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アンチ・マギア ~最低適性の僕は、まだ誰も知らない本当の魔法へ辿り着く~  作者: 山ノ上商会


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一ノ瀬さんの悩みと地下研究所


翌日の午前中。


授業のため僕たちはいくつかある訓練場の一つに集まっていた。


「今日は武器を使った模擬戦を行う」


黒田先生の声が響く。


僕たちの前には、授業用に用意された武器が並べられていた。


剣、槍、盾。


どれも訓練用ではあるけど、実際にディフェンダーが使うものと大きさや重さはほとんど変わらない。


もちろん安全のために刃は潰されている。


「身体強化の使用は自由。ただし魔法は禁止だ」


黒田先生が僕たちを見回す。


「勝敗は場外、もしくは明確な有効打で決める。顔、首、急所への攻撃は禁止。基本は寸止めしろ。ただし当たっても文句は言うなよ」


つまり、これまでより実戦に近い訓練ということだ。


前回の校外演習を経たことで、カリキュラムも少し実践的なものになったみたいだ。


「危険だと判断した場合はこちらで止める。勝つことに夢中になって相手を怪我させるなよ」


「はい!」


皆で返事をすると、それぞれ自分に合った武器を取りに行く。


僕は当然、並べられた武器の中から剣を取る。


握りを確かめながら、ふと昨日のことを思い出した。


乱れた魔素とそれに反応する、僕の中にある謎の力。


周囲を見渡す。


これから始まる模擬戦では、みんな身体強化を使うだろう。


当然、攻撃のために魔素も動く。


もしかしたら――。


「朝倉」


「はい」


黒田先生に呼ばれ、訓練場の中央に書かれた円形の白線の中へ入る。


向かい側にも男子生徒が立っていた。


まだそんなに話したことはない人だけど、もちろん僕より魔素適正が高いことは間違いない。


お互いに剣を構える。


「始め!」


合図と同時に、相手が地面を蹴った。


速い。


相手はもう身体強化を使っている。


僕も身体強化を発動し、相手の動きを観察して、横へ動く。


相手の剣が目の前を通り過ぎた。


すぐに身体を返して剣を振るう。


ガンッ!


剣同士がぶつかる。


相手の身体の中では今、魔素が動いているはずだ。


だけど、何も感じない。


もう一度、今度は横から胴を目掛けて剣が飛んでくる。


それを受け流しながら相手の懐へ入った。


これだけ近づいても昨日の実験で感じた力も、森の中で魔物から感じた気配も、何も感じない。


「……っ!」


相手が慌てて距離を取ろうとする。


だけどその動きは計算の内だ。


相手に合わせて一歩踏み込んだ。

  

相手が剣を振るけど、間合いが近すぎる。


僅かに身体をずらして避けると、そのまま自分の剣先を相手の胸元で止めた。


「そこまで!」


黒田先生の声が飛んだ。


「勝者、朝倉」


お互いに剣を下ろす。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


頭を下げ、白線から出る。


勝てた。


だけど、気になっていた方は何も起きなかった。


やっぱり人間相手じゃ駄目なのかもしれない。


「おーい、蓮」


少し離れたところから声が聞こえた。


振り返ると、大和が盾を持って白線へ入っていくところだった。


相手は槍を持った男子生徒。


「始め!」


相手が先に動いた。


身体強化を使って一気に距離を詰め、槍を突き出す。


大和は避けない。


相手の槍の角度を見てから、盾を構える。


ガンッ!


真正面から槍を受け止めた。


あまりの堅さに相手のバランスが崩れる。


大和はその隙を逃さずに前へ出る。


槍を押し返し、体勢を崩した相手へ盾を押し当てる。


「ちょっ――」


相手の反応を待たず、ただ押していく。


ほとんど抵抗を許さないまま、相手の足が白線を越えた。


「そこまで! 勝者、橘!」


「よっしゃ!」


大和が嬉しそうに拳を握る。


相変わらずリアクションが大きい。


しまいにはこっちに向かってVサインをしてくる。


そしてすぐに先生に怒られた。


ここまでが最近のお決まりのパターンになっている気がする。


その後も試合は続いた。


他の生徒たちの試合を見ているうちに、一ノ瀬さんの名前が呼ばれる。


「あ、一ノ瀬さんだ」


大和が声を上げる。


一ノ瀬さんが剣を持って前へ出る。


向かい側に立ったのは、女子ではなく男子生徒だった。


確か適正は四十前半だった気がする。


「魔法なしだとどうなんだろうな」


大和が呟く。


一ノ瀬さんは魔法使い志望だ。


身体強化も使えるけど、剣を主体に戦うタイプではないし、前の授業でも剣の扱いに少し苦戦していた。


「始め!」


二人がほぼ同時に動く。


男子生徒が先に仕掛ける。


一ノ瀬さんがそれを剣で受けた。


ガンッ!


