謎の力の検証
ぐったりとした狼型の魔物を見た後、改めて自分の右手へ視線を落とす。
青い光に混ざるようにして、拳の周囲にはまだ白い光が残っていた。
これまで何度身体強化を練習しても、僕の適性そのものが変わることはなかった。魔力操作が上手くなれば、同じ魔力量でも効率よく身体を強化することはできる。それでも、適性の高い人と比べればどうしても限界はある。
だけど、この力は違う。
僕の適性とは関係なく、目の前の魔物を明らかに弱らせた。
「少なくとも、これではっきりしたことが一つあるわね」
榊原先生の声に顔を上げる。
先生は端末に表示された数値を確認しながら、ぐったりとしている狼型の魔物へ視線を向けた。
「朝倉君のその力は、やっぱり魔素に対して何らかの特別な作用を起こしてる」
「やっぱりそうなんですね」
「ええ。今の一撃を受けた直後、この個体の体内魔素の活動が急激に低下してる。普通に殴られただけで起こる変化じゃないわ」
榊原先生が端末を操作し、攻撃を受ける前と後の数値を並べていく。
僕にはまだ細かな数値の意味までは分からないけど、いくつかの数字が大きく変化していることだけは見て取れる。
「校外研修で遭遇した変異個体が急激に弱体化したのも、おそらく同じ理由でしょうね。朝倉君が攻撃するたびに、体内の魔素へ何らかの作用が起きていた」
「あの時は、斬るたびに分かりやすく身体が小さくなってました」
「その個体は大量の魔素を取り込んで巨大化していた可能性が高いからね。その体がこの力の影響を受けて、元の状態へ戻っていったと考えれば一応の説明はつくわ」
そこで榊原先生は一度言葉を切った。
「ただし、あくまで現段階では、だけどね」
相変わらず断定はしてくれない。
だけどその表情には僅かに何かを確信したかのような笑みが浮かんでいる。
「まだ分からないんですか?」
「分からないことだらけよ。魔素そのものを減らしているのか、活動を抑えているだけなのか、それとも私たちが知らない別の現象が起きているのか。そもそも肝心のその力を機械で観測できないんだから、今の段階で断定するのは無理」
確かに僕の中にあるのに、検査ではどの機械にも反応しなかった。
目には白い光として見える。ここにあるのは誰から見ても明らかだ。それなのに、それが何なのかを調べる方法すら今のところ存在しない。
「他にも何か効果があるかもしれないしね。今分かってるのは、魔物の魔素に対して何かをしている。それだけよ」
「……榊原」
それまで黙って話を聞いていた黒田先生が口を開いた。
「何?」
「こいつの勘がいいのも、その力と関係しているのか?」
「勘?」
榊原先生が首を傾げる。
「どういうこと?」
「朝倉は入学した時から、妙に相手の動きを読むのがうまかった」
黒田先生の言っている意味が、俺にも分かった。
「俺も最初は単純に戦闘勘がいいんだと思っていた。そういう才能があるんだと。ただ、それだけにしては妙に反応が早い時がある」
黒田先生の話を聞いて、入学して間もない頃に行った模擬戦を思い出す。
僕より遥かに適性の高い村上君との戦い。
真正面から力比べをすれば勝ち目がなかったから、攻撃を避けながら相手の隙を狙った。
「朝倉。お前、相手の攻撃が来る前にそれがどんな攻撃か分かることがあるだろ」
「分かるっていうか……」
前にも似たようなことを聞かれたけど、そのことに対する答えを僕もまだ知らない。
「何となく、です。こっちから来そうだなとか、次はこう動きそうだなとか」
「ほらな」
黒田先生が榊原先生を見る。
「でも、別に全部分かるわけじゃないですよ」
「それでも、妙に攻撃を避けるのが上手いとは思っていた。この学校に入学できたのもその力を評価されたからだ」
それを聞いた榊原先生が考え込む。
さすがに僕の過去の成績や戦闘内容は榊原先生も知らなかったらしい。
「……なるほどね」
その視線が僕へ向く。
「森では姿を見る前から魔物の位置が分かった。そして通常の個体より、変異個体の方を強く感じた」
「はい」
「もし、それと黒田先生の言う勘の良さに繋がりがあるとするなら……」
榊原先生が端末を操作しながら、しばらく考え込む。
「朝倉君が感じ取ってるのは、もしかすると魔物の存在じゃないのかもしれない」
「どういうことですか?」
「簡単に言えば、魔素や魔力に対するレーダーみたいなものを持ってる可能性があるってこと」
