異の弐 少年は疑われる
森を抜けるとすぐに、川辺に辿り着いた。
俺を助けてくれた人達は少し開けた場所を見つけるなり、手際よく火起こし、腰を下ろして休めるよう準備してくれた。
焚き火を囲む人の影は全部で四つ。
たまにパチパチと音を立てる炎と、自分以外の三人の顔を代わる代わる見つめながら、俺は冷たい石の上に縮こまるようにして座っていた。
「つまりなんだ、このガキはここじゃないどっか別の世界から来た、と。そう言いてえのか」
俺が途切れ途切れに話したことを聞いて、最初に口を開いたのは見るからに怖そうなおっさんだった。
短く刈り込んだ黒い髪と、冗談抜きで俺の三倍くらいは筋肉がありそうなごつい体つき。
口元やもみあげ、顎の下には髭が生い茂っている。
うちの父さんも、毎日剃っていなければこうなってしまうのだろうか。
「話を聞く限りでは、そういうことになるんだろうな」
「はっ、とてもじゃねえが信じられねえよ」
森の中で化け物から俺を助けてくれた女の人の言葉を鼻で笑って、おっさんがこっちを睨んでくる。
「クロウっつったか? こいつ、ビビりすぎておかしくなっちまってんだろ」
クロウじゃなくて、久郎だ。
発音がおかしいと思ったが、おっさんの目つきが鋭すぎて言い出せない。
「短絡的ねえ。もう少しちゃんと考えてあげなさいな。私は、この子の言うこと本当だと思うわ」
「ほお、根拠はあんのかよ、リファ」
おっさんの声が低く、目つきはもっと怖くなる。
自分の考えが違うと言われて、ムッとしたのかもしれない。
でも、話に入ってきたリファとかいう名前らしい女の人は、おっさんの様子なんかお構いなしの涼しい顔をしていた。
「そうね、まず、この子の着ている服よ。見た目も独特だけれど、毛でも、綿でも、麻でもない不思議な材質だわ。縫い目もすごく細かくて、規則的。ちょっと有り得ないくらいにね」
隣にやって来たリファさんが、俺の服の肩の縫い目を指でなぞり、そのまま頭を撫でてくる。
その優しい手つきで、俺は姉ちゃんを思い浮かべた。
このお姉さんの方が胸は大きくて、だいぶ色っぽいけれど。
「……そんなもん。ドワーフやらホビットやらの」
「すごくお金のかかった一点ものなら、ね。ねえ、クロウくん。こういう服、いつも着ているの?」
今、俺が着ているのはお気に入りのパーカーだ。
寒い季節になると、三日に一度は着ると思う。
だけど、高い値段のものじゃない。
俺はリファさんの言葉に黙って頷く。
「これだけの技術が取り入れられているのに、魔法の気配も全然しない。少なくともこの子は私達の知らない、高度な文明がある場所から来たんだと思うわ」
魔法の気配。
リファさんは確かにそう言った。
言われてみれば、リファさんは絵本の中の魔女のような真っ黒のワンピースみたいな服と、つばが広いとんがり帽子をかぶっている。
片手に杖か、箒を持つのがとても似合いそうだ。
もしかして、本当に魔法使いなんだろうか。
「高度な文明がある場所、か。それが異世界だと」
「別の世界から人がやって来た。そんな内容の古代の文献もあるしね。私はその可能性に一票よ」
俺を助けてくれた女の人が呟いて、リファさんが頷く。
そろそろ頭を撫でるのは止めて欲しい。
流石に恥ずかしくなってきた。
「馬鹿馬鹿しい。そんなもん、全部ただの予想じゃねえか」
「仮説、と言ってもらえないかしら。あなたの言う根拠もきちんと伝えたつもりだけど?」
「聞く耳もたねえな。おい、ガキ。立て」
立ち上がったおっさんが俺の目の前にやって来る。
見下ろされているだけで、お腹の下の辺りがキュッと縮こまるような迫力だ。
今までに会ったことがあるどんな男の先生よりも、厳しそうだと思った。
「クライブ、あなた、何する気?」
リファさんが目を細めて、おっさんを見つめるが効果はない。
なんだかピリピリした空気だ。
「小難しい理屈もいいんだがよ、可能性ならもう一つあんだろうが」
「へえ、あなたも頭を使うことがあるのね。聞かせてもらえるかしら」
「こいつが魔族で、俺達を騙そうと手の込んだ芝居をしてる。異世界だのなんだのは全部デタラメだ」
魔族、というのが何なのかは分からなかったが、このおっさんはどうやら俺を悪い奴なんじゃないかと怪しんでいるみたいだ。
それがとてもまずいことなのは、間違いない。
「……呆れた。魔力の気配はないって、言ったでしょ」
「生憎、俺は自分で確かめたことしか信じないタチでな。お前さんの感覚だって絶対じゃねえだろ」
「それを言い出したら、この世の中で疑わしくないものなんて何もなくなっちゃうわよ」
「だから納得いくまで、自分で確かめるんだろうが。ごちゃごちゃうるせえんだよ」
「もう、いや。アイビスちゃん、この野蛮人を何とかして」
深い溜息を吐いて、リファさんが助けを求めるようにもう一人の女の人を見る。
アイビスさんと呼ばれた女の人も、苦笑いを浮かべて首を横に振った。
どうやら、おっさんを止めてはくれないらしい。
「俺は、俺なりのやり方でこのガキを試させてもらう。文句はねえよな?」
あるに決まってるでしょ、というリファさんの呟きは無視。
おっさんが俺の腕を掴んで、上に引っ張り上げてくる。
物凄い力だ。抵抗できるはずもなく、俺は無理矢理立たされてしまう。
「さっきのは嘘だって、言うなら今だぜ。ガキ」
嘘なんかついていない。
本当は言い返したかったのに、凶悪な笑みを浮かべてこっちを見据えるおっさんに、腹立たしさが引っ込んでいく。
この人に殺されそうになったら、他の二人は止めてくれるのだろうか。
それだけが、心配だった。
自分が小学校六年生だった時のことを思い返すと、まあ、無力だったよな、と思います。
異世界なんてものに飛ばされていたら、間違いなく死んでいたでしょう。
久郎が戻ってこれたのは、運が良かったのと、運動神経がずば抜けて良かったからです。




