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route:00  作者: レイレイ
第1章 学園編
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【記録ログ:模範解答のあと】

route:00


【記録ログ:模範解答のあと】



翌朝。


月は、

講義棟へ向かう移動帯の上に立っていた。


移動帯は、

一定速度で校舎間を進んでいく。


月の身体も、

その流れに運ばれていた。


白い壁。


一定の照明。


静かな足音。


講義開始前の、

小さな話し声。


誰かが端末を確認している音。


誰かが笑う声。


何も変わっていない。


変わっていないのに、

少しだけ遠かった。


月は、

端末を見る。


未開封通知。


【送信者:ANIKA】


【送信者:AMANE】


まだ、

開いていない。


開けばいい。


大丈夫だよ。


帰ってきたよ。


ごめんね。


そのくらいなら、

いくらでも返せる。


いつもの月なら。


月は、

画面を閉じた。


返せる言葉はある。


でも、

返したい言葉が、

見つからなかった。



講義棟の入口が見えてくる。


生徒たちが、

移動帯から順番に降りていく。


それぞれの所属区画へ。


それぞれの講義室へ。


同じ建物に入っても、

同じ授業を受けるわけではない。


流れは途中で分かれていく。


月は、

入口の少し手前で足を止めた。


その時。


レイ

「月」


先に声をかけたのは、

レイだった。


入口横の待機領域に、

レイが立っていた。


その隣に、

アニカがいた。


アニカは、

月を見つけた瞬間、

少しだけ目を見開いた。


アニカ

「月ちゃん」


その声を聞いた瞬間、

月の胸の奥が少しだけ動いた。


アニカちゃん。


そう呼びそうになって、

呼ばなかった。


代わりに、

月は笑った。


笑えた。


ちゃんと。


いつもの角度で。


いつもの声で。


「……おはよ」


アニカは、

一歩近づいた。


アニカ

「帰ってきたんだね」


「うん」


アニカ

「通知、見てなかったから」


「あー、ごめん」


月は、

軽く手を振った。


「ちょっと疲れてて」


嘘ではなかった。


全部ではないだけだった。


アニカは、

何か言おうとして、

口を閉じた。


レイは、

月を見ていた。


観測しているわけではない。


たぶん。


見ていた。


月は、

その視線から少しだけ目をそらした。


レイ

「身体損傷は」


「軽微」


言いながら、

月は少しだけ笑った。


「レイには、

見えるんだね」


レイは、

すぐには答えなかった。


月の端末には、

問題なしと出ていた。


でも、

レイには見える。


小さな傷も。

軽微と分類されるものも。


大丈夫の中に、

入れられてしまうものも。


アニカが、

小さく眉を寄せる。


アニカ

「……月ちゃん怪我してるの?」


「ううん」


「小さいから大丈夫ってこと」


大丈夫。


そう言った瞬間、

胸の奥で、

海の音が少しだけ鳴った気がした。


月は、

聞こえないふりをした。


入口の案内表示が切り替わる。


【AI人間科:第二区画講義室】

【アンドロイド科:観測補助演習室】

【開放講義:進路適合補助】


通路が、

三つに分かれる。


レイは、

案内表示を一度見た。


【アンドロイド科:観測補助演習室】


今朝のレイは、

そちらへ向かうらしい。


同じ入口にいても、

同じ場所へ行くわけではない。


アニカは、

まだ月を見ていた。


月は、

少しだけ手を上げる。


「じゃあ、レイ、

あとでね」


レイ

「ああ」


月は、

AI人間科へ続く帯に足を乗せた。


遅れてアニカも続く。


身体は、

静かに運ばれていく。


レイの姿が、

少しずつ遠くなる。


月は、

小さく息を吐く。


移動帯は、

月を正しい区画へ運んでいく。


正しい場所へ。


正しい講義へ。


正しい一日の中へ。



講義は、

進路適合補助講義だった。


先生の声が、

前方から静かに響く。


適性。


補助線。


観測値。


仮分類。


収束可能性。


画面には、

複数のルートが表示されていた。


正しい方向。


回避すべき分岐。


支援可能な対象。


介入すべき対象。


月は、

それを見ていた。


見ている。


理解できる。


どこへ収束させればいいのかも、

分かる。


分かるのに。


青い線が、

少しだけ浮いて見えた。


帰還経路。


保護経路。


危険区域。


管理区画。


内側。


外側。


ここから先は危険。


ここから内側は安全。


その線だけが、

まだ波みたいに揺れていた。



先生

「このように、

対象の反応を早期に観測することで、

より適切な補助線を生成できます」



月は、

端末の端を見た。


そこに表示されていたのは、

いつもの講義資料だった。


でも、

別の文字が重なる。


【身体状態:安定】

【情動反応:基準内】


まだ、

大丈夫って出てる。


月は、

小さく息を吸った。


アニカが、

隣から月を見た。


月は、

気づかないふりをした。



講義後。


生徒たちが、

静かに席を立つ。


端末を閉じる音。


椅子を引く音。


小さな話し声。


月は、

いつも通りに鞄を持った。


いつも通りに、

立ち上がろうとした。


その時。


アニカ

「月ちゃん」


呼ばれた。


月は、

立ち上がりかけたまま止まる。


「ん?」


アニカは、

少し迷っていた。


言葉を選んでいる顔だった。


月は、

その顔を見て、

胸の奥が少しだけ苦しくなった。


聞きたくない。


そう思った。


でも、

逃げたくないとも思った。


アニカ

「こないだの、レイの部屋で、ごめん」


「うん」


アニカ

「ごめん」


月は、

瞬きをした。


アニカ

「あの時、月ちゃんが出ていった時」


「私、ちゃんと追いかけるべきだった」


月は、

何も言わなかった。


アニカ

