休日
「もしかしたら君は人類反撃の一手になるかもしれない」
榊原先生の言葉に、その場が静まり返った。
人類反撃の一手。
あまりにもスケールの大きな言葉に、すぐに意味を理解できない。
「……僕がですか?」
「もしかしたら、ね」
榊原先生は僕の反応を楽しむように笑う。
「もちろん、今の段階じゃ可能性の話。あの魔物にだけ起きた特殊な現象かもしれないし、そもそも朝倉君が原因だったのかも分かってない」
「じゃあ、なんでそんな大袈裟な……」
「でもね」
榊原先生の表情から笑みが消え、真剣な眼差しが僕の目を射貫く。
「一ノ瀬さんの魔法を受けたその個体は、明らかに強くなったんでしょ?」
「はい」
答えたのは一ノ瀬さん。
「私が魔法を当てるたびに身体が大きくなって、動きも速くなりました」
「それなら、あの個体は外部から与えられた魔力を自分の力に変えていた可能性が高いわ。同族を食べて、回復したというのも、それなら納得できるし」
榊原先生がまた僕を見る。
「それに対して、朝倉君が斬った時には逆のことが起きた」
浮き出ていた血管がなくなり、身体が小さくなって、それに合わせて動きも遅くなっていった。
「魔物を直接弱体化させる力なんて、私は聞いたことがない。もしそれがあの個体だけじゃなく、他の魔物にも通用するものだったら――」
そこで榊原先生は肩をすくめた。
「人類反撃の一手。そう呼んでも大袈裟じゃないかもしれないでしょ?」
「……なるほど」
言いたいことは分かった。
でも、僕にそんな大それた力があるとは思えない。
あの力が一体なんなのか。
帰りのバスに乗っている時からずっと、身体の奥であの力を探しているけど、あれ以降まるで消えてしまったかのように、見付けることができていない。
「まあ、詳しいことはこれから調べればいいのよ」
榊原先生が端末を閉じる。
「朝倉君には協力してもらうけどね」
「拒否権は?」
「あるよ?」
意外だ。
「ただ、私としては是非とも協力してほしいかな」
榊原先生がにこりと笑う。
その笑顔を見ていると、断ったらものすごく残念そうな顔をされそうな気がした。
それに僕自身、あの力が何なのかは知りたい。
「……分かりました」
「よろしい」
榊原先生が満足そうに頷いた。
「じゃあ、今日はここまでにするか」
話が一纏まりしたところで、黒田先生が立ち上がる。
「前々から言っているが、明日は休みだ。全員しっかり身体を休めろ」
「はい」
僕たちも席を立つ。
さすがに今日は疲れた。
はやく寮に戻って、ゆっくり休もう。
部屋を出て少し歩くと、後ろから声を掛けられた。
「朝倉君」
振り返ると一ノ瀬さんが立っていた。
「どうしたの? 」
「その……」
一ノ瀬さんが一瞬だけ言葉に詰まる。
「今日は本当にありがとう。朝倉君たちが来なかったら、どうなってたか分からないから」
「さっきも聞いたよ」
「二回言ったら悪いの?」
「いや、いいんだけどさ」
「ならいいじゃない」
そう言うと、一ノ瀬さんは僕の横を通り過ぎる。
そのまま数歩進んでから振り返った。
「じゃあ、またね」
「うん。また」
一ノ瀬さんは今度こそ歩いていった。
隣にいた大和が僕を見る。
「なんか仲良くなった?」
「この前までほとんど話したことなかったけどね」
「命懸けで一緒に戦えば、そりゃ仲良くもなるか」
「そういうもの?」
「それが漢ってもんだぜ」
「一ノ瀬さんにも言っておくよ」
「あ」
大和は言葉を間違えたことに気付いたのか、明らかにしまった、という顔をする。
男子みんなでそれを笑いながら、僕たちも寮へ戻った。
◇ ◇ ◇
翌朝。
目を開けて最初に感じたのは、身体の重さだった。
「……痛い」
ベッドから身体を起こす。
肩。それに背中、いや、腕もか。
昨日痛めた場所が、しっかり自己主張している。