「レーダー……」
「魔物の体内には魔素がある。それを無意識に感知していたから、姿が見えなくてもどこにいるか分かった。でも、それが魔物だけに限定された能力じゃないとしたら?」
榊原先生が黒田先生へ視線を向ける。
「人間もまた、魔素を取り込んで体内で魔力へ変換して使ってる。身体強化を使って戦うなら、当然その魔力も動く」
「ああ」
榊原先生の解説に黒田先生が頷く。
「その動きを朝倉君が無意識に感じ取っていたとしたら、相手が実際に身体を動かすより僅かに早く、次の行動を察知できても不思議はないと思わない?」
言われてみれば、確かに思い当たるところはある。
相手の攻撃が完全に見えているわけじゃない。次に何をするのか、頭の中に答えが浮かんでくるわけでもない。
ただ、何となくこっちから来るような気がする。
その感覚に従って、相手の動きより少し早く身体を動かすことができる時がある。
これまで自分の勘だと思っていた感覚にも、もしかすると理由があるのかもしれない。
「……それなら納得できるな」
黒田先生が腕を組む。
「適性差がある相手に朝倉が対応できていた理由にはなる」
「もちろん、まだ仮説だけどね。そもそも人間の魔力まで本当に感知してるのか、ちゃんと実験しないと分からないし」
榊原先生はそう言いながらも、明らかに楽しそうだった。
「魔素に対して特殊な作用を起こす。それだけじゃなくて、魔素や魔力そのものを感知している可能性まである。もしかすると、まだ他にも何かできるかもしれないわね」
「他にもですか?」
「試してみないと分からないでしょ」
そう言われた時、ふと昨夜の出来事を思い出した。
あれも、この力について分かったことの一つと言えば一つなのかもしれない。
ただ、先生に言えば面倒なことになりそうな気もするし、何となく恥ずかしさもある。
「……あの」
「何?」
端末に何かの情報を入力していた榊原先生がモニターを見たまま返事をする。
「そういえば一つ、昨日試したことがあります」
予想通り、榊原先生がすぐに食いついた。
「何したの?」
「魔力とこの力、二つを混ぜてみました」
端末を操作していた榊原先生の指が止まった。
「混ぜた?」
「はい。使い方も似てるし、両方とも僕の中にある力だから、混ぜたらどうなるのかなって」
「それで?」
榊原先生が一歩近づいてくる。
「混ぜようとしたら、思ってたより簡単に混ざりました。というより、僕が混ぜる前に二つの力が勝手に引き付け合ったような感じで……」
「勝手に?」
「はい。僕は一つにしようとしただけです。そうしたら急に二つが引き付け合って、その直後に腕がすごく光って……」
「それから?」
「分かりません」
「分からない?」
「そこで意識が途切れました。次に気付いたら朝だったので、気を失ってたんだと思います」
「ちょっと待て」
今度は黒田先生が反応した。
「お前、それを今まで黙ってたのか?」
「言おうとは思ってたんですけど……」
地下施設へ向かう途中でも一度考えた。
結局、話す機会を逃したままここまで来てしまった。
「身体に異常は?」
「特にないです。痛みも痺れもなかったですし、朝起きた時はこの力も感じなくなってました」
「普通気絶するようなことになれば、担任や保険医に真っ先に報告するんだ」
黒田先生が額に手を当てる。
その隣では榊原先生が僕の腕をじっと見ていた。
「二つを同時に使うだけなら何も起きず別々なものとして混在する。でも、混ぜようとすると勝手に引き付け合った……」
何かを考えるように呟いた後、顔を上げる。
「朝倉君」
「はい」
「もう一回やってみましょう」
「榊原」
黒田先生の低い声が響いた。
「何?」
「駄目に決まってるだろ」
「でも再現できるか確認しないと何も分からないじゃない」
「こいつはそれをやって意識を失ってるんだぞ」
「だから今度は私たちがいるところで――」
「駄目だ」
「ほんの少しだけでも?」
「駄目だ」
「保健室に移動すれば――」
「何回言わせるつもりだ」
榊原先生が不満そうに口を閉じる。
僕としても、昨夜何が起きたのか気になってはいる。
でも意識を失った原因すら分かっていない状態でもう一度やるのは、さすがに少し怖かった。
「……まあ、仕方ないか」
榊原先生が諦めたように息を吐く。
「そっちはもう少し安全に検証する方法を考えてからね」