剣がぶつかる音が訓練場に響く。


そのまま鍔迫り合いになることなく、一ノ瀬さんは一度距離を取った。


男子生徒がその後を追うように距離を詰める。


もう一度、剣が振られる。


一ノ瀬さんはそれも受けた。


だけど――。


「……?」


何だろう。


一ノ瀬さんの動きが悪い気がする。


弱いというわけじゃない。


いつもより反応が少し遅い。


僕がそう考えている間にも相手の攻撃は止まない。


一ノ瀬さんも何度か剣を振る。


剣同士がぶつかった、次の瞬間。


相手が勢いを利用して身体をうまく回しながら横へ動いた。


その動きが予想外だったのか、一ノ瀬さんの対応が僅かに遅れる。


「っ!」


気付いた時には、相手の剣先が一ノ瀬さんの胴体の前で止まっていた。


「そこまで!」


黒田先生が手を上げる。


「勝者、田中!」


一ノ瀬さんが剣を下ろした。


「……ありがとうございました」


「ありがとうございました」


二人が頭を下げる。


一ノ瀬さんはそのまま白線から出ていった。


「負けたな」


大和が言う。


「うん」


「意外だな。一ノ瀬って適性六十七だろ?」


「でも魔法使いだからな」


隣にいた村上君が会話に入ってきた。


「魔法禁止で剣だけなら、別におかしくないだろ」


「まあ、それもそうか」


大和が納得する。


確かに、適性が高いからといって、剣の扱いまで上手いわけじゃない。


一ノ瀬さんは魔法を使うことを前提に戦う。


今日のルールなら負けることだってあるだろう。


それでも僕は訓練場の端へ戻っていく一ノ瀬さんを見つめる。


昨日、食堂へ向かう途中で声を掛けた時も、少し様子がおかしかった。


やっぱり会っていない休日に何かあったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


昼休み。


大和たちと食堂へ入った僕は、周囲を見渡した。


今日も混んでいる。


空いている席を探していると、食堂の端に一ノ瀬さんを見つけた。


彼女は今日も一人で食事をしているようだ。


「大和」


「ん?」


「ちょっとみんなで食べてて」


「どこ行くんだ?」


「あそこ」


一ノ瀬さんの方を見る。


「ああ」


大和もすぐに分かったらしい。


「分かった。一応席取っとく」


「ありがとう」


僕は一ノ瀬さんのところへ向かった。


目の前まで近づくと、さすがに一ノ瀬さんも僕に気付いたようだ。


「一ノ瀬さん」


「……何?」


「ここ、座っていい?」


「好きにすれば」


なんだか昨日より少し冷たい気がする。


でも断られなかったので、向かい側の椅子に座った。


「今日の試合、惜しかったね」


「慰めに来たならいらないわよ」


「そういうつもりじゃないよ」


一ノ瀬さんが僕を拒むように食事を続ける。


その様子に僕も少し黙ってしまう。


何を話せばいいんだろう。


考えた末、結局そのまま聞くことにした。


「一ノ瀬さん、何かあった?」


僕の言葉を聞いて、一ノ瀬さんの箸が止まった。


「何もないけど」


「でも昨日からちょっと変だよ」


「……」


「今日の試合も、なんか集中できてないように見えたし」


一ノ瀬さんが顔を上げる。


「私が負けたのがそんなにおかしい?」


「違うよ」


すぐに否定する。


「負けたことじゃなくて、なんかいつもの一ノ瀬さんと違う気がしたから」


「いつもの私って何よ」


「それは……」


そう言われてみると困る。


僕たちはまだ知り合ってそんなに経っていない。


「分からないけど」


「何それ」


一ノ瀬さんが小さく息を吐く。


それから、また自分の食事へ視線を落とした。


「……吉田さんのこと?」


僕は気がかりだったことを、聞いてみた。


その名前を聞いて一ノ瀬さんの手が止まった。


今度はすぐに否定しなかった。


「やっぱり何かあるの?」


「……家の都合じゃないの」


それは小さな、吐き出すような声だった。


「え?」


「吉田さんが学校を辞めた理由」


一ノ瀬さんが箸を置く。


