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アンチ・マギア ~最低適性の僕は、まだ誰も知らない本当の魔法へ辿り着く~  作者: 山ノ上商会


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相手を動かすということ


僕が一歩踏み込んだことで、藤堂君の構えていた剣が僅かに上がった。


僕が動いたから、相手も動いた。


その変化を見ながら、もう一歩前へ出る。


藤堂君の右肩に力が入った。


来る。


振り下ろされた剣を半歩横へ動いて躱し、そのまま懐へ入ろうとする。


しかし、藤堂君はすぐに後ろへ下がった。


追い掛ける。


藤堂君が剣を構え直した。


さっきの九条君なら、ここから相手の逃げる場所を限定していた。


なら僕も。


右へ動くと、藤堂君の視線が僕を追う。さらに右へ動けば、今度は身体ごとこちらへ向いた。


今だ。


左へ切り返し、一気に踏み込む。


「っ!」


藤堂君が反応する。


剣が振られた。


それは予想していた。


身体を沈めて躱し、そのまま横を抜ける。


でも、振り返った時には藤堂君はすでに僕から距離を取っていた。


「……逃げられた」


思わず口から漏れる。


「何ぶつぶつ言ってんだよ」


藤堂君が少し警戒した様子で僕を見る。


「ごめん」


「いや、別にいいけど」


お互いに剣を構え直す。


今度は向こうから仕掛けてきた。


大きく踏み込み、右から剣を振るう。


これは読める。


剣の軌道から外れながら一歩前へ出ると、藤堂君がすぐに左から二撃目を放ってきた。


それも剣で受け流す。


藤堂君の身体が僅かに前へ流れた。


隙ができる。


僕は一歩踏み込み、藤堂君の首元へ剣を伸ばした。


剣先が触れる直前で止める。


「そこまで」


黒田先生の声が響いた。


「朝倉の勝ち」


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


お互いに頭を下げる。


勝った。


一度も攻撃は受けなかった。


でも、試したかったことはほとんどできていない。


藤堂君が攻撃してきたところを避け、その隙を突いた。


結局、今までと同じ勝ち方だった。


試合区画から出る。


「お疲れ」


大和が手を上げる。


「ありがとう」


その隣には村上君もいた。


「また一発も食らってないじゃん」


「うん。でも、上手くいかなかった」


「何が?」


大和が不思議そうな顔をする。


僕は少し離れた場所にいる九条君を見る。


「さっき九条君がやってたこと」


「相手を端まで追い込んだやつ?」


「うん。やってみたんだけど、途中で逃げられた」


大和と村上君が顔を見合わせる。


「いや、勝ったんだからよくないか?」


村上君が言う。


「勝つだけならね」


黒田先生から言われたのは、自分から相手を動かすことだ。


今回は藤堂君が僕を攻撃してくれたから勝てた。


もし藤堂君が僕ではなく、別の誰かを狙っていたら。


同じようにできただろうか。


「朝倉」


黒田先生が次の試合を二組の先生に任せ、こちらへ歩いてきた。


「はい」


「今の、九条の真似か?」


「……はい」


やっぱり分かっていたらしい。


「どうだった?」


「難しいです」


「だろうな」


あっさり言われた。


「九条が簡単そうにやってたからって、見ただけですぐできたら苦労しない」


「はい……」


「でも、試したのは悪くない」


黒田先生が試合区画へ目を向ける。


「お前、最初に右へ動いただろ」


「はい」


「何のためだ?」


「藤堂君を右に向かせようと思って」


「その後は?」


「左へ切り返して、反応したところを狙おうとしました」


「そこだな」


黒田先生が僕を見る。


「お前は自分がどう動くかまでは考えてる。でも、相手に何をさせたいのかが曖昧だ」


「何をさせたいか……」


「九条は違う」


視線を向ける。


九条君は自分の試合を終えた後も、他の生徒の戦いを見ていた。


「槍を持った相手に真正面から近づけば、相手はどうする?」


「槍で攻撃します」


「避けられて間合いを潰されそうになれば?」


「下がります」


「下がった先を塞がれたら?」


少し考える。


「……別の方向へ逃げる」


「そういうことだ」


黒田先生が頷く。


「ただ動いて相手を惑わせるのとは違う。自分がこう動いたら、相手はどうするのか。相手に何をさせたいのか。その先まで考える」


僕はもう一度、さっきの九条君の戦いを思い返した。


最初から全部考えていたんだろうか。


「難しいですね」


「だから練習するんだろ」


確かに。


「お前は相手が動いた後を見るのは上手い。だったら次は、その一個前を考えろ」


「一個前?」


「相手の動きを読むんじゃなくて、その動きを自分で作る」


黒田先生が僕の肩を軽く叩く。


「いきなり九条と同じことをやろうとするな。一つでいい。相手に一歩下がらせる。剣を振らせる。右へ避けさせる。まずはそこからだ」


「はい」


さっきより少し分かった気がする。


僕がどう動くかじゃない。


相手に何をさせたいのか。


それを決めてから、自分が動く。


「ありがとうございます」


「おう。戻れ」


黒田先生が試合区画へ戻っていく。


僕も大和たちのところへ戻ろうとして、ふと二組の方へ目を向けた。


九条君がいた。


他の生徒の試合を見ていると思ったけど、一瞬だけこちらと目が合ったような気がする。


でも、すぐに九条君の視線は試合区画へ戻った。


気のせいかな。


「蓮、どうした?」


大和に呼ばれ、僕も視線を戻す。


「なんでもない」


大和と一緒に元の場所へ戻った。


その後も合同実践は続いた。


僕ももう一度試合をした。


今度の相手は槍。


さっき黒田先生に言われたことを一つだけ試すことにした。


相手に何をさせたいのか。


まずは一つ。


それだけでいい。


僕は槍の間合いへわざと足を踏み入れた。


当然、相手は突いてくる。


それを避ける。


でも、すぐには反撃しない。


もう一度、同じ距離へ入る。


また槍が来た。


避ける。


三度目も同じように踏み込む。


相手の腕が動いた。


来る。


そう思った瞬間、僕は先に剣を動かした。


カンッ!


