新しいクラス
「二十一」
担当職員の声が測定室に響く。
正面のモニターに表示された数字は、何度見ても変わらない。
《21》
分かっていた。
十二歳の時も、十五歳の時も似たような数字だった。
今日だけ突然三十や四十になるなんて、本気で思っていたわけじゃない。
それでも。
「……変わらないか」
小さく呟いて、測定器から手を離した。
周囲から視線を感じる。
さっき一ノ瀬凛が六十七を出した時とは違う。
驚き。
疑問。
そして少しの同情。
そんなものが混ざった視線だ。
「二十一って……」
「入学基準ギリギリじゃない?」
「よく受かったな」
聞こえてる。
まあ、そう思うよな。
僕だって逆の立場なら少しくらい気になると思う。
ディフェンダーとして認められる魔素適性の最低基準は二十。
僕はそれを一だけ上回っている。
「朝倉、もういいぞ」
「はい」
職員に促され、測定器から離れる。
自分の荷物が置かれている場所へ戻る途中、ふと視線を感じた。
一ノ瀬凛だった。
さっき六十七を叩き出した女子生徒。
僕と目が合う。
一秒。
二秒。
何か言われるのかと思ったけど、一ノ瀬はすぐに視線を逸らした。
……何だったんだ?
まあいいか。
その後も測定は続いた。
二十九。
三十六。
四十三。
三十一。
僕より低い数字は、結局一度も出なかった。
◇ ◇ ◇
「一年一組はここか」
能力測定を終えた僕は、本校舎の三階にいた。
教室の入り口に貼られた紙を確認する。
《一年一組》
間違いない。
扉を開ける。
教室にはすでに半分以上の生徒が戻っていた。
「お」
「二十一の奴だ」
小さな声が聞こえた。
早いな。
もう覚えられてる。
僕は気にしないようにして、黒板横に貼られた座席表を確認した。
てっきり出席番号順だと思っていたけど、どうやら違うらしい。
朝倉なんて名字だから、中学までは大抵一番前か、その近くだった。
「朝倉、朝倉……」
指で座席表を追っていく。
「あった」
窓側から二列目。
後ろから三番目。
「珍しいな」
思わず少し嬉しくなる。
中学までならまず座ることのなかった場所だ。
鞄を置いて椅子に座る。
窓の外には、午前中に見た演習場が広がっている。
近くで見ると、本当に広い。
地面の大部分は土で、一部には森まで作られている。
奥には二階建てくらいの高さがあるコンクリート製の建造物。
市街地を模した訓練施設だろうか。
あそこで訓練するのか。
そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。
「なあ」
突然、横から声を掛けられた。
振り向く。
「お前、朝倉だよな?」
そこにいたのは大柄な男子だった。
大きい。
百八十センチは間違いなく超えている。
肩幅も広い。
でも、顔には人懐っこそうな笑顔が浮かんでいた。
「そうだけど」
「やっぱり。俺、橘大和」
そう言って右手を差し出してくる。
「朝倉蓮」
僕も立ち上がって、その手を握った。
「よろしく」
「おう、よろしくな」
橘は僕の前の席を指差した。
「俺ここなんだよ。前後だな」
「そうみたいだね」
「しかも寮だろ?」
「うん」
「俺も。後で部屋見に行くの楽しみなんだよな。実家だと弟と同じ部屋だったからさ。一人部屋って初めてなんだよ」
随分よく喋る。
初対面とは思えない。
「寮って一人部屋なの?」
「知らなかったのか?」
「そこまで調べてなかった」
「マジかよ。結構大事だろ」
橘が笑う。
その時。
「でもお前、すげえな」
「何が?」
「適性二十一で受かったんだろ?」
一瞬、返事に困った。
やっぱりそこか。
「……まあ」
「入試の実技、相当良かったんじゃねえの?」
予想していなかった言葉だった。
「え?」
「だってそうだろ?」
橘は当然のように言う。
「適性が低い分、他で点取らなきゃここには受からないだろ。東央だぞ?」
「……ああ」
確かに。
「だから、すげえなって」
橘の顔には嫌味も同情もない。
ただ純粋にそう思っているらしい。
「ありがとう」
「おう」
なんだろう。
少しだけ肩の力が抜けた。
「橘は?」
「大和でいいって。橘って呼ばれるの慣れてないんだよ」
「じゃあ大和」
「おう。俺も蓮でいいか?」
「もちろん。僕もその方がいいよ」
「よし。じゃあ蓮、改めてよろしくな」
「うん。よろしく、大和」
大和が嬉しそうに笑う。
本当に人との距離を縮めるのが早い。
「それで、大和の適性はいくつだった?」
「五十八」
「……高っ」
思わず声が出た。
「そうか?」
「五十超えたら測定室がざわついてただろ」
「あー、確かに」
本人はあまり気にしていないらしい。
五十八。
それだけあれば、将来有望と言われる数字だ。
しかも、この体格。
「大和は前衛?」
僕が尋ねると、大和は自分の胸を親指で指した。
「タンク志望」
「タンク?」
「俺、昔から頑丈なんだよ」
理由が雑だ。
「あと、デカい盾って格好いいだろ?」
「そっちが本当の理由じゃない?」
「半分くらいな」
大和が笑う。
僕もつられて笑った。
「蓮は?」
「僕?」
「何志望なんだ?」
「遊撃」
「遊撃か」
大和が僕の身体を上から下まで見る。
「なんか納得」
「どういう意味?」
「小さいし」
「……初対面でそれ言う?」
「悪い悪い」
全然悪いと思ってなさそうだ。
「でも速そうじゃん。遊撃って感じする」
「身体測定は平均くらいだったけどね」
「マジ?」
「筋力なんて平均以下」
「へえ」
大和は少し意外そうな顔をした。
「まあ、これからだろ」
あっさりした言葉だった。
でも。
「うん」
その通りだ。
ここには強くなるために来た。
いつか、誰かを守れるだけの力を手に入れるために。
最初から強い必要なんてない。
◇ ◇ ◇
それから十分ほどして、教室の扉が開いた。
一人の男性が入ってくる。
四十代くらい。
短く切った黒髪。
無精髭。
スーツは着ているけど、ネクタイは少し緩んでいる。
いかにも教師という感じではない。
男は教卓まで歩くと、教室を見渡した。
騒がしかった教室が少しずつ静かになる。
「全員いるな」
低い声。
男は黒板に名前を書く。
《黒田修一》
「今日から一年三組の担任をする黒田修一だ」
黒田先生はチョークを置いた。
「三年間よろしく、と言いたいところだが」
教室を見渡す。
「お前たちの中には、三年後ここにいない奴もいる」
一瞬、教室が静まり返った。
退学。
そういう意味だろうか。
「勘違いするなよ。死ぬって意味じゃない」
数人が息を吐いた。
「まあ、それも絶対ないとは言えんが」
安心させる気があるのか?