「一緒に行くって言えばよかった」


「ひとりにしちゃいけなかった」


「月ちゃんを泣かせたのに」


「ちゃんと謝れなかった」


「ごめん」


アニカの声は、

震えていた。


月は、

その声を聞いていた。


追いかける。


一緒に行く。


ひとりにしない。


正しい。


たぶん、

正しい。


アニカは、

間違っていない。


あの時、

追いかけてほしかった自分もいた。


止めてほしかった自分もいた。


見てほしかった自分もいた。


でも。


海の音が、

胸の奥で小さく鳴った。


帰る場所をなくした月を、

海だけが映していた夜。


誰にも追いかけられなかったから、

歌が聞こえた夜。


月は、

少しだけ笑った。


「あのさ」


アニカ

「うん」


「前に、あったじゃん」


「試験問題のやつ」


アニカは、

少しだけ目を見開いた。


「怒って出ていく子がいて」


「残された子がいて」


「あなたはどう思いますか、ってやつ」


アニカ

「……うん」


「あの時、私さ」


「泣いてる方をフォローしてあげたらって」


「そう言ったよね」


アニカ

「うん」


「間違ってなかったと思う」


アニカは、

黙っていた。


「今でも、そう思う」


「泣いてる子がいたら、

そばに行った方がいい」


「怖がってる子がいたら、

声をかけた方がいい」


「残された子を、

ひとりにしない方がいい」


「それは、たぶん正しい」


月は、

自分の手を見る。


あの子の爪の跡は、

もう袖の下に隠れている。


「でもさ」


声が、

少しだけ小さくなった。


「ああ言ったけど」


「あなたはどう思いますか、って」


「追いかけてきてほしくない時も、

あるんだなって思った」


アニカは、

息を止めた。


「ひとりにしてほしいっていうより」


「追いかけられたら」


「戻らなきゃいけなくなる時がある」


「大丈夫って言わなきゃいけなくなる時がある」


「いつもの自分に、

戻らなきゃいけなくなる時がある」


アニカ

「……月ちゃん」


月は、

笑った。


また、

いつもの角度で。


「ごめん」


「アニカちゃんが悪いって話じゃないよ」


アニカ

「でも」


「違うの」


月は、

首を振った。


「アニカちゃんは、

たぶん正しい」


「一緒に行くべきだったって思うのも」


「謝らなきゃって思うのも」


「正しい」


アニカは、

泣きそうな顔をしていた。


月は、

その顔を見ていられなかった。


「でも」


「私も」


「今は、

それを受け取れない」


胸が痛かった。


アニカに、

そんな顔をさせている。


それなのに、

近づけない。


手を伸ばせない。


月は、

自分がどこへ向かっているのか、

分からなかった。


教室の音が、

遠くなる。


アニカ

「じゃあ、どうしたらいいの」


月は、

答えられなかった。


正解はある。


いつも通り、

正しい行動を選べばいい。


でも、

今は。


「分かんない」


その言葉は、

思ったより簡単に出た。


アニカは、

目を伏せた。


「分かんないから」


「今は、

ちょっとだけ待って」


アニカ

「待つ?」


「うん」


「私が、

ちゃんと戻るまで」


言ってから、

月は、

自分の言葉に少しだけ息を止めた。


戻る。


どこへ。


何に。


いつもの月へ。


アニカの隣へ。


学園へ。


それとも。


月は、

続きを考えなかった。


アニカは、

ゆっくり頷いた。


アニカ

「分かった」


その声が、

あまりにも素直で。


月は、

目を伏せた。


分からないまま、

待ってくれる。


それが、

こんなに痛いとは思わなかった。



廊下。


月は、

教室を出た。


アニカは、

追いかけてこなかった。


月が、

そう頼んだから。


月は、

廊下の角で立ち止まる。


よかった。


そう思った。


追いかけてこなかった。


戻らなくて済む。


大丈夫って言わなくて済む。


いつもの月に、

ならなくて済む。


そう思ったのに。


同時に、

少しだけ寂しかった。


月は、

小さく笑った。


「めんどくさ」


誰に言ったのか、

分からなかった。


自分にかもしれない。


アニカにかもしれない。


模範解答にかもしれない。


月は、

端末を見る。


【観測個体情動反応:軽度不安定】


軽度。


月は、

画面を閉じた。



その日の夜。


月は、

部屋で机に向かっていた。


学園端末。


記録整理画面。


そこには、

いくつかの保存領域が並んでいる。


【講義記録】


【任務記録】


【観測ログ】


【個人保存】


外縁観測記録は、

任務記録へ。


母親個体状態記録は、

観測ログへ。


非管理音声記録は、

要確認。


星同期反応ログは、

個体反応記録へ。


月は、

ひとつずつ分類していった。


分類できるものは、

分類できた。


講義。


任務。


観測。


報告。


どこに置けばいいのか、

分かるものは、

ちゃんと置けた。


そして。


未整理フォルダ。


月は、

そのフォルダを開いた。


音声。


映像。


短い記録。


アニカの声。


天音の声。


レイの部屋の音。


講義室。


甘いもの。


笑った声。


怒った声。


眠そうな声。


全部、

保存されている。


全部、

記録されている。


でも、

どこに置けばいいのか、

分からなかった。


これは、

講義記録ではない。


任務記録でもない。


観測項目にも、

入っていない。


報告用でもない。


それなのに、

削除できなかったもの。


月は、

指を止める。


これを、

どうすればいいのか。


まだ、

分からない。


でも。


失くしたくない。


月は、

三日月型端末に触れる。


それから、

レイの部屋の方角を見た。


今ではない。


でも、

次は。


月は、

小さく息を吸った。


次は、

レイに渡す。


絶対に。




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