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アンチ・マギア ~最低適性の僕は、まだ誰も知らない本当の魔法へ辿り着く~  作者: 山ノ上商会


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4/16

模擬戦

昼休みを挟んだ午後。


僕たちは再び第二演習場へ集まっていた。


午前中と同じ訓練着。


違うのは、演習場の中央に一辺十五メートルほどの試合区画が用意されていることだ。


床に引かれた白線が、その境界を示している。


「午後は戦闘訓練をやる」


黒田先生の一言で、生徒たちの空気が変わった。


待ってました、とでも言いたげな顔をしている生徒も多い。


もちろん、僕もその一人だ。


「ただし、勘違いするなよ。好き勝手に殴り合えって意味じゃない」


何人かの表情が僅かに曇る。


本当に殴り合うつもりだったのかな。


「使用を許可するのは、午前中に確認した身体強化のみ。魔力の体外放出は禁止。魔法も使うな」


魔法。


魔力を炎や水、風などの現象として外部へ放つ技術。


身体強化と並んで、ディフェンダーが魔物と戦うために使う力だ。


「武器もなし。素手でやる」


黒田先生が白線の内側へ入る。


「勝敗条件は三つ。降参、戦闘続行不能、場外。危険だと判断した場合は俺が止める」


そこで僕たちを見回した。


「今回見たいのは、昨日の数値じゃない」


昨日。


僕の二十一。


大和の五十八。


そして一ノ瀬の六十七。


「魔力を使いながら、どれだけ自分の身体を扱えるか。実戦になった途端に制御が滅茶苦茶になる奴も珍しくない」


午前中、大和が右腕から魔力を漏らしていたのを思い出す。


横を見ると、ちょうど大和と目が合った。


「なんだよ」


「別に」


「絶対俺のこと考えただろ」


「考えてないよ」


「嘘つけ」


黒田先生の声が飛んでくる。


「そこ、喋るな」


「「はい」」


声が重なり、周囲から小さな笑いが起こった。


「組み合わせは俺が決める」


黒田先生が手元のタブレットを見る。


「最初――田辺直樹。藤井圭吾」


「はい」


「はい!」


二人の男子生徒が立ち上がった。


どちらもまだ話したことはない。


田辺君は細身で、藤井君はそれより少し身体が大きい。


二人が白線の内側へ入り、向かい合って構えた。


「身体強化のみ。顔面への攻撃は禁止。過剰な追撃もするな」


黒田先生が二人を確認する。


「始め!」


その声と同時に、二人の身体を淡い青色の光が覆った。


先に動いたのは田辺君だった。


床を蹴って一気に距離を詰め、その勢いのまま右拳を振るう。


藤井君が左腕を上げて受け止めた。


バンッ!


鈍い音が演習場に響く。


藤井君は一歩下がったものの、すぐに踏み止まって反撃に出た。


拳を振るい、田辺君がそれを避ける。さらに追撃するが、今度は腕で受け止められた。


攻撃して、防いで、離れて、また距離を詰める。


一方的な戦いにはならない。


どちらかが大きく崩れることもなかった。


「おお」


隣で大和が小さく声を上げる。


「結構激しいな」


「うん」


身体強化を使っている以上、中学までの組手とは速度も威力も違う。


それでも、見ていて気付くことは多い。


田辺君は速いけど、攻撃する瞬間に右肩が少し上がる。


藤井君は力が強そうだけど、踏み込む前に一瞬だけ身体が沈む。


僕なら――。


そこまで考えてやめた。


まだ二人とも戦っている。


まずは見よう。


二分ほどが経った頃。


田辺君が大きく踏み込み、藤井君へ拳を放つ。


それを受け止めた藤井君は、そのまま田辺君の腕を掴んだ。


「うわっ!」


勢いを利用して身体を押す。


田辺君は堪えようとしたものの、二歩、三歩と下がり、その足が白線を越えた。


「そこまで。場外、藤井の勝ち」


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


二人が頭を下げる。


大きな実力差はなかった。


最後は一瞬の判断で決まったように見えた。


「今の二人は田辺が魔素適性三十八。藤井が四十三だ」


黒田先生が言う。


「数字だけなら藤井が上だが、それだけで勝ったわけじゃない。田辺の踏み込みを利用した判断が良かった」


藤井君が少し嬉しそうな顔をする。


「逆に田辺。最後は焦ったな」


「はい……」


「適性が高い方が必ず勝つわけじゃない。身体能力、技術、判断力、魔力操作。実戦じゃ全部が絡む」


黒田先生が僕たちを見回す。


「ただし、適性の差が広がれば、それだけ覆すのが難しくなるのも事実だ。身体強化で出せる力そのものに差が生まれるからな」


二人が戻ってくる。


続いて黒田先生が次の組み合わせを読み上げた。


「次。橘大和。高橋拓海」


「おっ」


大和が立ち上がる。


僕の横を通る時、拳を突き出してきた。


「行ってくる」


「頑張って」


軽く拳を合わせる。


大和と高橋君が白線の内側へ入り、向かい合った。


「始め!」


黒田先生の声と同時に、高橋君が飛び出した。


両脚を魔力で強化し、一気に大和との距離を詰める。


そのまま放たれた右拳に対して、大和は避けようとしなかった。


「ふっ!」


両腕を顔の前で構え、青い光で覆う。


バンッ!


