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こどくの亡霊  作者: 由遥
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師匠って呼びますか?

 城を目指す旅も早七日。ガタガタと揺れる馬車の中で、鴇は気になっていた事を聞いてみた。

「城に行ったら、私はシーゲルさんの弟子という事になるんですよね」

 一週間も乗り続けていれば、鴇も流石に馬車が揺れる度に体をぶつける事もなくなり外の景色を見る余裕ができた。場所は変わらず荷台だが。

 「そうですね。嫌だとは思うんですが、建前上……すみません」

 なぜか謝られた。

 「弟子になるのはいいんですが、弟子なのにシーゲルさんを名前で呼んでたら変ではないでしょうか」

 「あ、そういう事でしたか。そうですね……そうかもしれない」

 「トキ様の言う通りです。主は仮にも王に仕える魔術師ですし、不敬だと難癖を付けてくる者もいるかもしれません」

 「師匠って呼びますか?」

 「いや、それは……」

 シーゲルの声があからさまに苦くなる。顔も同じだろうなと思わせるた。

 「じゃあ先生とか?」

 相手を敬う呼び方は、他にはそれくらいしか知らない。これも駄目だったら鴇にはお手上げだ。

 「それでお願いします」

 即決だった。

 練習も兼ねて早速シーゲルを先生と呼び始めた。その日は三回に一回しか反応しなかった。

 


 城というのは大きい物だ。城壁に作られた入り口で、鎧を付けた男と話すシーゲルを見ながら荷台の中で鴇は頭の片隅でそんな事を考えた。実物を見るのは初めてだがとにかく大きい。麓から山を見ている気分だ。

 「……なに? 謁見? はいはい、行けばいいんだろう、分かったよ。紹介したい人もいるしね」

 話がついたのか、御者台のシーゲルがこちらを振り向いた。

 「じゃあ行きましょうか」

 「はい」

 「王様がお待ちですってさ」

 「はい?」



 城内の廊下をシーゲルは何の気負いもない様子で歩いていく。後を付いていく鴇はキョロキョロと周りを見回しそうになるのを抑えるのに一苦労だ。広い廊下で何人もの人とすれ違うが、全員がシーゲルを見た後決まって目を逸らすか、見ないふりで通り過ぎる瞬間に横目で見て囁き合うのが気になった。

 「魔術師シーゲル、王に呼ばれて参上した」

 大きな扉の両脇に二人の男が立っていた。片方にシーゲルが声をかけると、「少々お待ちください」と言って部屋の中へ消える。

 「あーあ、早く帰って休みたい」

 肩を回しながら不満を漏らすシーゲルの背中をつつく。

 「どうしました? 緊張しなくても平気ですよ」

 「いえ、そうじゃなくて。勿論緊張はしてるんですが、違います」

 鴇が口元に手を当てて小声で言うと、何か察したのかシーゲルも顔を鴇に近づけた。

 「先生が他の人に敬語使ってないのに、弟子の私に敬語使ってたら変じゃないですか?」

 シーゲルもそれには気づかなかったのか、しまったという顔で鴇を見返す。

 「私にも他の人と話す時みたいに、敬語を使わない方がいいのでは……」

 「えっ……それは……一応、王には敬語ですし、トキさんにも敬語でいいと思うんですが」

 「王様に敬語は当然の事では」

 「お待たせいたしました。王がお会いになられるそうです」

 二人が小声でやいのやいのと言い合う内に、相手の準備が整ったようだ。これ以上話す余裕はない。シーゲルは焦り顔のまま前を向いたが、鴇は最後まで小声で食い下がった。

 「私に敬語使ったら駄目ですよ!」

 その日、城に勤める兵士が珍しいものを見たという噂が流れた。久し振りに姿を見せた王に仕える魔術師が、連れていた子供に何事かをきつく言い含められていたらしい。



 足先が埋まりそうなほど毛の長い絨毯の上を歩く。今日が晴れていてよかった。雨やぬかるんだ泥で汚れた靴でこの絨毯を踏んだら罪悪感で押し潰される。シーゲルは今も髪の毛がぼさぼさだが怒られないだろうか。そんなどうでもいい事を考えていないと緊張で足が止まりそうだ。壁際に控える大勢の無遠慮な視線が突き刺さる。あくまで鴇の印象だが、好意的でないものも多いだろう。

 とにかく足を動かしていたら、シーゲルが立ち止まった事に気づかす背中にぶつかった。いきなり失態をおかしたと血の気が引いたが、シーゲルは何食わぬ顔で鴇を振り向き「僕の真似してください」と小声で言った。鴇が反応する前にさっさと片膝立ちで顔を伏せる。鴇も慌ててそれに倣った。

 「二月振りだな、シーゲル。休暇は楽しめたか?突然城を出て行ったと聞いた時は肝を冷やした。お前の帰りを待ちわびたぞ」

 「楽しかったですよ、過ごしやすい気候で助かりました。何も言わずに出て行ったのは謝ります。共を付けられたら面倒だったので」

 王とシーゲルの会話はろくに頭に入ってこない。王の声は若くはないが、友人のような口調でシーゲルと話している所を見るとそれなりに親しい間柄なのだろう。鴇は身じろぎせずに、この時間が終わる時を待っていた。

