不思議な力のコントロールは何故簡単なのか
あの演習の時、自然と武器にこの力を流せた時と似たような感覚。
初めて扱う力なのに何故かコントロールできる。
魔素とは違う不思議な力。
「朝倉君?」
榊原先生の声が聞こえる。
「ちょっと試してみてもいいですか?」
「何を?」
「この力、今なら扱える気がするんです」
「……本当に?」
榊原先生の表情が変わった。
僕を見て、自分の予想が当たってにやけるような表情を見せていた榊原先生の目が、より真剣なものになる。
「やってみて。ただし、少しでも身体に異常を感じたらすぐに止めてね」
「分かりました」
もう一度、自分の身体へ意識を向ける。
体内にある魔力と、そのさらに奥に感じるもう一つの力。
身体強化を使う時と同じように、その力が身体全体へ行き渡るところをイメージする。
すると――。
「……できた」
驚くほど簡単だった。
身体の奥にあった力が、僕の意思に従って全身へ広がっていく。
身体強化とはどこか違う感覚。
だけど、自分の意思で動かせているということだけは分かる。
「どう?」
「全身に行き渡らせてみました」
「何か変化は?」
「特には……」
軽く手を握り、開いてみる。
その場で何度か屈伸をして、感覚を確かめる。
身体強化の時のように、身体が軽くなったような感じもしなければ、力が強くなった感覚もなかった。
「身体強化みたいに強くなった感じはないです」
「ふーん……」
榊原先生が僕の身体を上から下まで眺める。
「見た目にも変化はないわね」
「ですね」
そこで、もう一つ試してみる。
普段の身体強化でも、全身へ行き渡らせている魔力を腕や脚へさらに集中させることが出来る。
同じことを、この力でもできるだろうか。
右腕へ意識を向ける。
全身に行き渡らせていた力を、右腕へ集めるようにイメージした。
次の瞬間だった。
「え?」
右腕が淡い光に包まれた。
普段、魔力を集中させて部分的に身体強化を強めた時に現れる青い光とは一目見て違うことが分かる。
僕の右腕を覆っているのは、白い光だった。
「……朝倉君」
榊原先生の声色が変わる。
顔を見ると、目を輝かせて僕の腕を見ていた。
「そのまま!」
「え?」
「その状態、維持して!」
「は、はい」
言われなくても、まだ維持できている。
というより、身体強化よりもむしろ簡単だ。
意識を向けてさえいれば、右腕に集めた力が勝手に違う部位に広がっていきそうになる感覚もなかった。
「右腕だけ?」
「今はそうです」
「他にも移せる?」
「やってみます」
右腕に集めた力を戻し、今度は左腕へ。
白い光が右腕から消え、ほぼ同時に左腕が白く光った。
早い。
僕も魔力操作に自信はあるけど、それでも身体強化だとこんなに早く切り替えはできない。
「……すごい」
次は右脚、その次は左脚。
最後にもう一度右腕と、思った場所へ、ほとんど抵抗なく動いてくれる。
「朝倉君、ちょっと檻から離れてみて。そのままの状態で」
「分かりました」
檻の中でいまだに暴れている猪型の魔物から距離を取る。
一歩、二歩、三歩と身体の中の力に意識を集中させて魔物から離れていく。
「フゴォォォッ!」
ドンッ!!