さっきよりも大きな音が響いた。


それでも、大和はほとんど動かない。


「硬っ……!」


高橋君の顔に驚きが浮かぶ。


その隙を逃さず、大和が前へ出た。


「おらっ!」


「うわっ!」


体当たりをまともに受けた高橋君の身体が後ろへ弾かれる。


二歩、三歩と下がり、そのまま白線を踏み越えた。


「場外。橘の勝ち」


「よっしゃ!」


大和が拳を上げる。


早い。


開始から十秒も経っていない。


さっきの二人とは明らかに違った。


これが五十八。


それに、大和には元々生まれ持った体格の良さもある。


「橘」


「はい」


「お前、タンク志望だったな」


「はい!」


「悪くない。自分の長所も分かってる」


大和の顔が明るくなる。


「だが、防御する瞬間に必要以上の魔力を腕へ流してる」


「うっ」


一瞬で顔が曇った。


「今の一発なら半分で十分だった。あんな使い方を続けてたら、長期戦になった時、どれだけ適性が高くてもスタミナ切れを起こすぞ」


「はい……」


勝ったのに少し落ち込んで戻ってくる。


「勝ったじゃん」


「褒められると思ったのに」


「ちゃんと悪くないって言われてたよ」


「その後が長えんだよ」


「先生だからね」


「もっとこう、最初くらい気持ちよく褒めてくれてもいいだろ」


そんな話をしながら、大和が僕の隣へ座る。


黒田先生がタブレットを見る。


「次――朝倉蓮」


来た。


僕は立ち上がる。


「それと、村上颯太」


「はい」


反対側から一人の男子が立ち上がった。


その瞬間、周囲が少しざわつく。


「村上って……」


「五十一の?」


「おいおい、大丈夫かよ。朝倉って二十一だろ?」


「三十も違うぞ」


そんな声が聞こえてくる。


五十一。


昨日の測定で五十を超えた生徒の一人か。


僕より少し背が高く、明らかに筋肉質な身体をしている。


格闘技か、それとも以前からディフェンダーになるための訓練を受けていたのか。試合区画へ向かう足取りも堂々としていた。


僕も白線の内側へ入る。


村上君と向かい合った。


「よろしく」


「……ああ」


村上君が少し困ったような顔をする。


そして、小さな声で言った。


「適性、二十一なんだろ?」


「うん」


「俺、五十一だから」


村上君が言いたいことは分かった。


怪我をさせないように気を遣ってくれているんだろう。


「手加減した方がいい?」


「大丈夫」


僕は首を横に振る。


「普通にやってほしい」


「……分かった」


村上君が構える。


僕も腰を落とした。


さっきの二人は五の差だった。


僕と村上君は三十。


身体強化だけなら、かなり大きな差になる。


それでも、せっかく戦えるんだ。


どこまでやれるのか試してみたい。


「身体強化のみ。顔面への攻撃は禁止。過剰な追撃もするな」


黒田先生が最後に確認する。


「はい」


「はい」


息を吐く。


緊張はしている。


でも、嫌な緊張じゃない。


むしろ、こういう時の方が頭は静かになる。


「始め!」


村上君の身体を青い光が覆う。


濃い。


午前中の僕とは全然違う。


五十一。


当然か。


村上君が床を蹴る。


速い。


一気に距離が縮まった。


だけど見えている。


肩が動く。


そして腰が回る。


右手が飛んでくる。


僕は半歩だけ左へ動いた。


ブンッ!


村上君の拳が僕の横を通過する。


「っ!」


村上君の目が僅かに開く。


すぐに左拳が飛んでくるが、今度は身体を沈めて躱した。


二発。


どちらも当たらない。


「おっ」


誰かの声が聞こえた。


村上君が一度距離を取る。


「……速いな」


「村上君も」


やっぱり身体能力も、身体強化の出力も僕より上だ。


まともに力比べをすれば勝てない。


だったら、力比べをしなければいい。


村上君が再び踏み込む。


右肩が動いた。


でも、右じゃない。


腰が回り、右脚が動く。


来る。


僕は先に左へ動いた。


直後、村上君の右脚が僕のいた場所を薙いだ。


「なっ――」


蹴り終わった村上君は軸足一本。


僕はその隙に懐へ入り、右掌を胸へ当てる。


身体強化を右脚へ集中させ、そのまま強く踏み込んだ。


「っ!」


村上君の身体が後ろへ崩れる。


すぐに距離を詰めると、体勢を戻そうとした村上君が右脚へ魔力を集めた。


次は右。


そう感じた。


僕は外側へ回り、振り向こうとする村上君の足を掛ける。同時に肩を押すと、崩れた身体がそのまま床へ落ちた。


ドンッ!