 「それで、シーゲル、お前の後ろにいる者は?」

 シーゲルは待ってましたと言わんばかりに頷いた。

 「ご紹介しましょう、僕の弟子です。北の僻地で見つけました」

 話題が鴇自身に移り、心臓が大きく跳ねた。引き結んだ唇の内側で歯を食いしばり、震えそうになる肩を押さえる。

 「ほう、お前の弟子とな。もしやそやつを探しに城を出ていたか?お前ならわざわざ探しに行かずとも弟子など好きに選べるだろう」

 「いいえ。この子は偶然見つけました。モノになるかはまだ分かりませんが、見込みはあります。実れば必ず王のお役に立つでしょう」

 「そうか。楽しみにしておこう」

 言葉とは裏腹に、王の声音はどうでもよいという気持ちが滲んでいた。

 「気長にお待ちくださいな。さて、あまり仕事の邪魔をしてはいけません、そろそろお暇いたします」

 では失礼、とシーゲルが立ち上がったのが分かる。その後に続いていいのか、迷って動けない鴇の肩を軽く叩く手があった。

 「お疲れ様。行くよ、トキ」

 シーゲルの声に鴇は弾かれたように顔を上げ、歩き出したシーゲルの後を一目散に追った。

 半ば小走りで大きな広間から出る。口の中がカラカラに乾いていた。バタン、という音に振り返り、扉が閉まっているのを目で見てやっと鴇は肩の力を抜けた。まだ鼓動が速い。力のある人間は視線だけで人を萎縮させる。誰の顔もまともに見ていないというのに酷く疲れた。半月以上気が抜けていた鴇には辛い刺激だ。シーゲルが城のどこで暮らしているか知らないが、おそらく鴇も近くで寝泊まりすることになるだろう。明日からもあの広間にいた人間と顔を合わせる可能性があると考えるだけで気が重くなった。

 


 シーゲルは城の敷地内に住まいを持っている。城に勤める兵士たちが暮らす寮だと聞いていたが、いざ行ってみると誰もいない。昼間だから訓練や仕事かと思ってシーゲルに聞いてみると、今はシーゲルとリール以外誰も住んでいないらしい。

 「初めは何人かいたんですけど、何ヶ月かしたらみんな引っ越していきました。何ででしょうか」

 不思議そうに言うシーゲル。鴇にも理由が分ける筈がない。

 「空いてる部屋は沢山ありますから、好きな部屋を使ってください」

 「分かりました。ところで先生、敬語に戻ってます」

 「人目がない所では見逃してください」

 「うう、すみません。正直、年上の人に敬語使われるのって慣れてなくて違和感が……」

 「……僕で敬語を使われる練習をすると思いましょう!」



  シーゲルの住まいことほぼ無人の寮に住み始めて三日。鴇はリールを探して寮の中を歩き回っていた。

 「リールさーん」

 シーゲルは外出中でいない。いくら呼びかけても返事はなく、聞こえるのは自分の足音だけだ。リールも出かけているのだろうかと思い、外に出る。ドアのすぐ前に人が立っていた。

 「……どなたでしょう」

 城に来てから始めてシーゲルとリール以外の誰かの顔をまともに見た。鴇よりいくつか年上に見える少年だ。向こうも目を大きく開いて驚いていたが、すぐに眉間に皺の寄ったきつい表情に変わる。

 「シーゲル殿はいらっしゃるか」

 「先生は出かけています。リールさんも姿が見えません。急ぎの用事でしょうか?」

 だとしても二人の居場所が分からない以上、鴇にできるのは言伝を預かるくらいだ。

 「いや、シーゲル殿に文を預かってきた。渡してもらえるか」

 少年が片腕を突き出した。勢いよく鼻先に突きつけられた皺ひとつない白い封筒を仰け反り気味になりながら両手で受け取る。

 「分かりました。先生に渡しておきます」

 少年は「よろしく頼む」と言い、すぐに背を向けて足早に去って行った。歩き出す際に振り返って鴇を見たが、その目つきは厳しく見るより睨むといった方が正しそうだ。初めて会った相手にもどうやら嫌われている。これはこれで凄いのではないか。

 「おやトキ様。どうかしましたか」

 聞き慣れた声に振り向くと、柵の上に梟姿のリールが止まっていた。

 「先生にお客さんが来ていました」

 同年代の少年が来て、手紙を預かった事を伝える。帰り際睨まれたのは言わなくていい事だろう。封筒をリールに見せた。封筒は赤い蝋で留められていた。封蝋というやつだ。映画で見た。

 「城の魔術師からの誘いか頼みごとでしょう。机の上に置いておけば、主が後で目を通しますよ」

 そうですか、と頷いた。後で談話室の机に置いておこうと頭の隅に留め置いて、少年と封筒は一先ず後回しにする。鴇は封筒を持った手を下げてリールに向き直る。元々、来客で外に出たのではない。あの、と切り出した声は上擦り、鴇の緊張がそのまま現れていた。

 「すみません、リールさんに相談があるんです」

 「主でなく、わたしですか?」

 鴇は無言で大きく頷いた。息を吸って、頭の中で何度も考え直した言葉を口にする。

 「私に、何ができるでしょう。先生の役に立つためにはどうすればいいでしょうか」

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