突き出される直前の槍を横へ弾く。


相手の目が大きく開いた。


そのまま一歩踏み込み、剣先を胸元で止める。


「そこまで。朝倉の勝ち」


剣を下ろす。


今のは違った。


相手が攻撃してきたから避けたんじゃない。


僕が間合いへ入ったから、相手は攻撃した。


たったそれだけ。


九条君がやっていたことに比べれば、きっと初歩の初歩だ。


それでも、自分から相手の動きを一つ作れた。


試合区画を出る時、黒田先生と目が合った。


何も言わない。


でも、僅かに頷いた。


僕も小さく頭を下げた。


◇ ◇ ◇


合同実践が終わり、寮へ戻る頃にはすっかり身体が重くなっていた。


夕食を食べるため、大和と一緒に食堂へ向かう。


「腹減ったー」


「今日ずっと動いてたもんね」


「大盛りにしよ」


「いつも大盛りじゃん」


「今日は特盛りでもいける」


そんな話をしながら食堂へ入る。


夕食を受け取り、いつものように二人で席についた。


「いただきます」


大和がすぐに食べ始める。


僕も箸を手に取ったところで、横から声を掛けられた。


「朝倉、ここいい?」


顔を上げると、村上君がトレーを持って立っていた。


その後ろには、同じクラスの男子が二人いる。


「うん」


「じゃ、失礼」


三人が近くの席へ座る。


最初の頃は、大和と二人で食べることが多かった。


でも最近は、こうして誰かが話し掛けてくることが少しずつ増えている。


「朝倉、今日も全勝だったよな」


男子の一人が言う。


「うん」


「適性二十一なのに、マジでどうなってんだよ」


悪意のある言い方ではなかった。


むしろ、純粋に不思議そうだ。


「俺なんて四十二あるのに一勝一敗だぞ」


「武器の相性もあるんじゃない?」


「そういう問題か?」


「蓮は昔から剣やってるからな」


なぜか大和が得意げに答える。


「お前が自慢すんなよ」


村上君が笑った。


僕もつられて笑う。


入学したばかりの頃とは、少し違う。


適性二十一。


その数字がなくなったわけじゃない。


多分、これからも言われる。


でも、それだけで僕を見る人は少しずつ減っている気がした。


それが、少し嬉しかった。


◇ ◇ ◇


同じ頃。


校舎の会議室では、一年生を担当する教師たちが机を囲んでいた。


黒田の前にも数枚の資料が置かれている。


「では、来週の郊外研修について最終確認を行います」


進行役の教師が壁面モニターへ資料を表示した。


映し出されたのは、上空から撮影された広大な森林。


その周囲を、高い塀がぐるりと囲んでいる。


ディフェンダーの訓練施設。


魔物との実戦経験を積むために作られた場所の一つだ。


施設内には実際に魔物が生息している。


もちろん、野生の魔物がいる森へ生徒を放り込むわけではない。


危険度の低い魔物だけを施設内で管理し、定期的に職員が個体数や生息状況を確認している。


「使用するのは第三訓練区画。予定通り、犬型と齧歯類型を中心とした低危険度個体を使用します」


教師の一人が資料をめくる。


「一年の最初なら妥当でしょう」


「生徒たちにとっては初めての対魔物戦ですからね」


模擬戦とは違う。


相手は人間ではない。


こちらの訓練に付き合ってくれるわけでもなければ、危険だからと攻撃を止めてもくれない。


だからこそ、一年生の最初は厳重に管理された環境で経験を積ませる。


「施設側の安全確認は?」


黒田が尋ねる。


