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アンチ・マギア ~最低適性の僕は、まだ誰も知らない本当の魔法へ辿り着く~  作者: 山ノ上商会


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14/16

共闘


「……何だ、これ」


目の前の魔物から感じる何か。


森の中で何度も感じていたものと同じはずなのに、その大きさがまるで違う。


これまでの齧歯類型が小さな点だとしたら、目の前にいるこいつは――。


「何してるの! 早く逃げて!」


一ノ瀬さんの声で我に返る。


巨大な齧歯類型は僕たちには目も向けず、一ノ瀬さんだけを睨んでいた。


「逃げるって、一ノ瀬はどうするんだよ!」


大和が聞き返す。


「私はこいつを引きつける! あなたたちはその間に管理棟へ戻って!」


「無理だよ」


僕は一ノ瀬さんの言葉を遮った。


「……何ですって?」


「僕たちは齧歯類型の群れを避けるために、かなり遠回りしてここまで来たんだ。この辺りから管理棟まではまだかなり距離がある」


一ノ瀬さんの表情が僅かに曇る。


「それに一ノ瀬さん、ずっとあいつから逃げてたんでしょ?」


改めて見れば、制服の所々に土が付き、髪も乱れている。


何より、肩が大きく上下していた。


「……まだ走れるわよ」


「でも、このままずっと逃げ続けるのは無理でしょ」


「それくらい分かってるわよ」


一ノ瀬さんは少し苛立ったように答えると、巨大な魔物へ視線を戻した。


「ただ……あいつ、最初に戦った時より、たぶん速くなってる」


「速く?」


「ダメージは与えているはず。なのに弱るどころか、動きは速くなってる」


一ノ瀬さんの視線が、魔物の傷だらけの身体へ向けられる。


「だからって、ここで立ち止まるわけにもいかないでしょ」


「だったら、なおさら一人じゃなくて全員で戦った方がいい」


僕が言うと、大和も一ノ瀬さんの前へ出た。


「そういうことだ。一人で格好つけんなよ」


「誰が格好つけてるのよ!」


「そういうところだろ」


「あなたね……!」


巨大な齧歯類型が低い鳴き声を漏らした。


その巨体が僅かに沈む。


「二人とも、来る!」


僕が叫ぶ。


一ノ瀬さんは一瞬だけ僕たちを見ると、大きく息を吐いた。


「あぁもう! 分かったわよ!」


魔物へ向き直り、右手を前へ構える。


「一緒に倒すわよ!」


その直後、魔物が地面を蹴った。


狙いはやはり一ノ瀬さんだ。


「させるか!」


大和が前へ出る。


身体強化を使った大和の全身を魔力が覆う。


以前のように大量の魔力を一気に流し込んでいるわけではない。


必要な分だけ。


黒田先生に指摘されてから、大和もずっと練習していた。


巨大な前脚と大和が構えた盾が正面からぶつかる。


ガァン!!


