研修終了
「これを、お前たちが倒したのか?」
黒田先生の問いに、誰もすぐには答えなかった。
別にやましいことがあるわけじゃない。
ただ、どこから説明すればいいのか分からなかった。
「……はい」
結局、最初に答えたのは一ノ瀬さんだった。
黒田先生がもう一度、地面に倒れている魔物へ視線を向ける。
「詳しい話は後で聞く。今は管理棟へ戻るぞ」
他の先生たちもすぐに動き始めた。
変異した魔物の死体はこのまま残し、施設の職員が回収するらしい。
僕たちは黒田先生たちに連れられ、森の中を管理棟へ向かって歩き始めた。
帰り道にも何匹か齧歯類型の死体が転がっていた。
木々には戦闘の跡が残り、地面の所々が抉れている。
今日ここへ来た時には、こんなことになるなんて想像もしていなかった。
「痛っ……」
歩きながら肩を動かすと、鈍い痛みが走る。
巨大な魔物に吹き飛ばされた時のものだ。
「大丈夫か?」
隣を歩いていた大和が聞いてくる。
「大丈夫。ちょっと痛いだけ」
「俺も身体中痛えよ」
そう言いながら、大和は自分の肩を回した。
「お前は何回も正面から受け止めてたもんね」
「頑丈に生まれてなかったら、死んでたかもな」
冗談っぽく言っているけど、笑えない。
実際、それくらい強い魔物だった。
しばらく歩くと木々の向こうに管理棟が見えてきた。
その周辺には大勢の生徒が集まっている。
僕たちの姿に気付いた何人かがこちらを見る。
「あ、一ノ瀬さん!」
その声と同時に、数人の生徒が駆け寄ってきた。
一ノ瀬さんと一緒の班だった人たちだ。
「よかった……!」
「無事だったんだ」
みんな明らかに安心している。
その中の男子生徒が、一ノ瀬さんへ頭を下げた。
「ごめん。一ノ瀬さんだけ残して逃げて」
「いいのよ。なんとかなったんだし」
一ノ瀬さんは少しぶっきらぼうに答える。
「それに、ちゃんと先生たちに知らせてくれたんでしょ?」
「うん。管理棟まで戻ってすぐに」
「なら、それでいいわ」
一ノ瀬さんの言葉に、男子生徒がほっとしたように息を吐いた。
他の班員も一ノ瀬さんの周りに集まっている。
その様子を見ていた時、一人だけ少し離れたところにいる女子生徒が目に入った。
「……あの子」
「ん?」
大和が僕を見る。
「ああ、吉田さんか」
吉田さんは他の班員と一緒にいるものの、会話にはほとんど加わっていなかった。
俯いたまま、自分の腕を抱くようにして立っている。
見たところ怪我をしている様子はない。
「怪我はなさそうだけど、大丈夫かな」
「まあ、色々あって疲れたんじゃない?」
「……そうかな」
「そりゃ疲れるだろ。俺だってもうヘトヘトだぞ」
大和がそう言って大きく肩を回す。
確かに、今日一日で色々ありすぎた。
僕もそれ以上気にすることなく、吉田さんから視線を外した。
周囲を見渡す。
怪我をしている生徒は少なくなかった。
腕や脚に包帯を巻いている人もいれば、制服が破れている人もいる。
ただ、幸いにも大怪我をした人はいないらしい。
もちろん、亡くなった人もいない。
あれだけ大量の魔物が出たことを考えれば、本当に良かったと思う。
「一年! クラスごとに集まれ!」
先生の声が響いた。
生徒たちが動き始める。
僕たちも自分のクラスの列へ入った。
黒田先生が名簿を手に、一人ずつ名前を呼んでいく。
「相沢」
「はい!」
「青木」
「はい」
次々と返事が続く。
普段なら何でもない点呼なのに、今日は妙に緊張した。
最後の名前が呼ばれる。
「吉田」
「……はい」
小さな返事。
黒田先生が名簿を確認した。
そして周囲を見回す。
「……全員いるな」
その一言で、クラスのあちこちから安堵の息が漏れた。
他のクラスでも点呼が終わったらしい。
最終的に、今日訓練へ参加した一年生全員の無事が確認された。
予定されていた研修は当然中止。
僕たちはそのまま学校へ戻ることになった。
帰りのバスは静かだった。
朝とはまるで違う。
眠っている人もいれば、窓の外をぼんやり眺めている人もいる。
大和も座席へ深く身体を沈めていた。
「もう今日は何もしたくねえ……」
「僕も」
「帰ったら即寝る」
「寮に着く前に寝そうだけど」
「それはある」
そんな話をしている間にも、大和の目はどんどん閉じていく。
