

 よく伸びる肌だな。

 つきたての餅のようだ。


「ほら、この古森さんが昨日言ってたでしょ? この町で一番悪い人のこと」

「ああ。尾長も、その、なんとかってあだ名の奴の下について悪さをしてる一人なんだったな」


 犬走を助けた後、古森とかいう不良はよっぽど痛い目に遭うのが嫌だったのか、ペラペラとよく喋ってくれた。


 仲間を売ることになる、とか、そんな葛藤がまるでなかったあたり、強い奴に媚びているだけのしょうもない人間なんだろう。

 情報を聞き出すのに手間がかからなかったのは幸いだった。


「オーガだよ。こいつの話を信じるなら、そう名乗ってる奴がこの町のチンピラを仕切ってるってこと」

「だっさい名前だよねえ。可愛くなぁい。それとも何か、意味でもあるのかな?」


 俺が思い出せなかった名前を犬走が口にして、それを聞いたいろはがいひいひと笑う。


「オーガ……鬼、か」


 通り名が魔物の名前なのは偶然ではないんだろうな。

 尾長が下についているということは、そいつも何らかの力を持っていると考えておいた方が良さそうだ。


 名前の通りなのだとしたら馬鹿力や頑丈な体とかか。


「それで、そのオーガって奴については調べがついたのか?」

「それがわっかんないんだよねえ。この町で警察のお世話になってる人はたくさんいるみたいなんだけどお、こういうローカルなネタってネットで調べるには不向きっていうかあ」


