武器訓練
「今日は武器を使う」
午前の実践授業。
第二演習場へ集まった僕たちの前には、普段とは違う光景が広がっていた。
壁際に設置されたラックには、長さも形も異なる武器がずらりと並んでいる。
剣や槍、斧といった一般的なものから、短剣や大きな盾まで種類は多い。もちろん、どれも実戦用ではなく学校が用意した訓練用のものだ。
「一年のうちは色々触ってもらう。入学前から得意な武器が決まってる奴もいるだろうが、それだけ使ってればいいと思うなよ」
黒田先生がラックから片手剣を一本取り出した。
「実戦じゃ武器を失うこともあるし、壊れることもある。普段使ってる武器が手元にないから何もできません、じゃ話にならん」
確かにそうだ。
僕も剣を使っているけど、いつでも剣が手元にあるとは限らない。
「それに、自分では剣が向いてると思ってても、実際には槍の方が合ってたなんてこともある。だから最初から選択肢を狭めるな」
黒田先生はそう言うと、持っていた剣をラックへ戻した。
現代のディフェンダーにとって、武器は魔法と並ぶ重要な戦闘手段だ。
魔法だけで戦う人もいるけど、全員がそうではない。魔力の消耗を抑えるために武器を使う人もいれば、近接戦闘そのものを得意とする人もいる。
当然、使われる武器も昔から変わっている。
魔素によって変異した金属や魔物の素材を利用して作られた、魔力との親和性が高い武器も存在する。
ただ、僕たち一年生がいきなりそんなものを使うわけではない。
「今日は自分が一番使い慣れている、もしくは使ってみたい武器を選べ。まずは今のお前らが何をどの程度扱えるのかを見る」
黒田先生の言葉を聞き、生徒たちが一斉に武器の置かれたラックへ向かう。
「蓮は剣だよな?」
隣を歩いていた大和が聞いてきた。
「うん。そのつもり」
「俺は決まってる」
そう言って大和が向かった先には、大小様々な盾が並んでいた。
「やっぱり盾?」
「俺がこれ以外持ってどうすんだよ」
大和は迷うことなく、その中でもかなり大きな盾を手に取った。
胸から膝辺りまでを覆えるほどの大きさがあり、見るからに重そうだ。
それを大和は片腕で持ち上げ、何度か構えを変えて感触を確かめている。
「……重くない?」
「これくらいなら平気」
やっぱり元々の体格がいい。
さらに適性五十八の身体強化まで使うことを考えれば、大型の盾との相性はかなり良さそうだ。
「橘」
少し離れたところにいた黒田先生が声を掛ける。
「お前はタンク志望だったな」
「はい!」
「なら、それでいい。今日は盾の扱いを重点的に見る」
「はい!」
大和が嬉しそうに盾を構える。
僕も剣の並ぶラックへ向かった。
長さや重さを確認しながら何本か手に取り、その中から少し小振りな片手剣を選ぶ。
柄を握って重さを確かめ、何度か軽く振ってみる。重さもちょうどよく、特に違和感はなかった。
「それにするのか?」
大和が横から聞いてくる。
「うん」
「もっとでかいの使わねえの?」
「僕にはこれくらいが合ってるから」
武器は大きければいいわけじゃない。
特に僕の場合、身体強化の出力で他の生徒と競うことはできない。無理に重い武器を使うより、自分が扱いやすいものを選んだ方がいい。
「一ノ瀬は何使うんだろうな」
大和の視線を追う。
少し離れたところで、一ノ瀬さんが武器を見ていた。
魔法を得意としている一ノ瀬さんが何を選ぶのかは、僕も少し気になる。
やがて彼女が手にしたのは、細身の片手剣だった。
「剣なんだ」
思わず口にすると、一ノ瀬さんがこちらを見る。
「何?」
「一ノ瀬さんは武器を使わないのかと思ってた」
「どうして?」
「魔法が得意だから」
一ノ瀬さんは手にした剣を軽く振って重さを確認する。
「魔力がなくなったから戦えません、じゃディフェンダーとして困るでしょ」
「確かに」
「最低限は使えるようにしてる」
相変わらずそっけないけど、言っていることはもっともだ。
「全員選んだな」
黒田先生の声が響き、僕たちは演習場の中央へ集まった。
「まずは基本動作から確認する。武器経験のある奴も勝手なことはするな。俺たちはお前らが何をできるのか、まだ完全には把握してないからな」
教師たちが武器ごとに生徒を分けていく。
剣を選んだ生徒は一番多く、クラスの三分の一ほどが集まった。
僕と一ノ瀬さんもその中にいる。
大和は盾を選んだ数人と少し離れた場所へ移動していた。