「そうしろ」
「じゃあ、今日はさっきの続きをしましょう」
切り替えが早い。
そこからは、別の魔物を使っていくつかの実験を行うことになった。
もちろん魔物はすべて黒田先生が動きを封じ、安全を確保した状態。
最初に試したのは同じ方法。
身体強化を使い、その上で拳へあの力を集め、拘束された魔物の身体へ、加減しながら拳を叩き込む。
結果は先ほどとほとんど同じだった。
攻撃を受けた直後から、魔物の体内魔素の活動が大きく低下したのをモニター越しに先生が確認する。
「やっぱり再現性はありそうね」
榊原先生が満足そうに記録を取っていく。
「じゃあ次。今度は殴らなくていいから、そのまま触ってみて」
「触るだけですか?」
「そう。手にその力を集めたままでね」
言われた通り、白い光を纏った手を魔物の身体へ当てる。
しばらくそのまま待っていると、榊原先生が端末を確認した。
「変化はある。でも……さっきほどじゃないわね」
「全然違います?」
「ええ。多少は反応してるけど、殴った時とは比べるとごく僅かね」
僕自身の感覚には特に違いはない。
拳へ集めている力も、殴った時と同じように思える。
それなのに、ただ触れただけでは効果が大きく落ちる。
「接触では効果は薄い……」
榊原先生が呟きながら、その結果も記録していく。
最後に用意されたのは訓練用の模擬剣だった。
普段の授業でも使っている、刃を潰した剣だ。
「校外研修では剣を使ったのよね?」
「はい」
「なら、それも再現してみましょう」
剣を握り、あの時の感覚を思い出す。
拳へ集める時と同じように、今度は握った剣へ力を移していく。
剣身が淡い白色の光に包まれた。
それを確認してから拘束されている魔物の側面へ移動し、傷を付けない程度の力で模擬剣を振るう。
鈍い音を立てて、剣身が魔物の身体へ当たった。
直後、魔物の身体から明らかに力が抜ける。
「こっちは大きいわね」
榊原先生がすぐに端末を確認する。
「素手で殴った時と同じように、体内魔素の活動が急激に落ちてる」
「触った時だけ弱いんですね」
「今のところはそういう結果ね」
どうして違いが出るんだろう。
使っている僕自身には、三つとも同じように力を集めていた感覚しかない。
「単純な接触と攻撃で何が違うのか……これはもう少し調べる必要がありそうね」
榊原先生は結果を見比べながら、何度か満足そうに頷いている。
結局、その後も条件を少しずつ変えながら何度か実験を繰り返し、先生が十分なデータを取ったところで、この日の実験は終わることになった。
「今日はこれくらいにしましょうか」
榊原先生が端末を閉じる。
「思ってた以上に色々分かったし、続きはまた今度ね」
「まだやるんですね」
「当然でしょ。分からないことの方が多いんだから」
やっぱり僕の放課後は、しばらくこの人に付き合うことになりそうだ。
地下施設を出ようとしたところで、黒田先生に呼び止められた。
「朝倉」
「はい?」
「一つ言っておく。その力は、しばらく授業では使うな」
「使っちゃ駄目なんですか?」
「絶対駄目だとは言ってない。前回のようなことがあれば使ってもいい。ただまだ何なのかも、身体にどんな影響があるのかも分かってないからな」
黒田先生が僕を見る。
「それに、今の段階で他の生徒に知られれば余計な混乱を招く。ある程度詳細が分かるまでは、俺たち以外の前では使わないようにしろ」
確かに、いきなり僕の身体が白く光ったら、みんな驚くだろう。
ただでさえ僕の適性が二十一なのは有名な話だ。
「分かりました」
「それと、勝手に妙な実験をするな」
「……はい」
昨夜のことを言っているのは間違いない。
「何か試したいことがあるなら、まず榊原に相談しろ」
「大抵のことは許可してあげるわよ」
「……やっぱり俺にも言え」
「え?」
「はい」
黒田先生の判断はたぶん正しい。
その後、保健室に通うことがほぼ日課のようになった。
授業が終われば榊原先生のところへ向かい、必要があれば地下施設へ行く。
魔物を使った実験をしたり、研究室で検査を受けたり、あの力を自分で動かす練習をしたりと、やることはその日によって違った。
相変わらず機械で直接観測することはできず、分からないことの方が圧倒的に多い。
それでも実験を重ねるたび、少しずつ分かることも増えていった。
そんな生活が、しばらく続いた。