「私、聞いたのよ」


「何を?」


「吉田さんと黒田先生が話してるところ」


野外研修の翌日。


一ノ瀬さんが用事があって校舎を歩いていると、普段使われていない教室から声が聞こえたらしい。


聞くつもりはなかった。


でも、中から聞こえたのは知った声だったので、足を止めてしまった。


『……もう無理です』


それは研修で同じ班だった吉田さんと黒田先生の声だった。


『吉田』


『目を閉じると、あの魔物が出てくるんです』


一ノ瀬さんは思わず聞き耳を立ててしまった。


『またあんなのと戦うって考えただけで……怖くて』


『少し休んでから決めてもいい』


『無理です』


涙を圧し殺した声で吉田さんは続けた。


『私、ディフェンダーにはなれません


……退学させてください』


「そこまで聞いて、私はその場を離れたの」


一ノ瀬さんが言う。


「……そうだったんだ」


昨日の朝、黒田先生が言っていた家の都合というのは嘘。


吉田さんは、自分から学校を辞めたんだ。


もう魔物と戦うことができなくなってしまったから。


「あの子が学校を辞めたの、私のせいなの」


「え?」


「だってそうでしょ」


一ノ瀬さんが俯く。


「あの魔物があの場に来たのは私がいたから…」


「でも――」


「私が攻撃するたびに大きくなった。速くなった。最後には、あんな化け物になった」


一ノ瀬さんの手に力が入る。


「私がいなかったら、吉田さんたちはあんな怖い思いをしなかったかもしれない」


そういうことか。


昨日から様子がおかしかった理由。


今日の試合に集中できなかった理由。


一ノ瀬さんは吉田さんがこの学校を去ったのは自分の責任だと決めつけているんだ。


「でも、一ノ瀬さん」


「何?」


「一ノ瀬さんは知らなかったでしょ?」


「……」


「魔法を使ったら、あの魔物が襲ってくるなんて」


「それは……」


「僕たちだって知らなかった。先生たちも知らなかったんだと思う」


あんな魔物が出ること自体、想定されていなかった。


「分かってて魔法を使ったならともかく、知らなかったことまで一ノ瀬さんのせいにはできないよ」


「でも、結果的に――」


「それに」


言葉を重ねる。


「あの時、一ノ瀬さんが一人で残ったから、吉田さんたちは逃げられたんでしょ?」


一ノ瀬さんが黙る。


「あの魔物は一ノ瀬さんを狙ってた」


だから一ノ瀬さんは一人で残った。


自分が逃げれば、仲間まで巻き込むから。


「一ノ瀬さんが一緒に逃げてたら、どうなってたか分からない」


「……」


「だから、全部自分のせいにするのは違うと思う」


しばらく返事はなかった。


食堂の騒がしい声だけが聞こえる。


やがて一ノ瀬さんが、小さく息を吐いた。


「……朝倉君って」


「うん?」


「意外とお節介なのね」


「え」


そう言う一ノ瀬さんの口元が僅かに緩んだのを僕は見逃さなかった。


「……ありがと」


「うん」


小さく呟かれた感謝の言葉。


だけど、たぶんこれで一ノ瀬さんの中の罪悪感が全部無くなったわけじゃないだろう。


それでも、さっきよりは少しだけ、一ノ瀬さんの表情が軽くなった気がした。


◇ ◇ ◇


放課後。


僕は昨日と同じように保健室を訪れた。


「失礼します」


「来たわね」


榊原先生はすでに白衣を着て待っていた。


椅子には座っておらず、手には保健室の鍵のような物が握られている。


「今日は奥の研究室じゃないんですか?」


「うん。ちょっと場所を変える」


「場所?」


「ついてきて」


何の説明もないまま保健室を出る。


校舎を出て、敷地内を歩くこと約5分。


校舎から少し離れた場所に建つ施設へ到着した。


窓が少なく、見た目からして頑丈そうな建物だ。


「ここは?」


「研究と実習に使う施設」


榊原先生が入り口の横に取り付けられたセンサーにカードをかざす。


ピーという電子音の後、解錠を確認すると中へ入る。


そのまま先生に続いて、奥へ進むと、地下へ続く階段が見えてきた。


「地下になにかあるんですか?」


「そうよ」