特に大きな怪我はなかったけど、巨大な魔物に吹き飛ばされたのだから当然と言えば当然だ。
榊原先生もさすがに完璧な治療は出来ないらしい。
時計を見る。
いつもとほとんど同じ時間。
休日だし、もう一度寝ようと思えば十分寝れる時間だけど、結局ベッドから降りた。
「……走るか」
顔を洗い、いつものジャージに着替える。
身体は痛いけど、だからといって、動けないほどではない。
寮を出る。
朝の空気はまだ少し冷たかった。
軽く身体を伸ばしてから走り始める。
最初は身体のあちこちが痛んだけど、ゆっくり走っているうちに少しずつ気にならなくなってきた。
いつものコースを進む。
昨日の森とは違う。
魔物もいないし、もちろん誰かが襲ってくることもない。
ただ無心で走るだけ。
それが妙に心地よかった。
しばらく走っていると、前方に見慣れた大きな背中が見える。
「大和!」
「お、蓮」
振り返りながら、少しペースを落とした大和に速度を上げて追いつく。
「昨日の今日で、普通に走ってるんだ」
「それはこっちの台詞だろ」
「僕はそんなに怪我してないから」
「俺だって打撲だけだ」
そう言いながら、大和が肩を回す。
僅かに顔が引きつった。
「痛そうだけど」
「……ちょっとな」
「無理しない方がいいんじゃない?」
「お前にだけは言われたくねえよ」
それもそうか。
そのまま二人で並んで走る。
昨日の疲れが残っているので、いつもより速度は遅い。
「そういや」
大和が前を向いたまま口を開く。
「昨日のあれ、何か分かった?」
「あれ?」
「お前がでかい魔物を小さくしてたやつ」
「ああ……」
僕は走りながら自分の手を見る。
「全然」
「榊原先生も人類反撃の一手とか言ってたのにな」
「可能性の話だって」
「でも、すげえよな」
大和が笑う。
「適性二十一が人類反撃の一手だぞ」
そして、真面目な顔で続けた。
「俺だったら今日から名乗るけどな。人類反撃の一手、橘大和って」
「絶対やめた方がいいよ」
「かっこよくね?」
「恥ずかしさの方が勝つよ」
そんな話をしているうちに、ランニングを終える。
昨日の疲れもあるので、今日はいつもより短めだ。
クールダウンをかねて息を整えながら寮までの道を歩く。
「蓮、今日どうすんの?」
「特に決めてないけど」
「俺も」
「休めって言われたけどね」
「走った後に言う台詞じゃねえな」
「大和もでしょ」
「まあな」
二人で顔を見合わせる。
「……軽く練習する?」
僕が聞くと、大和がすぐに頷いた。
「やるか」
模擬戦のような激しい動きははさすがにやめておいた方がいいだろう。
身体も痛いし、昨日黒田先生から休めと言われたばかりだ。
寮で朝食をすませた僕たちは、寮の近くにある訓練スペースへ移動した。
「じゃあ俺は、この前の続きやるかな」
大和が自分の手を見る。
「魔力操作?」
「おう」
以前の授業で、大和は身体強化に使う魔力が多すぎると指摘を受けた。
そのせいで余計な所まで魔力が漏れてしまっている。
大和の魔力適性は五十八。
僕より遥かに高い。
その分、大量の魔力を使った身体強化に慣れてしまっているのだろう。
「まずいつもの半分くらいでやってみたら?」
「半分か」
大和が身体へ魔力を流す。
すぐに身体強化が発動した。
「どう?」
「うーん……」
ちょっと不満そうに大和が軽く拳を握る。
そして、その場で何度か足踏みした後、軽く跳んだ。
「弱い気がする」
「でも普通に動けてるよ」
「今までの半分だぞ?」
「今までが使いすぎだったんじゃない?」
「そうなのか……」
大和は納得いかない様子で自分の腕を見る。
今度はさらに魔力を減らす。
何度も身体強化を発動しては解除する。
少し減らして発動。
そして、さらに減らして試す。