僕は追撃せず、すぐに一歩離れる。


演習場が静かになっていた。


村上君が床から僕を見る。


本人が一番驚いているようだった。


「続けるか?」


黒田先生が聞く。


「……はい!」


村上君がすぐに立ち上がる。


さっきとは顔が違う。


構えも変わった。


もう油断はしていない。


「行くぞ」


「うん」


今度は村上君が慎重に距離を詰めてきた。


放たれた拳を避け、続く蹴りも身体をずらして躱す。掴もうと伸びてきた腕には横から軽く手を当て、そのまま外へ弾いていなした。


村上君の身体が僅かに流れる。


当たらない。


村上君が攻撃する前に、僕にはなんとなく分かる。


昔からそうだった。


肩や腰、脚の動き。


視線や呼吸。


意識して見ているものはいくつもある。


だけど、それだけじゃない。


最後はいつも感覚だった。


村上君の右拳が飛んでくる。


僕はそれを紙一重で避け、そのまま懐へ潜り込む。腰へ手を回し、身体を捻りながら足を払った。


ドンッ!


二度目。


また村上君の背中が床についた。


「くそっ!」


村上君はすぐに立ち上がったが、今度は自分から距離を取った。


近づけば崩される。


そう判断したんだろう。


なら。


僕から行く。


床を蹴って一気に距離を詰める。


「!」


村上君が構えた。


僕より出力は上。


正面からぶつかれば僕が負ける。


だから、ぶつからない。


接触する直前で右へ踏み込むと、村上君の視線と身体が僕を追った。


その瞬間に左へ切り返す。


「速――」


村上君の横を抜け、そのまま背後へ回る。


振り返ろうとした背中へ手を添え、村上君自身の勢いを殺さないまま押した。


「うわっ!」


二歩、三歩。


踏み止まろうとした村上君の足が白線を越える。


「そこまで」


黒田先生の声が響いた。


「場外。朝倉の勝ち」


一瞬。


誰も何も言わなかった。


「……え?」


どこかから声が聞こえた。


僕は大きく息を吐く。


思ったより疲れた。


やっぱり身体強化を使い続けると消耗する。


「ありがとうございました」


村上君に頭を下げる。


「あ、ああ……ありがとうございました」


村上君も返してくれる。


でも、まだ少し呆然としていた。


白線の外へ出ると、大和がすぐに走ってきた。


「蓮!」


「何?」


「お前、強いじゃん!」


「声大きいよ」


「いや、だって!」


大和が僕の肩を掴む。


「圧勝じゃん! 一発も食らってねえだろ!」


言われてみれば、確かに一発も当たっていない。


「入試もあんな感じだったのか?」


「うん。だいたい」


「そりゃ受かるわ!」


大和が笑う。


その後ろ。


一ノ瀬がこちらを見ていた。


驚いたような顔。


午前中とは違う。


今度は僕の魔力操作を見ているんじゃない。


僕自身を見ていた。


「……二十一?」


小さく呟く。


昨日。


午前。


そして今。


三回目だ。


そんなに二十一が気になるのかな。


「朝倉」


黒田先生に呼ばれた。


「はい」


振り返る。


先生は僕をじっと見ている。


表情が読めない。


「お前、格闘技経験は?」


「道場には通ってました」


「何年だ」


「三年くらいです。後は自分で続けてます」


「そうか」


黒田先生が村上君を見る。


そして、もう一度僕を見る。


「攻撃が来る場所を読むのが得意なのか?」


「はい」


これは昔から自信がある。


「なんとなく分かります」


「なんとなく?」


「肩とか腰とか、いろいろ見てるんですけど……」


説明しようとして、少し困る。


「最後は感覚です」


黒田先生の眉が僅かに動いた。


「感覚、ね」


「はい」


「分かった。戻れ」


「はい」


大和の隣へ戻る。


次の二人が呼ばれ、戦闘訓練が再開された。


でも、黒田先生はすぐにはタブレットへ視線を戻さなかった。


村上君を見て。


その次に、僕を見る。


五十一と二十一。


出力。


身体能力。


格闘技術。


魔力操作。


頭の中で何かを照らし合わせるように、黒田先生はしばらく僕を見ていた。


「感覚…か」


そして、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。


「…本当にそれだけか?」

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