剣の担当は黒田先生だった。
「最初は構えからだ。普段やってる型がある奴は、それで構わん」
生徒たちが一斉に剣を構え、僕も右手に剣を持って自然に腰を落とす。
「そのまま踏み込み。五回」
指示に従って前へ出る。
踏み込むと同時に剣を振り、止める。
一度戻って、もう一度。
何度か繰り返していると、黒田先生が生徒の間を歩きながら一人ずつ動きを確認していく。
「もっと腰を落とせ」
「はい!」
「腕だけで振るな。身体ごと使え」
「はい!」
黒田先生が少しずつこちらへ近づいてくる。
その途中で、一ノ瀬さんの前で足を止めた。
「一ノ瀬」
「はい」
「近接はあまりやってないな?」
「……はい」
やっぱりそうなんだ。
動けていないわけじゃない。
構えも大きく崩れていないし、剣の振り方も知っている。ただ、魔法を使っていた時の一ノ瀬さんと比べると、どこか動きが硬い。
「最低限はできてる。だが、それで満足するなよ」
「はい」
「魔物がいつも都合のいい距離で止まってくれるとは限らん。魔法使いほど接近された時の対処を覚えておけ」
「分かりました」
一ノ瀬さんが素直に頷く。
黒田先生はそのまま移動し、僕の前で足を止めた。
「朝倉」
「はい」
「入試でも剣だったな」
「はい」
「続けろ」
もう一度構える。
踏み込みと同時に剣を振り、止める。その動きを数回繰り返したところで、黒田先生が小さく頷いた。
「基礎はいい。道場で三年だったか?」
「はい。その後も自分で続けてます」
「なるほどな」
黒田先生が僕の持っている剣を見る。
「お前はこっち来い」
「はい?」
「基本動作を延々やらせても仕方ない。別のを見る」
そう言ってから、黒田先生は他の生徒たちへ顔を向けた。
「他の奴はそのまま続けろ。分からないところがあれば近くの先生に聞け」
「「はい!」」
僕は黒田先生について、他の生徒から少し離れた場所へ移動した。
「構えろ」
先生も訓練用の剣を一本手に取る。
「先生とですか?」
「軽くな。まずは攻撃してこい」
「分かりました」
向かい合って剣を構える。
黒田先生が動く気配はない。
なら、僕から。
床を蹴って距離を詰め、右から剣を振る。
カンッ!
簡単に受け止められた。
すぐに剣を引き、今度は下から振り上げると、黒田先生は半歩下がるだけで剣先の外へ逃れた。
さらに一歩踏み込み、追い掛けながら横薙ぎに振るう。
それも当たらない。
黒田先生は大きく動いているわけじゃない。
ほんの少し身体をずらしたり、一歩だけ下がったりするだけで、僕の剣が届く場所から外れている。
「今度は俺から行くぞ」
「はい」
黒田先生が踏み込んだ。
剣が振られる。
速い。
でも、見える。
肩と腰の動きから軌道を読み、身体をずらすと、剣が僕の横を通過した。
続けて二撃目。
それも避ける。
三撃目は剣で受け流し、そのまま距離を取った。
「やっぱり避ける方は上手いな」
黒田先生が呟き、再び距離を詰めてくる。
今度はさっきまでと少し違う。
右肩が僅かに動いた。
でも、剣は来ない。
誘っている。
僕は動かず、黒田先生の腰と足を見る。
一瞬遅れて左から本命の剣が振るわれた。
半歩下がって躱す。
今度は視線が僕の左へ向く。
でも、身体はまだ動いていない。
視線につられずに待っていると、反対側から剣が飛んできた。
剣を合わせ、その軌道を外へ流す。
「……これも駄目か」
黒田先生が小さく呟く。
そこからさらに何度か攻撃を受けた。
肩だけを動かす。
踏み込むと見せて止まる。
剣を振り始めてから軌道を変える。
それでも、完全に引っ掛かることはなかった。
もちろん余裕があるわけじゃない。
最初の模擬戦で戦った村上君より遥かに速いし、動きの種類も多い。
それでも不思議と、本当に来る攻撃は分かる。
「なるほどな」
黒田先生が剣を下ろした。
「フェイントでも簡単には釣れないか」
「なんとなく、本当に来る時は分かります」
「相変わらずなんとなく、か」
入試結果を確認した時にも聞かれたことだ。
自分でも上手く説明できないのだから仕方がない。
「じゃあ、今度はお前から来い」
「はい」
攻守を入れ替え、僕から仕掛ける。
右から剣を振れば受けられ、すぐに返して左から振れば半歩下がられる。
なら、フェイントを入れる。
右へ踏み込むと見せて左へ切り返し、そのまま胴を狙う。
カンッ!
