十 街を駆ける
こっちの世界に武器防具の店はない。
そもそも、そんなものを持っているだけで罪に問われるからな。
あっちと比べれば平和極まる現代でどうやって戦う手段を整えるか。
悩んだが、案外大丈夫だった。
百均と、釣具屋。
必要な物は五分で千円もあれば手に入った。
ショッピングモールってすげえ。
荷物をひとまとめにしたビニール袋をガサガサ揺らして走っていると、ポケットの中のスマホが震えだした。
画面を見て、知らない番号からの電話だ、と思ったのも束の間。何故かスマホが勝手に通話の状態になる。
『やっほー久郎くん、いろはちゃんからの電話だよん』
「お前……どうやって俺の番号調べた」
『それができちゃうのが私の能力なんだよなぁ。そっちこそ、いきなり飛び出してっちゃってまあ、どうやって連絡するつもりでしたのん?』
電話越しに聞こえてくるいろはの声。
機械を操れるって、電波でもオッケーなのかよ。
「すまん。忘れてた」
『お馬鹿さんなの? かわいー』
からかわれてしまったが、仕方ない。
確かに連絡先くらいは交換しとくべきだったな。
「それで? 犬走はどこだ?」
『うん。スマホのGPSを追っかけて―、町中の防犯カメラの映像を調べてえ、大体の位置は把握してるんだけどお』
「どこだ。教えろ」
『おっけー、今、久郎くんのスマホに位置情報を表示しまーす』
いろはの言葉通り、すぐさま画面が切り替わって地図が展開された。
俺の現在位置が矢印で表示され、犬走はこの赤い点みたいな奴ってことか。
「ここから南の方だな」
『そっちは飲み屋街なんだけどさあ、細い道が多すぎて久郎くんのスマホじゃそれが限界。どーしよ』
「いや、これで十分だ」
俺は一度スマホをしまって、視線を上げる。
南の方角はあっちか。
道は俺もよく知らん。最短で行こう。
走る脚をグンと南向きに変えて、俺は最初に目についた細い路地に入る。
先は行き止まりだが関係ない。
走りながら前方、両サイドの壁面を確認する。
掴める場所、踏み台に出来る場所。
荷物は……口にくわえればいいな。
大丈夫だ。行ける。
タンっと上に跳んで、その先にあった窓枠に右手を引っ掛ける。
すかさず左手、反動をつけて体を押し上げて脚を乗せ、再び反対側の壁に向かって跳ぶ。
今度は壁に縦向きに取り付けられている配管だ。
棒をよじ登る要領で上に進むと、またすぐに窓枠。
こういうのは勢いが勝負だ。
リズムよくタンタンタンっと、壁面の出っ張りやへっこみを利用して上へ上へと向かう。
建物の屋上に辿り着くのには十秒もかからなかった。
俺は高くなった視界を見渡して、南に進むルートを探す。
幸いこの辺は建物が密集していて、高さもあんまり変わらない。目的地まで真っ直ぐ行けそうだ。
とりあえず次の建物の屋上までは幅五メートル、落差は二メートルくらいか?
まずはくわえていた荷物を放り投げて目的地に落とす。
その後で十歩ぶん助走をつけ、次の足場まで跳んだ。
浮遊感が落ちている感覚に変わる。
地面に足が着くと同時に、前に転がって勢いを殺しつつ荷物を回収。
そしてまた、次の目的地に向かって投げる。
あとは似たようなことの繰り返しだ。
走って、跳んで、降りて、掴んで、転がって、越して、くぐって、足場に着いたらまた次へ。
体に染みついた動作が、その時々に応じた最善を導き出してくれる。
この程度の高さや速さに、恐怖は感じない。
「ふう、この辺でいいんだよな?」
さっきの地図で見た目的地に相当近づけたはずだ。
たどり着いた低めのビルの屋上で、一旦足を止める。
『うん。場所はそこでいいよ……ねえねえ、久郎くん。君もしかして、空飛べるの?』
「飛べるわけないだろ。どうした、突然」
『いや、そうじゃなきゃ今のGPSの動き、説明つかないと思うんだけどなぁ』
「建物の上を走ってきたんだよ。道がわからなかったからな」
『なかなかのクレイジーさんだねえ』
「もういいか? しばらく黙っててくれ」
納得していない口調のいろはとの通話を一旦切って、俺はビルのふちにしゃがみ込む。
犬走がこの辺にいるんだったら、早いとこ見つけなきゃな。
機械でどうにもならないなら、感覚で探るしかない。
「一回くらいなら、いけるよな」
目を閉じて、深く息を吐く。
自分の体の中を探るのだ。
全身を微かにめぐる力を繋ぎ合わせて一つにする。
向こうの世界では魔法、と呼ばれていた技術だ。
俺も教わって少しなら使えるようになったのだが、どういうわけかこっちの世界じゃ必要な魔力が全然溜まらないらしい。
そのことに気づいたのは半年前。
それでも日に一度、小さな魔力で発動できるものなら何とかなる。
一センチくらいの魔力の刃を作るとかな。
昨日、いろはたちに捕まっている時の紐を切ったのがそれだ。
そして今必要な魔法は、一つだろう。
感覚の強化。
特に障害物が多いこの場所なら、聴覚を研ぎ澄ますのが効果的だろう。
一つにまとめ上げた魔力を両耳に巡らせる。
感覚としては、潜っていた水の中から顔を出すのに近い。
伝わってくる音の量が急激に増えて、感じ取る世界が、より鮮明に広がっていく。
探せ。探せ。
足音、息遣い、機械の音、違う。
見つけたいのは、暴力の気配だ。
写真で見せられた連中が俺の想像通りの人間なら、すぐにわかるはずだ。
そう。下卑た笑い声、荒い息遣い。
そして。
ちくしょお、と声が聞こえた。
間違いない。犬走の、声だ。
「見つけた」
ちょうど限界がきたらしい。
魔力が尽きて、感覚が元に戻る。
五秒くらいのもんか。やっぱ短いな。
それでもギリギリ、間に合った。
犬走の状況はかなり危うそうだが、まだ助けられる。
「…………いくか」
ショッピングモールのビニール袋を見つめ、準備してきたものを思い起こす。
持ってきたと言えば、もう一つ。
「まさか、またこれをつけることになるとはなあ」
ポケットから取り出したそれは、丸くてデカい二枚のレンズが特徴的なゴーグルだった。
向こうの世界から持って帰ってきて、お守り代わりに通学鞄に潜ませておいたのだが、こんなところで役に立つとは。
久々だけど、目元にしっかりと馴染んでくれる。
そのことを確かめて、俺は音を立てないよう動き始めた。
パルクールって格好いいですよね。
最近はオープンワールドのゲームが増えて、街中を自由に動き回れるアクションも多いです。
ふと街中で狭い路地なんかを見かけると、登れる人もいるんじゃないかと思ってしまいます。