「今朝、完了報告が届いています。外周壁、監視設備、緊急時の隔離設備、いずれも異常なしです」


「個体数は?」


「こちらです」


画面が切り替わる。


区画内で管理されている魔物の種類と、直近数か月の確認個体数が表示された。


犬型。


大きな変化はない。


その下。


齧歯類型。


数字が僅かに上下している。


「齧歯類型だけ、少しばらつきがあるな」


黒田が言う。


「施設側も把握しています。ただ、規定範囲内です」


「原因は?」


「不明です。あの区画は自然環境に近い状態で管理していますから、魔物同士の捕食や縄張り争いもあります。齧歯類型は繁殖も早いので、元々個体数が安定しにくい種です」


別の教師も資料へ目を落とす。


「前回は増えて、その前は減ってるのか」


「はい。今回も前回調査から数匹減っていますが、研修に影響するほどではないとのことです」


「なら問題ないか」


それ以上、その話を気にする者はいなかった。


会議は予定通り進んでいく。


生徒の班分け。


教師の配置。


万が一に備えて待機する現役ディフェンダー。


怪我人が出た場合の対応。


最後まで確認を終えると、進行役の教師が資料を閉じた。


「では、予定通り実施します」


教師たちが席を立つ。


黒田も資料をまとめながら、最後にモニターへ映された森を見た。


「初めての魔物か」


訓練では動ける生徒でも、実際の魔物を前にすれば身体が固まることは珍しくない。


朝倉も。


橘も。


一ノ瀬も。


九条も。


どんな反応を見せるのか。


黒田は少しだけ楽しみにしながら、会議室を後にした。


◇ ◇ ◇


深い森の中。


木々の根元に、小さな穴が開いていた。


地上から見れば、齧歯類型の魔物が作った巣穴にしか見えない。


その奥。


地面の下には、いくつもの細い穴が複雑に伸びていた。


暗闇の中で何かが動く。


ガリッ。


硬いものを噛み砕く音が響いた。


一匹の齧歯類型の魔物が横たわっている。


まだ完全には成長しきっていないものの、幼体と呼べるほど小さくもない。


その腹へ、別の個体が牙を突き立てていた。


大きい。


本来なら小型犬にも満たないはずの身体が、すでにその何倍にも膨れ上がっている。


周囲には無数の骨が散乱していた。


どれも同じ種のもの。


巨大な個体は肉を噛み千切り、骨ごと飲み込んでいく。


やがて最後の一欠片まで腹へ収めると、膨らんだ腹を地面へつけた。


しばらくして、その身体が小さく震える。


巨大な個体の下から、一匹。


また一匹。


生まれたばかりの幼体が姿を現した。


甲高い鳴き声を上げながら、暗い巣穴の中を動き始める。


巨大な個体は、それを食べない。


幼体たちは細い穴へ入り、そのまま地上へ向かっていく。


森へ出て、餌を食べる。


魔素を取り込む。


そして、成長する。


十分に育った頃、再びこの巣へ戻ってくる。


その身体に蓄えた魔素ごと、親に喰われるために。


捕食する。


成長する。


子を産む。


子は外から魔素を集め、また親へ戻る。


そして親は、それを喰らってさらに成長する。


いつから、この異常な循環が始まったのか。


誰も知らない。


地上では、齧歯類型の個体数が増えては減り、また増える。


ただ、それだけのこととして処理されていた。


その地下で。


一匹の魔物が、同族を使って森中から魔素を集め続けていることなど、まだ誰も気付かない。


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