数分後には本当に寝ていた。
僕は自分の右手を見る。
今日、巨大な魔物と戦った時に感じたもの。
魔力とは違う、不思議な力。
試しに身体の奥へ意識を向けてみる。
「……」
分からない。
戦っていた時には確かに感じられた。
それを腕へ流して、剣へ流すこともできた。
でも今は、どこにあるのかすらよく分からない。
何だったんだろう。
結局答えが出ないまま、バスは学校へ到着した。
学校へ戻ってから、僕たちは簡単な健康確認を受けた。
擦り傷や軽い打撲程度なら、その場で処置されていく。
問題がないと判断された生徒から順番に帰宅、あるいは寮へ戻ることになった。
僕も帰れると思っていた。
「朝倉」
黒田先生に呼び止められる。
「はい?」
「お前は残れ」
嫌な予感がした。
「橘、村上、一ノ瀬。それと、お前たちと一緒に戦った二人もだ」
どうやら僕だけではないらしい。
「ですよね」
大和がため息を吐く。
「そりゃ聞かれるよなぁ」
僕たち六人以外の生徒は次々と教室を出ていく。
その中で、一人の男子生徒と目が合った。
九条君だ。
九条君は僕たち六人を見ると、僅かに首を傾げた。
僕たちだけが残されていることが気になったのかもしれない。
でも声を掛けてくることはなく、そのまま教室を出ていった。
僕たちは黒田先生に連れられ、別の会議室へ移動した。
長机を囲むように座る。
向かい側には黒田先生と、今日の研修に同行していた先生が二人。
「さて」
黒田先生が机に肘をつく。
「改めて聞く」
その表情は、森にいた時よりもずっと真剣だった。
「あの魔物を倒したのは、本当にお前たち六人だけなんだな?」
「はい」
今度は僕も答えた。
他のみんなも頷く。
「最初から説明してくれ。一ノ瀬、お前が最初に遭遇したんだったな」
「はい」
一ノ瀬さんが巨大な魔物と遭遇したところから話し始める。
自分だけを狙ってきたこと。
班員を先に逃がしたこと。
逃げながら何度か魔法を当てたものの、弱るどころか動きが速くなっていったこと。
そして僕たちと合流した。
そこからは僕たちも時々補足しながら説明していく。
大和が盾で攻撃を受け止めた。
村上君たちが剣で傷を付けた。
一ノ瀬さんが魔法を使った。
そして――。
「待て」
黒田先生が一ノ瀬さんの話を止めた。
「今、なんて言った?」
「朝倉君が斬ると、魔物が小さくなっていったんです」
黒田先生が僕を見る。
「小さく?」
「はい。最初はもっと大きかったです」
一ノ瀬さんが答える。
「三メートル近くあったと思います」
「……やっぱりか」
隣に座っていた先生が呟いた。
「どういうことですか?」
僕が聞く。
黒田先生は少し考えてから答えた。
「最初にあの個体を目撃した生徒からも、三メートル近い巨大な齧歯類型だったと報告が上がってる」
そう、確かに最初はもっと大きかった。
「同一個体なのか確認する必要があると思っていたが……」
黒田先生が僕を見る。
「朝倉。お前が小さくしたっていうのか?」
「いや、僕に聞かれても……」
「実際に朝倉君が斬るたびに小さくなってました」
一ノ瀬さんがはっきりと言う。
「私の魔法を当てた時は逆です。少しずつ大きくなって、動きも速くなってました」
先生たちの表情が変わる。
「一ノ瀬の魔法で強化され、朝倉の攻撃で弱体化した……?」
黒田先生が腕を組む。
「そんなことがあるのか?」
その時。
コンコン。
会議室の扉がノックされた。
「どうぞ」
黒田先生が答えるのと、ほぼ同時に扉が開いた。
「失礼しまーす」
入ってきたのは白衣を着た女性だった。
肩より少し長い髪。
年齢は黒田先生より少し若く見える。
片手には薄い端末を持っていた。
「話、終わった?」
「まだ途中だ」
「そっか」
女性は僕たちを見る。
一人ずつ顔を確認するように視線を動かし――僕のところで止まった。
「なるほど」
何がなるほどなんだろう。
「その子が例の適性二十一君?」
「変な呼び方すんな」
黒田先生が呆れたように言う。
「え、僕ってそんな呼ばれ方してるんですか?」
「してない。こいつだけだ」
よかった。
女性は気にした様子もなく僕たちの方へ歩いてくる。
「初めまして。一応、この学校の保健医をやってる榊原千尋です」
一応?