最初は大雑把だった魔力の量が、少しずつ細かくなっていく。
「……これ、結構難しいな」
「でも前より操作自体は上手くなってるんじゃない?」
「そうか?」
「うん。最初はもっと一気に魔力を使ってたから、もっと雑な感じだったし」
「おお」
分かりやすく嬉しそうだ。
「やっぱ俺、才能あるな」
「魔力操作が苦手だから練習してるんだけどね」
「……蓮、お前たまに酷いよな」
大和はそのまま練習を続けるようだ。
その様子を見届けて僕も自分の練習を始めることにした。
昨日使った、あの力をコントロールしたい。
まずは魔力を感じる。
これは簡単だ。
身体の中にある魔力へ意識を向ければ、すぐに分かる。
少しだけ身体強化を使う。
問題ない。
「……その奥」
昨日の感覚を思い出す。
魔力とは違う。
魔力が熱を持ったエネルギーだとしたら、もっと冷たいエネルギーのような感じだった。
そしてそれは、確かに僕の中にあった。
目を閉じ、意識を身体の奥へ向ける。
「……」
分からい。
もう少し集中する。
魔力は感じる。
でも、それ以外には何もない。
「違うな……」
一度、目を開ける。
昨日は剣に流していた。
だったら剣を持った方がいいのかもしれない。
訓練用の剣を一本借りてくる。
剣を構えて、もう一度目を閉じた。
昨日確かに感じた、魔力の奥にある力を探そうとする。
「……」
やっぱり何もない。
今度は身体強化を使った状態で試す。
結果は変わらなかった。
今度は昨日と同じように、何かを腕へ流すイメージで。
だけど当然、何も起こらない。
「何してんの?」
目を開けると、大和が不思議そうに僕を見ていた。
「探してるんだ」
「何を?」
「昨日の力」
「見つかった?」
「全然」
「そもそも、どうやって探すんだ?」
「それが分かったら苦労しないよ」
「確かに」
僕はもう一度剣を見る。
昨日はもっと簡単だった。
最初こそ偶然だったけど、一度存在を感じてからは剣へ流すこともできた。
なのに今日は、その存在を感じることすらできない。
「戦ってたからじゃねえの?」
大和が言う。
「戦ってたから?」
「ほら、火事場の馬鹿力みたいなやつ」
「……どうだろう」
可能性はある。
昨日は本当に命懸けだった。
普段とは身体の状態も違っていたはずだ。
「じゃあ俺が襲ってやろうか?」
大和が拳を構える。
「嫌だよ」
「遠慮すんなって」
「それじゃただの模擬戦でしょ」
「やってみなきゃ分かんねえぞ?」
「昨日の怪我が治ってからにしてよ」
「それもそうだな」
大和はあっさり拳を下ろした。
僕は再び剣へ視線を落とす。
その後も何度も、色々なパターンを試してみた。
でも、結果は全部同じだった。
「……駄目だ」
結局、何一つ掴めない。
昨日は確かにあった。
それだけは間違いないはずなのに。
今は少しだけ、昨日のあれは、本当に偶然だったのではないか、とさえ思えてくる。
「まあ、昨日いきなり使えたんだ。焦る必要ないだろ」
大和が励ますように言う。
さっきまで魔力操作をしていた大和の額には汗が浮かんでいた。
「榊原先生も調べてくれるんだろ?」
「うん」
「なら、そのうち分かるって」
「……そうだね」
剣を元の場所へ戻す。
今日はこれ以上やっても同じだろう。
大和は少しだけ魔力操作が上手くなった。
僕は――何も分からなかった。
昨日まで存在すら知らなかった力なのだから、当然なのかもしれない。
それでも少しだけ悔しい。
僕は自分の右手を見つめる。
昨日、この身体の中には確かに何かがあった。
なくなったわけじゃないと信じたい。
きっと、まだ僕が見つけられないだけだ。
明日になれば、榊原先生との調査が始まる。
そこで何か分かればいいんだけど。
今の僕にできるのは、それを期待することくらいだった。