「ぐっ……!」


大和の足が地面を滑った。


靴底が土を削り、二メートル近く押し込まれる。


それでも倒れない。


「重っ……!」


「大和!」


「大丈夫だ! まだいける!」


大和が歯を食いしばりながら盾を押し返す。


魔物の動きが止まった。


その横から村上君が飛び込む。


「ここだ!」


剣が振り下ろされた。


狙ったのは、すでに毛が焼け落ちている脇腹。


刃が皮膚へ食い込む。


魔物が甲高い鳴き声を上げた。


効いている。


けれど、魔物は村上君へ顔を向けようともしない。


その目は大和の向こうにいる一ノ瀬さんだけを捉えている。


「本当に一ノ瀬さんしか見てない……」


ここまで徹底しているなら、逆に利用できるかもしれない。


魔物が大和から離れる。


一ノ瀬さんへ向かって身体の向きを変えた。


僕はその動きを見る。


人間とはまるで違う四足歩行。


だけど、犬型の魔物と戦った時に少しだけ分かったことがある。


四本の脚の動きや身体の傾き、地面を蹴る直前の重心の変化。


四足歩行の魔物にも、動き出す前の兆候はある。


そして何より、こいつが狙う相手は分かっている。


「一ノ瀬さん、右へ!」


「え?」


「右に走って!」


一ノ瀬さんは一瞬だけ僕を見ると、すぐに右へ駆け出した。


同時に魔物が地面を蹴る。


やっぱりだ。


一ノ瀬さんを追って、進行方向を変えた。


「村上君!」


「おう!」


村上君が反対側から回り込む。


一ノ瀬さんしか見ていない魔物の死角。


先ほどと同じ脇腹へ剣が入った。


今度は深い。


「ギィィッ!」


魔物の身体が大きく揺れる。


「いける!」


大和が声を上げた。


僕もそう思った。


強い。


でも、動きが分からないわけじゃない。


一ノ瀬さんしか狙わないなら、次にどこへ向かうのかも予想できる。


「一ノ瀬さん、そのまま距離を取って!」


「分かったわ!」


今度は一ノ瀬さんもすぐに動いた。


さっきまで一人で戦っていた時とは違う。


一ノ瀬さんが魔物を引きつける。


大和が正面から動きを止める。


村上君が傷を狙う。


僕は魔物の動きを見ながら、二人へ声を掛ける。


残る二人も左右から牽制していた。


少しずつだけど、戦えている。


「朝倉君!」


一ノ瀬さんの声。


見ると、一ノ瀬さんが魔物から大きく距離を取っていた。


「少しだけ止められる!?」


その右手に大量の魔力が集まり始めている。


「大和!」


「任せろ!」


大和が盾を構え直す。


魔物が一ノ瀬さんへ向かって走り出した。


その進路へ大和が飛び込む。


ガァン!!


「ぐぅっ!」


さっきよりも強い。


大和の身体が大きく後ろへ押される。


それでも身体強化を維持したまま踏ん張った。


「村上君!」


「分かってる!」


村上君の剣が魔物の前脚へ振り下ろされる。


魔物の体勢が崩れた。


「今!」


僕が叫ぶ。


一ノ瀬さんが右手を突き出した。


集まっていた膨大な魔力が一点へと収束していく。


今までのように炎の塊へ変えるのではない。


凄まじい熱が極限まで圧縮され、眩い光となって一ノ瀬さんの右手の前へ集まっていく。


「これで――!」


次の瞬間、眩い光線が一直線に放たれた。


ズドン!!


高熱の光線が魔物の脇腹へ突き刺さり、その表面を焼き抉る。


巨体が大きく弾き飛ばされた。


地面を何度も転がり、そのまま太い木の幹へ激突する。


「やったか!?」


大和が叫ぶ。


僕たちは倒れた魔物を見る。


動かない。


光線が直撃した脇腹は大きく焼け焦げ、その中心には深く抉られた傷が残っていた。


さすがに、これなら――。


ドクン。


「……え?」


何かを感じた。


ドクン。


魔物の皮膚に浮かび上がった血管が大きく脈打つ。


その瞬間だった。


さっき一ノ瀬さんが放った魔法。


その後に周囲へ残っていた何かが、倒れた魔物へ集まっていくような感覚がした。


目には見えない。


でも、なぜか分かる。


「何だ……?」


魔物の前脚が動いた。


「嘘でしょ……」


一ノ瀬さんの表情が強張る。


魔物が立ち上がる。


傷は消えていない。


焼け焦げた身体もそのままだ。


なのに。


ドクン。


ドクン。


全身の血管が激しく脈打つ。


次の瞬間、魔物の姿が消えた。


「え――」


違う。


速い。


「大和!」


僕が叫んだ時には、巨大な前脚が盾へ叩きつけられていた。


ガァン!!