 いろはが少し悔しそうな表情で爪を噛みながら、パソコンの画面を見つめる。

 古森の写真の次は、これまたガラの悪そうな連中の顔が次々映し出されるが、どれも似たり寄ったりだ。


 これだけでは誰がボスか判断するのは難しいだろう。

 しかし。


「思っていたより、面倒な状況になってるんだな。この町は」


 話を聞く限り、尾長レベルの人間を何人も従えている誰かが居るのは間違いない。

 そうなってくると、いろは達の目的を果たすためには、その一番力を持っている奴を叩くしかないということになる。


 肝心なのはオーガとかいう奴の居場所だが、まあ、まるであてがないわけじゃない。


 自分がこれからどう動くべきか。

 俺が頭の中で算段をつけ始めていたその時。


「おーっす。すまんな、いろはちゃん。遅くなった」


 がらり、と、部屋の扉が開いた。


 太くて低い、男の声だ。

 予期せぬ来訪者に、俺は思わず身構えてしまう。


「おお? 知らん顔がおるな。お前さんが新しいメンバーってことか」


 そう言いながら室内に入ってきたのは、とても小柄な男だった。

 俺も自分の背が低い自覚はあるが、さらに十センチは下回っているんじゃないだろうか。

 ただ、小さいからといって子供っぽいかと言われれば、その逆。

 浅黒い肌の色と、ごつごつ角ばった目鼻立ちのその男は、どっちかというと老けて見える。


「ほお、いろはちゃんが言ってた通りだ。なかなかの男前じゃないか」


 男はのしのしと近づいてきて、俺の顔を見上げてくる。

 背は低いが、体重は俺よりもかなり重そうだな。

 がっしりとした腕を見ると、太ってるというより筋肉がみっちりつまっているような印象を受ける。


「はじめましてだな。俺は二年の梶一鉄だ。よろしく」

「あ、ああ。橋爪久郎です。よろしくお願いします」


 男が手を差しだしてきたので、俺もそれに倣って握手する。

 指が短くて、皮膚がとにかく分厚い。

 無骨とか、頑強とか、そんな言葉がしっくりくる人だ。

 いろはや犬走のことを考えると、この人もやっぱりあれか。


「……あんたは、ドワーフなんだな」


 向こうの世界でそう呼ばれる種族の力を持っているに違いない。

 俺は確信を持って言ったのだが。


「ぶフヒっ!」


 俺の言葉を聞いたいろはが突然、盛大に吹き出した。

 梶、と名乗った先輩はしばらく固まった後。


「はっはっは、ばっきゃろ、俺はれっきとした人間だっつうの!」


 大きく口を開けて豪快に笑いながら、平手で肩を叩いてくる。

 怒ってはいないようだが、見た目通り、一発一発が重たい。


「いひゃひゃひゃひひひ、どわ、ドワーフて! 久郎くんひどすぎいひひひひ」


 いろはうるせえ。

 これまでの流れで、この見た目だったら勘違いもするだろう。

 俺は悪くないはずだ。


「梶さんも私達の仲間だよ。頼りになるのは間違いないけど、私やいろはみたいに特別な力はないんだ」


 ゲラゲラ笑って使い物にならないいろはの代わりに、犬走が呆れたような口調で伝えてくる。


「いや、でも、この見た目」

「ほっとけ! 遺伝じゃ! お前だってどっちかと言えばチビだろがい」


 それは、そうなんだが。


 俺は目の前の太くて、小さな男を改めて見つめる。

 見れば見るほど向こうで出会ったドワーフ族にそっくりだ。

 これで立派な髭でもこしらえていれば完璧。


 俺と同じ制服を着ているということは、この学校の生徒の一人なんだろう。

 二年ってことは、先輩なのか。


「梶くんはねえ、うちの学校の工業科のトップなんだよお。手先が器用で、色んな物を作ってくれるの」


 やっぱりドワーフじゃないか。


 目尻に浮かんだ涙を拭いながらのいろはの説明に、思わず喉から出かかった言葉を飲み込む。


「その……失礼しました。悪気はなかったんです」

「おう、構わん構わん。うちの女性陣はちっとクセが強いからな。男同士仲良くしていこうや」


 だいぶ失礼なことを言ったはずの俺を、梶さんは軽く笑って許してくれた。

 後半の言葉を聞く限り、この人はまともそうだ。

 良かった。

 ようやくこっちの世界でも、年の近い男の知り合いができた。


「梶さん、色々作れるって、例えば何を?」

「そうだなあ。金属とかプラスチックの加工に、精密機械の組み立て、薬品に……ああ、あと裁縫もか」


 腕を組んでつらつらと思いついたことを口にする梶さん。

 特に自慢げな様子もない。

 できることをただ言っているだけという感じ。


 つまり、なんでもできるってことか。


「すごいっすね」

「まあ、一通りな。趣味みたいなところもある」

「謙遜しちゃって。うちの学校じゃ先生も形無しの有望株のクセにい」


 そう言って茶化すいろはだが、なんでそんな立派な人がこの不気味な女に協力しているのだろうか。

 弱みを握って無理矢理手を貸させている、とか、そういうわけでもなさそうだが。


「例えば、私が変身する時の服も、梶さんが作ってくれたやつなんだ」


 犬走の服、か。

 最初に襲い掛かられた時に着ていたジャージではなくて、変身した時の方となると。


「ああ、あのエロい格好のことか」

「エッ……橋爪! お前そんな目で見てたのかよ!」

「あんだけ色々むき出しになってたら、そりゃな」


 腹とか、背中とか丸見えだったし。

 毛で隠れるにしても、ぴっちりして体のラインはまるわかりだった。


「へ、変態! キモいんだよスケベ!」


 があっと、吠えるように犬走が罵ってくるが、見せられただけのこっちとしては納得がいかない。


「……久郎よ、よく聞け」


 首を傾げる俺に向かって、梶さんが何やら神妙な面持ちで語りかけてきた。


「いいか。あのデザインはな、犬走ちゃんの毛が生える位置やら、尻尾の動きやらを考慮して設計したもんだ。確かに露出が多くて、布地も薄いが、必然性あってのことなんだよ」