「専門は魔力と人体の相互作用。研究室も持ってるから、そっちが本業だと思ってもらってもいいかな」
やっぱり保健医がおまけなんだ。
「榊原。こいつら全員、一度診てくれ」
「そのつもりで来たの」
榊原先生は近くの椅子を引いた。
「とりあえず私の話は後。まず怪我を見せて」
そこから一人ずつ簡単な診察が始まった。
大和は全身に打撲。
村上君たちにも細かな擦り傷がある。
一ノ瀬さんは大きな怪我こそなかったものの、かなり疲労が溜まっているらしい。
そして僕の番。
「腕」
「はい」
袖を捲る。
榊原先生が僕の腕を触りながら状態を確認する。
「痛い?」
「少し」
「ここは?」
「そこも少し」
「骨は大丈夫そう。背中も打ったんだって?」
「はい」
「後でちゃんと診るからね」
一通り確認したところで、榊原先生が僕の顔を見る。
「それで、朝倉君」
「はい?」
「さっき使ったっていう変な力」
やっぱり聞かれるんだ。
「もう一回出せる?」
「……分かりません」
「やってみて」
僕は自分の身体へ意識を向ける。
戦っていた時の感覚を思い出す。
魔力。
そのさらに奥。
確かにそこにあったはずの何か。
「……」
駄目だ。
「分かりません」
「なるほど」
榊原先生は残念そうにするどころか、なぜか少し楽しそうだった。
「じゃあ、ちょっと調べてみようか」
「今からですか?」
「今だからでしょ。身体に何か変化が残ってるかもしれないし」
どこから持ってきたのか、小さな測定器を机の上へ置く。
「手、乗せて」
言われるまま手を乗せる。
榊原先生が端末を操作した。
しばらくして数字が表示される。
「……二十一」
「変わってないですね」
入学時と同じ。
僕の魔力適性は二十一。
榊原先生は画面を見たまま黙っている。
「先生?」
「うん」
何度か画面を操作する。
それから僕を見る。
「やっぱり変だね」
「何がですか?」
「この数字だけ見るなら、君は入学した時から何も変わってない」
榊原先生が端末を机へ置いた。
「でも、他の五人の証言が正しいなら、それじゃ説明できないことが起きてる」
黒田先生が腕を組んだまま聞く。
「何か分かるか?」
「何も」
即答だった。
「ただ――」
榊原先生がもう一度、僕を見る。
その目はさっきまでより少しだけ真剣になっていた。
「少なくとも、私たちが普段扱っている力とは別の何かがある可能性はあるね」
別の何か。
僕は自分の手を見る。
戦っていた時に感じた、あの不思議な感覚。
「朝倉君」
「はい」
「明日から少し、私のところに通ってもらえる?」
「保健室ですか?」
「半分正解」
榊原先生が笑った。
「もう半分は研究室」
「……何されるんですか?」
「色々?」
嫌な予感しかしない。
黒田先生を見る。
「先生、僕もう帰っていいですか?」
「諦めろ」
即答された。
榊原先生は楽しそうに端末へ視線を戻す。
そこには入学時と何も変わらない数字が表示されていた。
二十一。
「適性二十一、ねえ……」
榊原先生が小さく呟く。
そして、もう一度僕を見た。
「もしかしたら君は人類反撃の一手になるかもしれない」