背後から大きな音が響く。
その音に少しだけ意識を持っていかれそうになった。だけど、右腕の白い光は消えない。
さらに距離を取る。それでも変化はなかった。
「まだ維持できてる?」
「はい」
「あぁ。すごいわ、朝倉君」
榊原先生が感心したように呟く。
そういえば、榊原先生に普通に朝倉君と呼ばれたのは、これが初めてかもしれない。
今まではずっと適性二十一君とか君とかだった気がする。
未知の現象を前に、先生の中で僕の存在が昇格したのかな。
そんなことを考えていても、右腕に集めた力は乱れない。
というか――なんなら余裕さえ感じる。
歩きながらでも、榊原先生と話しながらでも、こんな余計なことを考えていても、問題なく維持できている。
初めて魔力を扱った時とは全然違う。
身体強化を習ったばかりの頃は、魔力を身体全体へ行き渡らせるだけでも苦労した。
腕や脚へ集中させようとすれば、さらに難しく、その力を安定させるのには長い時間が掛かった。
でも、この力は違う。
まだ使うのは二回目のはずなのに。
まるでずっと前から使っていたかのように、思った通りに動いてくれる。
「……なんでだろう」
「何が?」
思わず心の声が漏れ出したのを、榊原先生に拾われてしまった。
「扱いやすいんです」
「扱いやすい?」
「はい。魔力よりずっと」
榊原先生の表情がまた変わった。
「どのくらい?」
「どのくらいって言われると難しいですけど……ほとんど意識しなくても維持できます」
「今も?」
「はい」
試しに右手を強く握る。
「でも、やっぱり力が強くなった感じはないです」
「身体強化とは違う?」
「多分」
白い光が出ている。
色を除けば見た目だけなら、身体強化を使っている時と似ている。
でも、それだけ。
握力が上がったり、身体が軽くなった感じもない。
「面白いわね」
榊原先生が僕の腕を見つめる。
「見た目は似てるのに、性質は全然違う」
「これ、どうします?」
「決まってるじゃない」
榊原先生が即答した。
「調べるわよ」
やっぱりそうなるよね。
「一度研究室に戻りましょう」
「このままですか?」
「できればね」
「でも、このまま学校の中を歩くんですか?」
白く光る右腕を見る。
どう考えても目立つ。
「身体の中に戻せない?」
「やってみます」
右腕へ集中させていた力を全身へ戻す。
すると、すぐに白い光は消えた。
「消えました」
「力自体は?」
意識を向けるまでもなく、そこにあるのを感じている。
「まだあります」
「なら、その状態を維持して」
「分かりました」
そのまま僕たちは地下施設を出た。
◇ ◇ ◇
研究室へ戻ると、すぐに検査が始まった。
やることは昨日とほとんど同じ。
身体にいくつものセンサーを取り付けられ、魔素適性や体内の魔力量を測る。
採血もされた。
「また採るんですか?」
「昨日との比較ができるでしょ」
「注射嫌いなんですけど」
「魔物には近づけるのに?」
「それとこれとは別です」
そんなやり取りをしながら、検査は進んでいく。
しばらくして。
「……おかしいわね」
モニターを見ていた榊原先生が呟いた。
「何か変ですか?」
「朝倉君」
「はい」
「今もその力はある?」
「ありますよ」
それだけは間違いない。
さっきからずっと、僕の中にある。
「動かせる?」
「はい」
試しに右腕へ集める。
すぐに腕が白い光に包まれる。
「ほら」
「……見えてるのにね」
榊原先生がモニターを見る。
僕も画面を覗き込む。
当然、何が表示されているのかはよく分からない。
「何も出てないんですか?」
「少なくとも、この機械にはね」
榊原先生が別の画面へ切り替える。
昨日の検査結果と今日のものを並べた。
「魔素適性は二十一のまま。魔力量もほとんど変わってない」
「じゃあ、この力は?」
「観測できてない」
自分の右腕を見る。
今も白く光っている。
目には見えている。
自分でも確かに感じている。
なのに、機械には何も映っていない。
「採血した方は?」
「今のところ目立った変化はなし。詳しく調べるけど、期待は薄そうね」
「じゃあ結局、何も分からないってことですか?」
「そうでもないわよ」
榊原先生が椅子を回して僕を見る。
「観測できないってことが分かった」
「それって進んでるんですか?」
「立派な前進よ」
そういうものなんだろうか。