長い階段を降りていく。


その途中だった。


「……先生」


ふいに足を止めた。


「何?」


榊原先生が振り返る。


僕は先生の顔ではなく、そのまま階段の下を見る。


まだ何も見えない。


だけど──わかる。


「います」


「何が?」


「魔物」


僕の言葉を聞いて一瞬、榊原先生の口元が上がった。


「やっぱりね」


「やっぱり?」


「とりあえず下まで行きましょ」


長かった階段が終わる。


その先には更に通路が伸びていた。


その通路を進むと頑丈そうな扉が現れる。


僕の感じている魔物の気配は、徐々に強さを増していた。


榊原先生が再びカードをかざすと、ロックが解除された。


自動で開く扉の向こうへ入った瞬間、思わず足を止めた。


「……」


左右に大きな檻が並んでいる。


少し離れたここからでもわかる。


魔物がいる。


研修で見た犬型、齧歯類型。


鳥型や見たことのない見た目の魔物もいる。


「訓練や研究用に管理されてる魔物よ」


「学校にもこんな場所があったんですね」


「普通の生徒はこんなところには来ないからね」


先生について通路を歩く。


檻の前を通るたびに、何となく分かる。


もちろん視界に魔物の姿を捉えてはいるけど、それでも目で確認する前から、その存在を感じ取れる。


「どう?」


榊原先生が聞く。


「分かります」


「全部?」


「たぶん」


「昨日の力は?」


自分の身体へ意識を向ける。


「……そっちはまだ何も」


「そっか」


榊原先生はそれ以上何も言わず、さらに奥へ進んでいく。


そして、通路の一番奥。


他のものより遥かに大きな檻の前で止まった。


「うわ……」


思わず声が漏れる。


中にいたのは、巨大な猪のような魔物だった。


体長は三メートル近い。


太い四本の脚。


口元からは異常に発達した大きな牙が伸びている。


僕たちに気付いた大型の魔物が顔を上げた。


「フゴォォォッ!」


低く、威圧感のある雄たけび。


前脚が地面を掻いた、次の瞬間。


ドンッ!!


巨体が檻へ激突した。


「っ!」


思わず身体が強張る。


頑丈なはずの檻が僅かに震えた。


「この施設で管理してる中では一番凶暴な個体よ」


「これ、本当に大丈夫なんですか?」


「檻は絶対に破られないから安心して」


「絶対?」


「絶対」


昨日までの榊原先生なら「たぶん」と言いそうだけど、さすがにこの檻の強度には自信があるらしい。


「近づいてみて」


「……あれに?」


「そう」


普通に嫌なんですけど。


そう思いながらも、一歩また一歩と前へ出る。


魔物の目が僕を追う。


「フゴォッ!」


ドンッ!!


また突進してきた。


檻が今度は激しく揺れる。


頭では理解している。


こいつは出てこられない。


安全だ。


それでも、怖いものは怖い。


巨大な牙が、すぐ目の前まで迫ってくる。


思わず身体強化を発動させた。


「もう少し」


「先生、本当に大丈夫ですよね?」


「大丈夫」


そう言われるまま、仕方なく前へ出る。


檻まで、あと僅か。


猪型の魔物がこちらを見る。


鼻息を荒くし、前脚で何度も地面を掻く。


また来る。


そう思った直後、巨体が地面を蹴り、一直線に僕へ向かってくる。


ドンッ!!


今までで一番の衝撃が檻を襲う。同時に凄まじい音が地下に響いた。


「……っ」


牙は僕の眼前で止まっている。


その時   身体の奥に、あの感覚が現れた。


昨日、研究室で感じたものと同じ。


いや、それよりも、ずっとはっきりしている。


まるで校外学習であの巨大な齧歯類型と戦った時のような存在感を、体内にある魔力のその更に奥に感じる。


「先生」


「感じた?」


「……はい」


胸元へ手を当てる。


間違いない。


確かにあの力を感じる。


そして恐らく、今ならそれを僕はコントロールできる。


そんな確信があった。



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