「うおっ!?」


大和の身体が宙を浮く。


そのまま数メートル先の地面へ転がった。


「大和!」


「だ、大丈夫だ……!」


声は返ってくる。


でも、さっきまでとは明らかに違う。


一ノ瀬さんもそれに気付いたのか、自分の右手を見つめた。


「……まさか」


「一ノ瀬さん?」


「私が攻撃するたびに……強くなってる?」


その言葉に全員の動きが止まる。


確証はない。


でも僕にも、さっきの光景が引っ掛かっていた。


一ノ瀬さんの魔法が直撃した直後。


あいつの中に何かが流れ込んだ。


そんな気がした。


「だったら、もう一度試せば――」


一ノ瀬さんの右手に魔力が集まり始める。


「待って!」


思わず叫んだ。


一ノ瀬さんの動きが止まる。


「何よ!」


「分からないけど……多分、撃たない方がいい」


「でも!」


巨大な齧歯類型がこちらを見る。


いや。


見ているのは一ノ瀬さんだ。


また身体が沈む。


「来る!」


魔物が飛び出した。


速い。


一ノ瀬さんが横へ跳ぼうとする。


でも、さっきまで走り続けていた疲労が残っている。


僅かに反応が遅れた。


間に合わない。


僕は地面を蹴った。


「一ノ瀬さん!」


「えっ!?」


一ノ瀬さんの前へ飛び込む。


剣を構える。


巨大な前脚が迫る。


受け止められるわけがない。


そんなことは分かっている。


それでも――。


ガァン!!


「ぐっ!」


腕に凄まじい衝撃が走った。


身体が吹き飛ばされる。


地面に叩きつけられ、そのまま何度も転がった。


「朝倉君!」


痛い。


腕だけじゃない。


背中も肩も全部痛い。


それでも剣は離していなかった。


「蓮!」


大和の声が聞こえる。


僕は剣を地面について立ち上がった。


「大丈夫……」


魔物がこちらを見る。


いや。


まだ一ノ瀬さんを見ている。


僕なんて眼中にない。


また一ノ瀬さんへ向かおうとしている。


止めないと。


そう思った。


身体強化。


いつものように魔力を全身へ流そうとする。


その時だった。


「……え?」


何かが違う。


身体の奥に、これまで意識したことのない何かがある。


魔力とは違う。


激しく身体を強くするような感覚でもない。


むしろ逆だった。


不思議なくらい静かだった。


これまで一度も感じたことのない感覚。


それなのに、なぜか怖くはない。


身体の奥からゆっくりと広がり、腕を通って、握っている剣へと流れていく。


「何だ、これ……」


考えている時間はなかった。


魔物が地面を蹴る。


一ノ瀬さんへ向かう。


僕も走った。


さっきまでより速くなったわけじゃない。


力が増した感覚もない。


それでも、魔物の動きがはっきりと分かる。


右の前脚が地面を踏み、身体が沈む。


次に左へ重心が移る。


僕はその横を抜けた。


剣を振るう。


ザッ。


浅い。


刃が魔物の前脚を掠めただけだった。


「朝倉君!」


一ノ瀬さんの声が聞こえる。


失敗した。


そう思った。


でも――。


「ギ……?」


魔物が止まった。


「え?」


僕も足を止める。


魔物が自分の前脚を見る。


僕の剣が触れた場所。


傷は浅い。


血が僅かに滲んでいる程度だ。


なのに。


ドクン、ドクンと激しく脈打っていた血管が、その周囲だけ静かになっていた。


「何……?」


一ノ瀬さんが呟く。


魔物の前脚が僅かに細くなる。


膨れ上がっていた筋肉が、元へ戻っていくように縮んでいた。


僕にも分かった。


さっきまであの魔物から感じていた巨大な何か。


その一部が――消えている。


「朝倉君」


一ノ瀬さんが僕を見る。


「今、何したの?」


「……分からない」


本当に分からない。


ただ剣を振っただけだ。


いつもと違う何かが身体の中にあって、それが剣へ流れた。


それだけ。


巨大な齧歯類型がゆっくりと顔を上げる。


その視線が一ノ瀬さんから離れた。


「……え?」


初めてだった。


あれだけ一ノ瀬さんだけを追い続けていた魔物が、僕を見ている。


低い鳴き声が響く。


僕にはその意味なんて分からない。


それでも――。


なぜか一つだけ確信できた。


こいつは今、僕を敵だと認識した。

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