「今ここにある機械は、当然だけど既知の魔素や魔力を調べるために作られてる」
榊原先生が僕の右腕を見る。
「もしそれが魔素とも魔力とも違う未知の何かなら、既存の機械で観測できなくても不思議じゃない」
「未知の何か……」
「もちろん、まだ決めつけるには早いけどね」
榊原先生がモニターへ視線を戻す。
「魔素の今まで知られていなかった状態なのか。それとも本当にまったく別のものなのか。それすら今は分からない」
僕の中に確かにある力なのに、この場だけではその正体を調べることすらできない。
「いやー、困ったわね」
榊原先生がそう呟きながら振り返った。
言葉とは裏腹にその顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「こういうの、研究者として一番燃えるのよね」
やっぱりこの人は生粋の研究者なんだろう。
ますます、保健医をしている意味が分からなくなってくる。
「測れないなら別の方法で検証していくしかないわね」
「別の方法?」
榊原先生が僕を見る。
「この前、あの力を使って、変異個体を弱らせたんでしょ?」
「はい」
この力を剣へ流して斬るたびに、巨大だった魔物は少しずつ小さくなっていった。
「だったら次は――」
榊原先生の視線が、僕の白く光る右腕へ向く。
「この力が魔物に対して何をしてるのか、調べてみましょう」
◇ ◇ ◇
結局あの後、実験をするためには申請が必要ということで、ひとまず今日は解散ということになった。
あの力については、明日また例の地下施設に連れていくので、維持はしなくてもいいと言われていたが、せっかくまた感じ取れたのだ、どうせならいつまでコントロールできるのか試そうと思っているうちに、気が付けば就寝時間を迎えていた。
本当に不思議な感覚だ。
魔力ならこんな長時間身体に巡らせていればとっくの昔に魔力切れを起こしているはずだけど、この力は尽きる気配がない。
まあ魔力と違って、巡らせているだけだと効果は実感できないんだけど。
それでも保健室を後にしてから、食事中でも、入浴中でも、僅かに意識を向けているだけで、この力をコントロールすることができた。
探そうとしていた時はあんなに出てこなかったのに、いざ姿を見せれば驚くくらい扱いやすい。
すっかり就寝準備も終わって、電気を消してベットに横になる。
ふと、掌に力を集めてみる。
直後、掌の周りが白く発光する。
まるで照明のよう、とまではいかないが、それでも手元を照らすくらいの光量はある。
意外と便利かもな、なんて思っていると、少し試したくなってきた。
力を意識したまま、今度は魔力を手に集める。
すると手が今度は青く光り始める。
魔力と同時に使えることは、前回の演習でも分かっていた。
あの時は身体に魔力を使った身体強化を施したまま、剣にこの力を流した。
ただし使っていた場所は別々だった。
だったら同じ場所に使ってみよう、と考えたのだ。
身体強化を使っている右手に、もうひとつの力を集める。
すると手の光り方が変わる。
青い部分もあれば、白い部分もある。
はっきりと分かれているわけじゃない、近くで見ないと分からない程度の差。
離れた場所で見れば水色みたいに見えそうではある。
何はともあれ、普通に同時に使えた。
だけど、変化といえば色が変わったくらい。
もちろん力は増している。
いつもの身体強化の範囲内で。
そこで僕は別のやり方を試すことにした。
この力と、魔力。
別々に扱えるけど使い方は非常に似ている。
恐らく性質の違う二種類の力。
その二つを混ぜればどうなるのか。
ふと、そんなことを思ってしまったのだ。
爆発する、なんてことは、きっとないだろう。
どちらも僕の身体の中にあった力同士。
そんなに相性が悪いなんてこともない、そう予想した。
榊原先生と話しているうちに、変なテンションが移ってしまったのかもしれない。
ちょうど腕に集めている力で試そう、と何の疑問も持たずに考えた。
腕の中で魔力ともうひとつの力を練り上げていく。
バラバラだった力がゆっくりと、ひとつになっていく───そう思っていた。
しかし実際には練り上げた瞬間に、二つの力が急速に引き付け合うように動き始める。
何かおかしい、そんなことを考え暇もなかった。
突如、腕から眩い光が放たれる。
「うわっ!」
思わず俺の口から声が漏れる。
僕の意識はそこで途絶えた──。




