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十三 お誘い

「……ろう、久郎ってば。起きなよ。電車、もう着くよ」


 誰かに肩を揺らされて、俺は目を覚ました。


「悪い。寝てたのか」


 目を開けても、一瞬、ここがどこなのか分からなかった。

 どうやら夢を見ていたらしい。

 眠気を飛ばそうと頭を振ると、だんだん思考に現実味が戻ってきた。


 ここは早朝の電車の中だ。

 通勤や通学の時間と少しずれているせいか、乗客の数はまだ少ない。

 そのおかげで座席に座ることもできた。

 妻崎に付き合って、早めに家を出るようにして正解だったと思う。


「ずいぶん、ぐっすりだったね」


 横に腰かける妻崎が顔を覗き込んでくる。

 そうだったな。

 俺は、こいつが朝練に行く時間に合わせて通学しているんだった。

 寝ぼける、なんでのは本当に久しぶりの感覚だ。


 良い事だと、自分に言い聞かせる。


「寝不足?」

「まあな。姉ちゃんが寝かせてくれなかったんだよ……」

「…………え? 久郎、あんた実のきょうだいで何してんの?」

「勉強。まだ授業に全然ついていけないからな」

「そ、そりゃそっか。は、ははは、いくら奈々子さんでもな、はは」


 引きつった笑みを浮かべて胸に手を当て、焦ったーと呟く妻崎。

 何にそんなに驚いたのだろうか。


「中学で習うところを一からやってるんだけどさ、数学がどうにもな」


 昨日は犬走を助けに行った後でもあったしな。

 なかなか頭が回らなくて、姉ちゃんの熱心な指導が長引き床につくのが遅くなってしまった。


 堪え切れず、込み上げてきた欠伸を噛み殺す。


「そんなに眠いなら、無理してあたしに合わせなくてもよかったのに」

「いいや。好きでやってることだからな。気にしなくていい」

「ふお?」

「満員電車はしんどいし、早く行けば教室で静かに勉強もできる。三文の得ってやつだ」


 姉ちゃんは教え上手だが、ベタベタしてきて鬱陶しいことがある。

 人気のない教室で、落ち着ける時間があるというのはとてもありがたい。


「ああ……そっちね。そういうことならさ、あたしも勉強教えてやろうか?」


 一瞬、呆れたような表情を浮かべた後、妻崎がポンと手を打った。


 こいつに、勉強を、教わる?


「…………大丈夫なのか」

「ねえ、何、その反応。ケンカ売ってんの? お?」


 疑う気持ちを隠さなかった俺の態度がお気に召さなかったようだ。

 妻崎の目が三角になる。


「あたし、キャラはこんな感じだけど、勉強はできるからね!」

「こんな感じって、お前」


 自覚はあるんじゃないか。

 まあ、人柄と成績は必ずしも一致しないというのは分かるけど。


「ふっふっふ、何を隠そう、この歩美さんの一学期末のテストの成績はなんと!」

「なんと?」

「学年で十四番! どうだ!」

「…………………」

「あ、あれ? 聞こえなかったかな? 十四番だよ。三百人くらいの中で」


 そうか。

 小学校と違って、高校ではテストの順位なんてものが出るのか。

 恐ろしいが、しかし。


「すごいな。お前、めちゃめちゃ上位じゃないか」

「で、でしょ! 頑張ってるよね、私! 本当は微妙とか思ってないよね!」

「何でだ? 俺からしてみたらもう、天才みたいなもんだ」

「いやいやいや、それはいくら何でも言いすぎだって」

「謙遜するなよ。部活でもレギュラーで大変だろうに、尊敬する。大したもんだ」

「やめてよー照れるよー」

「文武両道とははこのことだな。いやもう、これからは妻崎さんと呼ばせてもらおうかな」

「それはやめて」


 おおっと、突然の真顔だ。

 気分よく照れさせてたつもりだったんだが。


「久郎、わざとやってんでしょ、それ」

「バレたか。いやでも、本当に」

「怒るよ?」

「ごめん」


 始めはむずがゆそうな表情だったんだが、今はもうスッと目を細めて一触即発といった雰囲気だ。

 ここは素直に頭を下げておく方がいいだろう。


「それで? 勉強は? 教えて欲しいの、欲しくないの?」

「教えてもらえると、ありがたいです」

「うむ、素直でよろしい」


 ジトッとした視線をこっちに向けていた妻崎が、俺の返事を聞いて腕を組み、大仰に頷く。


「じゃ、今度、あたしの部活が早めに終わる日にでもどう?」

「ああ。それでいい。助かるよ」

「おっけー、決まりね」


 にこにこと笑う妻崎の反応は実に気持ちがいい。

 部活も大変だろうに、俺みたいな厄介者の世話まで焼いて、本当に面倒見が良い奴だ。


「…………ん?」

「どしたん久郎?」

「いや、ちょっと連絡がきただけだ。気にしなくていい」


 俺は取り出したスマホの画面に表示されたメッセージを見て、すぐにポケットに戻す。


「なんか、顔怖いよ? 誰から?」

「……姉ちゃんからだ。大したことじゃない」


 咄嗟に嘘を吐いてしまった。

 画面に表示されていたメッセージの送り主の名前は、いろはちゃん、だった。


 あいつ、ふざけた名前で登録しやがって。

 何が『一緒にお昼ご飯食べたいの』だ。


 無視しようが、しまいが、どうせまた面倒なことになるんだろう。

 あの部室とやらに、また行けばいいのか?

 その辺まで、きちんと説明しろってのに。


 駅が近づき、緩やかに減速を始めた電車の中で俺は深く息を吐いた。

 いろはは、その能力によって人のスマホを操作することができます。

 自分の連絡先も久郎のスマホに勝手に登録しました。

 とんでもない能力ですね。

 私は後ろめたいことがあるので、絶対に使われたくないです。

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