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route:00  作者: レイレイ
第1章 学園編
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31/43

【記録ログ:帰還】

route:00


【記録ログ:帰還】


⸻


帰還処理区画。


白い照明。


一定の室温。


消毒された空気。


外縁区画の土の匂いは、

もうしなかった。


月は、

処理端末の前に立っていた。


端末に、

帰還処理結果が表示される。


【任務分類】

・保護移送後観測

・母親個体状態確認

・周辺個体情動反応記録

・父親個体接触回避


【帰還処理:完了】


【外部付着物:基準値内】


【身体損傷:軽微】


【観測個体情動反応:許容範囲内】


【任務継続:可能】


許容範囲内。


任務継続可能。


月は、

その文字を見た。


何度見ても、

変わらなかった。


処理担当アンドロイド

「洗浄処理は完了しています」


「外部由来の危険因子は検出されていません」


「帰還後、通常区画への移動が可能です」


月

「はい」


処理担当アンドロイド

「追加報告がある場合は、

二十四時間以内に提出してください」


月

「わかりました」


言ってから、

少しだけ息が止まった。


記録できることは、

全部送った。


母親個体の状態。


外傷。


発話量。


情動低下。


帰還経路逸脱。


非管理音声。


星同期反応。


情動変動。


すべて、

報告項目として処理された。


でも。


海の音。


怖い、と言った自分の声。


泣いたあとに残った、

空っぽみたいな胸の奥。


それらは、

どこにも書けなかった。


送れなかった。


処理担当アンドロイド

「帰還処理を終了します」


月

「はい」


扉が開く。


白い通路。


居住区へ戻るための連絡導線。


月は、

そこへ足を踏み出した。


戻ってきた。


そう表示されていた。


でも。


月には、

まだ、

帰ってきた感じがしなかった。


⸻


学園区画。


廊下は静かだった。


夜間照明に切り替わっている。


昼間より少しだけ光量が低い。


空調は一定。


月は、

廊下を歩いた。


身体は軽かった。


洗浄も終わった。


制服も整っている。


端末も正常。


なのに、

一歩ごとに、

何かを置いてきたような気がした。


それとも。


何かを、

まだ、

持っているような気がした。


端末が震える。


未開封通知。


【送信者:ANIKA】


その下に、

もうひとつ。


【送信者:AMANE】


月は、

足を止めた。


開けばいい。


通知を開いて、

返せばいい。


ごめんね。

大丈夫だよ。

帰ってきたよ。


いつもの言葉なら、

いくつも出せる。


月は、

画面を見つめた。


指が、

少しだけ動く。


でも、

触れなかった。


開いたら、

返さなければいけない気がした。


返したら、

いつもの月に戻らなければいけない気がした。


いつもの月。


笑って。

軽く返して。

大丈夫って言って。

甘いものの話をして。

何でもない顔をして。


月は、

端末を伏せた。


通知は、

開かなかった。


⸻


アンドロイド科居住区。


レイの部屋の前を通りかかった時、

月は少しだけ足を止めた。


扉は閉まっている。


中には、

たぶんレイがいる。


いつものように、

なにか調べ物をしているに違いない。


月は、

扉を見た。


今なら、

開けられる。


レイなら、

聞いてくれる。


たぶん、

正確に。


でも。


今、

何を渡せばいいのか、

まだ分からなかった。


月は、

扉の前を通り過ぎた。


今ではない。


まだ。


たぶん。


⸻


月の部屋。


扉が開く。


2日ぶりのいつもの部屋だった。


寝台。


机。


制服掛け。


端末置き場。


小さな棚。


いつも通りが、

すべて、

そこにあった。


何も変わっていない。


変わっていないから、

余計に変だった。


月は、

部屋の中央に立つ。


ここに帰ってくれば、

落ち着くと思っていた。


外の音がしない場所。


明るさも温度も一定の場所。


寝具の硬さも、

机の位置も、

保存端末の置き場も、

全部分かっている場所。


なのに。


部屋は、

少し遠かった。


月は、

三日月型端末を外した。


軽い。


アニカがくれたもの。


怖い夜に、

胸元で握っていたもの。


アニカの声が入っているもの。


月は、

再生しなかった。


聞いたら、

泣いてしまう気がした。


泣いたら、

また止まらなくなる気がした。


月は、

端末を机の上に置いた。


それから、

星型のキーホルダーをポケットから取り出す。


黄色い星。


角が丸い。


押せば、

助けを呼べるもの。


星をくれたあの子の顔が、

少しだけ浮かんだ。


月

「子どもってすごいな」

「何が見えてたんだろ」


三日月型端末の隣に、

そっと、

小さなお星様を置いた。


月

「……ただいま」


小さく言った。


部屋は、

何も返さなかった。


帰還処理は完了している。


任務は成功している。


状態は許容範囲内。


それなのに。


月は、

自分がどこに帰ってきたのか、


よく分からなかった。


⸻


月は、

机の上を少しだけ整えた。


乱れていたわけではない。


でも、

何かを動かしたかった。


講義用端末を右へ。


小さなメモを左へ。


制服の替えを畳み直す。


寝具の端を整える。


戻ってくる人の部屋。


いつも通りの部屋。


誰かが見た時に、

何も起きていないように見える部屋。


月は、

そこまで考えて、

手を止めた。


何も起きていないように。


そう見えたら、

いいのだろうか。


そう見えたら、

困るのだろうか。


分からなかった。


端末が、

もう一度震える。


【送信者:ANIKA】


月は、

画面を見た。


今度は、

すぐに伏せなかった。


しばらく見ていた。


アニカちゃん。


声に出しそうになって、

やめる。


月は、

通知を開かないまま、

端末を机に置いた。


そして、

寝台に腰を下ろす。


窓の外は、

静かだった。


隣は、

アニカの部屋。


繋がっているわけではない。


声が届くわけでもない。


背中を、

そっと壁にもたせる。


向こう側に、

アニカがいる。


そう思った。


聞こえるはずはない。


返事があるはずもない。


それでも。


月

「……ただいま」


小さく言った。


アニカに言うみたいに。


アニカには届かない声で。


外の夜は、

もう聞こえない。


海の音も。


歌も。


波も。


それなのに、

胸の奥だけが、

まだ小さく揺れていた。


ぽろん。


どこかで、

音がした気がした。


月は、

目を閉じた。


帰ってきた。


帰ってきたはずだった。


でも、

まだどこにも、

足を置けなかった。





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