「…………それ、本音ですか」

「ぶっちゃけ実際に犬走ちゃんが着たら、思ってた以上にエロくてビビった」

「梶さん?」


 嘘ですよね、とでも言いたげな表情で犬走が梶さんの顔を覗き込む。

 その悲痛な表情を見て堪え切れなくなったのか、梶さんは冗談だよ冗談、と笑った。


 ああ、この人とは仲良くなってもいいかもしれない。


「まあまあ、いーじゃん? 減るもんじゃなし。ぺちゃぱいのワン子はあのくらいでちょうどいいよ」

「ぺちゃぱっ……いろはまで! そりゃあんたはいーだろうけどさあ!」

「いやん。カップ数バラしちゃやーよぉ」

「そっちのEじゃない! てか、え、うそ、そんなに?」


 言ってから意外な大きさに驚いたのだろう。

 犬走が愕然とした表情でいろはの胸元に目を向ける。


「うん、なんか育ってきた。あー、久郎くん、今見たでしょぉ?」

「見てねえよ」


 嘘だ。


 犬走につられて俺も思わず目を向けてしまった。

 ただ、ダボッとした制服の着こなしのせいでよく分からなかったというのが正直なところだ。


「ほんとかなあ? べつにいーのにい。やらしーんだあ」


 胸元を両手で隠すようにしていろはがいひいひ笑みを浮かべる。

 なんだろう。この耐えがたい敗北感。


「とりあえず梶君の物作りの腕が凄いのはホントだから、むっつり久郎くんも助けてもらうといいよぉ」


 誰がむっつりだ、誰が。

 さっきのは、ちょっと油断していただけのことだ。


「そういうこった。なんか要りようになったら相談しろや」


 そう言って腕を組む梶さんは、ドワーフ似の見た目のせいもあってとても頼もしく見えた。

 確かに百均で使えそうな物を探し回るより、良いに違いない。


「おっと、いかんな。邪魔しちまっただろ。さっきまで何の話をしてたんだ?」


 自分が部室に入ってきたことでそれまでの会話が途切れたことを思い出したのだろう。

 梶さんがいろはに尋ねる。

 ほんと常識的だな、この人。


「あのねえ、ラスボスの名前は分かったんだけど、どこで何してるのかはわかんないねって状況の話」

「ふむ。ゲームならちょっとしたボスを倒して、そいつがやられ際に口走った感じか」

「お許しください、何とか様! みたいなノリな」

「え?」


 俺が乗ってきたのが意外だったのか、いろはが目を丸くしてこっちを見てくる。


 マジで向こうにはいたんだよ、そういう奴が。

 何のことかわからないだろうから、言わないけど。


「……そのラスボスの居場所なんだけどな、俺に考えがある」


 昨日、古森とかいうチンピラから聞き出した話の中に、尾長のような連中がよくたむろしている場所の情報があった。

 そこに行って、直接話を聞けばいい。

 もしかしたらオーガ本人がいるかもしれない。


 俺はそう思ったのだが。


「久郎くん、それはダメ」


 提案を遮るようにして、ぴしゃりと、いろはが言い放った。


「まだ何も言ってないだろ」

「言わなくてもわかるよお。敵の本拠地に一人で乗り込もうとしてるんでしょ?」


 当たりだ。

 俺の思惑を見抜いて、否定してきたいろはの目を俺は睨み返す。


「お前の得意のパソコンで見つけられないんだろ? だったら怪しい奴らに話を聞きに行くしかない」

「一理ある。でも、ダメなものはダメ」

「何でだ」

「危ないから」


 いろはにしては珍しく、有無を言わせない口調だった。

 俺達の間の空気が張り詰めていくのを感じる。


「私の予想だけど、久郎くんが尾長を襲ったことはもう敵さんたちの間に広がってると思うんだあ。そうなると、当然、やっつけるための準備を始めるよねえ」

「どの道、手荒いことになるのは避けられない」

「わからない? わざわざ敵さんが手ぐすね引いて待ち構えているような所には行かせたくないってこと」

「……なるほど。気を遣ってもらって、悪いな」


 お優しいことだが、従うつもりはない。

 これからタチの悪いな連中を相手にしようというのだから、多少のリスクには目をつぶるべきだ。

 尻込みしていたら、近づけるものにも近づけない。


「久郎くん!」

「なんだよ」


 話は終わりだ。

 そのつもりでいろは達に背を向けて、部室から出ようとしたところを呼び止められる。


「……行かないよね? お願い」


 振り返った俺に、いろはが念を押すように言ってくる。

 どういうつもりかは知らないが、少しくどいな。


「安心しろ。お前らのやってることには、ちゃんと手を貸すから。それは約束する」

「じゃあ、もうちょっと待って……」

「でも、どうやるかは自分で決める」


 何か言いかけていたいろはを無視して、俺は部屋のドアを開けて外に出た。

 振り返らずに後ろ手で閉める。


「危ないから、か」


 それは間違いがないだろう。


 だからこそ、危険に身をさらすのは俺だけでいい。

 胸のサイズの設定の話。


 リファ<妻崎<いろは<アイギス<久郎姉<犬走となっています。

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