黒田先生の剣が、最初からそこに置かれていたかのように僕の剣を受け止めた。
すぐに角度を変えてもう一度仕掛ける。
それも届かない。
何度か攻撃を続けてみるものの、黒田先生は大きく避けることすらしなかった。
僕が踏み込めば僅かに間合いを外され、軌道を変えればそれに合わせて剣を置かれる。
やがて黒田先生が片手を上げた。
「そこまで」
僕は剣を下ろす。
「避ける方と比べると、攻める方は随分素直だな」
「……そうですか?」
「剣の技術が低いって意味じゃないぞ。年齢を考えれば十分上手い」
黒田先生が自分の剣を肩に乗せる。
「ただ、お前は相手の動きを利用することに慣れすぎてる」
その言葉に、僕は少し考える。
「村上との模擬戦もそうだった。お前は基本的に相手が動いてから対応してる。攻撃を避けて、体勢が崩れたところを狙う。相手が攻撃してくるなら、お前はかなり強い」
確かにそうだ。
村上君が攻撃してくる。
僕はそれを読んで避ける。
そして、生まれた隙を突く。
「でも、実戦じゃ相手が全部お前を狙ってくれるとは限らん。仲間を狙ってる魔物を止める時は、待ってるわけにはいかない」
「……そうですね」
「それだけじゃない」
黒田先生の声が少しだけ低くなった。
「俺たちディフェンダーが戦う一番の理由は、魔物から市民を守るためだ」
その言葉に、自然と黒田先生を見る。
「避難が間に合わなかった人間や、戦う力を持たない人間が目の前で魔物に襲われている。その時、お前は魔物が自分へ向いてくれるまで待つのか?」
そんなこと、できるはずがない。
目の前で誰かが襲われているなら、その人が傷つく前に魔物を止めなければならない。
そのためには、自分へ向かってくる攻撃を避けられるだけじゃ足りない。
「自分から仕掛けて相手を動かす。注意を自分へ向ける。必要なら、そのまま倒す」
黒田先生が持っていた剣を軽く持ち上げる。
「ディフェンダーに必要なのは、自分が生き残る技術だけじゃない。誰かを守るために、自分から戦いを作る技術も覚えろ」
「……はい」
さっきまでより、その言葉がずっと重く感じた。
僕は攻撃を避けることには自信がある。
でも、それだけでは誰かを守れるとは限らない。
「まあ、一年の最初から全部できる必要はない。課題が分かっただけでも十分だ」
黒田先生が僕の肩を軽く叩く。
「自習で練習しろ」
「はい」
僕は剣を握り直した。
◇ ◇ ◇
授業の終盤。
一通り自分の武器を扱った後、僕は大和の訓練を見に来ていた。
「ふんっ!」
大和が大きな盾を構える。
正面から教師が衝撃用のパッドをぶつけた。
ドンッ!
大きな音が響く。
それでも大和はほとんど動かなかった。
「おお……」
思わず声が出る。
「どうだ!」
大和がこちらを見る。
「すごいね」
「だろ!」
「橘、余所見するな」
「はい!」
直後、もう一度パッドが盾へぶつかる。
今度は少し斜めからだった。
「うおっ!?」
大和の身体が横へ流れる。
「真正面から受けるだけが盾じゃないぞ」
担当している先生が言う。
「盾に角度をつけろ。全部の力をまともに受け止める必要はない。流せる攻撃は流せ」
「はい!」
大和が盾を構え直す。
僕もさっき黒田先生に言われたばかりだ。
大和にも大和の課題がある。
少し離れた場所では、一ノ瀬さんがまだ剣を振っていた。
さっきより動きは良くなっているように見えるけど、それでも魔法を使っている時ほどではない。
みんな、得意なことと苦手なことがある。
僕も同じだ。
授業終了の時間になり、武器を片付ける。
僕はラックへ剣を戻す直前、もう一度その柄を握った。
黒田先生に言われたことを思い返す。
自分から相手を動かす。
今まで、あまり考えたことがなかった。
攻撃を読み、避けて、できた隙を突く。それは今まで通りでいい。
でも、その隙が生まれるのを待つだけじゃなく、自分で作ることができたら。
「蓮、戻ろうぜ」
大和に呼ばれる。
「うん」
剣をラックへ戻し、大和と一緒に演習場を出る。
次の自習では、もう一度圧縮の練習をするつもりだった。
でも、予定を変えよう。
剣を使いたい。
黒田先生に言われたことを、自分なりに試してみたい。
まだどうすればいいのかは分からない。
だからこそ、練習する意味がある。
適性が低いことばかり気にしている暇なんてない。
僕には、それ以外にも伸ばさなきゃいけないところがいくらでもあるのだから。