「東央はディフェンダーを育てる学校だ。普通の高校とは違う。座学で赤点取ったくらいなら補習で済む。だが実技で基準に届かなければ、進級させないこともある」
黒田先生は淡々と続ける。
「お前たちが将来立つ場所には魔物がいる。教師が温情で合格点をやったところで、魔物は手加減してくれない」
誰も喋らない。
「だから俺は、お前らに無理なものは無理と言う」
厳しい。
でも、当然だと思う。
「ただし」
黒田先生の視線が僕たちを順番に見ていく。
「今できないことと、三年後もできないことは別だ」
その言葉に、僕は顔を上げた。
「今日の測定結果が良かった奴。調子に乗るな。三年後も同じ順位だと思うなよ」
何人かの表情が引き締まる。
「逆に悪かった奴」
一瞬。
黒田先生と目が合った気がした。
「今日の数字だけで諦めるくらいなら、そもそもここを受験してないだろ」
僕は無意識に拳を握った。
「三年間ある。強くなれ」
短い言葉。
それだけだった。
でも僕には、その言葉が妙に響いた。
◇ ◇ ◇
ホームルームが終わる頃には、外は夕方になり始めていた。
明日からの授業について。
校則。
施設利用。
そして寮生活について説明を受ける。
「蓮!」
教室を出たところで、大和が後ろから追いついてきた。
「寮行こうぜ」
「いいよ」
二人で校舎を出る。
男子寮は本校舎から歩いて五分ほどの場所にあった。
五階建ての大きな建物。
想像していたより新しい。
入り口で学生証をかざして中へ入る。
一階には食堂。
共同浴場。
トレーニングルーム。
小さな売店まである。
「うおー、すげえ」
大和がいちいち反応する。
「大和、何号室?」
「三〇八」
「僕、三一二」
「近いじゃん」
三階へ上がる。
廊下の左右に扉が並んでいる。
「じゃ、荷物置いたら食堂見に行こうぜ」
「もう?」
「腹減った」
「まだ五時前だけど」
「昼少なかったんだよ」
そんな話をしながら歩いていると、大和が突然足を止めた。
「そういや聞いたか?」
「何を?」
「今日の測定」
「測定?」
「一年に、とんでもない奴がいるらしいぞ」
一ノ瀬のことだろうか。
「適性六十七の女子なら見たよ」
「それもすげえけど、そっちじゃない」
違う?
大和が言う。
「七十二だってよ」
「……七十二?」
思わず聞き返した。
「魔素適性七十二」
七十二。
一ノ瀬の六十七ですら、あれだけ測定室がざわついた。
それをさらに五も上回る。
「名前は確か――」
大和が少し考える。
「九条」
そして思い出したように指を立てた。
「九条玲司」
九条玲司。
聞いたことのない名前だ。
当然だ。
今日入学したばかりなんだから。
「七十二か……」
僕は自分の右手を見る。
二十一。
九条玲司。
七十二。
差は――五十一。
同じ新入生。
同じディフェンダー候補生。
なのに、持って生まれたものはここまで違う。
「すごいな」
素直にそう思った。
悔しさがないわけじゃない。
羨ましくないと言えば嘘になる。
でも。
それ以上に。
「いつか見てみたいな」
「何を?」
「七十二の人が、どんな戦い方するのか」
僕が答えると、大和が一瞬きょとんとした。
そして。
「お前、やっぱ面白いな」
笑った。
「何が?」
「普通そこは落ち込むところじゃね?」
「落ち込んだら適性が上がるなら落ち込むけど」
「違いねえ!」
大和の笑い声が廊下に響く。
僕はもう一度、自分の右手を見る。
二十一。
今日改めて突きつけられた、僕の才能。
でも。
黒田先生の言葉を思い出す。
――三年間ある。強くなれ。
「……うん」
誰に言うでもなく呟く。
二十一なら。
二十一なりに。
強くなればいい。
僕はまだ。
ディフェンダーになるためのスタートラインに立ったばかりなのだから。




