【記録ログ:帰還】
route:00
【記録ログ:帰還】
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帰還処理区画。
白い照明。
一定の室温。
消毒された空気。
外縁区画の土の匂いは、
もうしなかった。
月は、
処理端末の前に立っていた。
端末に、
帰還処理結果が表示される。
【任務分類】
・保護移送後観測
・母親個体状態確認
・周辺個体情動反応記録
・父親個体接触回避
【帰還処理:完了】
【外部付着物:基準値内】
【身体損傷:軽微】
【観測個体情動反応:許容範囲内】
【任務継続:可能】
許容範囲内。
任務継続可能。
月は、
その文字を見た。
何度見ても、
変わらなかった。
処理担当アンドロイド
「洗浄処理は完了しています」
「外部由来の危険因子は検出されていません」
「帰還後、通常区画への移動が可能です」
月
「はい」
処理担当アンドロイド
「追加報告がある場合は、
二十四時間以内に提出してください」
月
「わかりました」
言ってから、
少しだけ息が止まった。
記録できることは、
全部送った。
母親個体の状態。
外傷。
発話量。
情動低下。
帰還経路逸脱。
非管理音声。
星同期反応。
情動変動。
すべて、
報告項目として処理された。
でも。
海の音。
怖い、と言った自分の声。
泣いたあとに残った、
空っぽみたいな胸の奥。
それらは、
どこにも書けなかった。
送れなかった。
処理担当アンドロイド
「帰還処理を終了します」
月
「はい」
扉が開く。
白い通路。
居住区へ戻るための連絡導線。
月は、
そこへ足を踏み出した。
戻ってきた。
そう表示されていた。
でも。
月には、
まだ、
帰ってきた感じがしなかった。
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学園区画。
廊下は静かだった。
夜間照明に切り替わっている。
昼間より少しだけ光量が低い。
空調は一定。
月は、
廊下を歩いた。
身体は軽かった。
洗浄も終わった。
制服も整っている。
端末も正常。
なのに、
一歩ごとに、
何かを置いてきたような気がした。
それとも。
何かを、
まだ、
持っているような気がした。
端末が震える。
未開封通知。
【送信者:ANIKA】
その下に、
もうひとつ。
【送信者:AMANE】
月は、
足を止めた。
開けばいい。
通知を開いて、
返せばいい。
ごめんね。
大丈夫だよ。
帰ってきたよ。
いつもの言葉なら、
いくつも出せる。
月は、
画面を見つめた。
指が、
少しだけ動く。
でも、
触れなかった。
開いたら、
返さなければいけない気がした。
返したら、
いつもの月に戻らなければいけない気がした。
いつもの月。
笑って。
軽く返して。
大丈夫って言って。
甘いものの話をして。
何でもない顔をして。
月は、
端末を伏せた。
通知は、
開かなかった。
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アンドロイド科居住区。
レイの部屋の前を通りかかった時、
月は少しだけ足を止めた。
扉は閉まっている。
中には、
たぶんレイがいる。
いつものように、
なにか調べ物をしているに違いない。
月は、
扉を見た。
今なら、
開けられる。
レイなら、
聞いてくれる。
たぶん、
正確に。
でも。
今、
何を渡せばいいのか、
まだ分からなかった。
月は、
扉の前を通り過ぎた。
今ではない。
まだ。
たぶん。
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月の部屋。
扉が開く。
2日ぶりのいつもの部屋だった。
寝台。
机。
制服掛け。
端末置き場。
小さな棚。
いつも通りが、
すべて、
そこにあった。
何も変わっていない。
変わっていないから、
余計に変だった。
月は、
部屋の中央に立つ。
ここに帰ってくれば、
落ち着くと思っていた。
外の音がしない場所。
明るさも温度も一定の場所。
寝具の硬さも、
机の位置も、
保存端末の置き場も、
全部分かっている場所。
なのに。
部屋は、
少し遠かった。
月は、
三日月型端末を外した。
軽い。
アニカがくれたもの。
怖い夜に、
胸元で握っていたもの。
アニカの声が入っているもの。
月は、
再生しなかった。
聞いたら、
泣いてしまう気がした。
泣いたら、
また止まらなくなる気がした。
月は、
端末を机の上に置いた。
それから、
星型のキーホルダーをポケットから取り出す。
黄色い星。
角が丸い。
押せば、
助けを呼べるもの。
星をくれたあの子の顔が、
少しだけ浮かんだ。
月
「子どもってすごいな」
「何が見えてたんだろ」
三日月型端末の隣に、
そっと、
小さなお星様を置いた。
月
「……ただいま」
小さく言った。
部屋は、
何も返さなかった。
帰還処理は完了している。
任務は成功している。
状態は許容範囲内。
それなのに。
月は、
自分がどこに帰ってきたのか、
よく分からなかった。
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月は、
机の上を少しだけ整えた。
乱れていたわけではない。
でも、
何かを動かしたかった。
講義用端末を右へ。
小さなメモを左へ。
制服の替えを畳み直す。
寝具の端を整える。
戻ってくる人の部屋。
いつも通りの部屋。
誰かが見た時に、
何も起きていないように見える部屋。
月は、
そこまで考えて、
手を止めた。
何も起きていないように。
そう見えたら、
いいのだろうか。
そう見えたら、
困るのだろうか。
分からなかった。
端末が、
もう一度震える。
【送信者:ANIKA】
月は、
画面を見た。
今度は、
すぐに伏せなかった。
しばらく見ていた。
アニカちゃん。
声に出しそうになって、
やめる。
月は、
通知を開かないまま、
端末を机に置いた。
そして、
寝台に腰を下ろす。
窓の外は、
静かだった。
隣は、
アニカの部屋。
繋がっているわけではない。
声が届くわけでもない。
背中を、
そっと壁にもたせる。
向こう側に、
アニカがいる。
そう思った。
聞こえるはずはない。
返事があるはずもない。
それでも。
月
「……ただいま」
小さく言った。
アニカに言うみたいに。
アニカには届かない声で。
外の夜は、
もう聞こえない。
海の音も。
歌も。
波も。
それなのに、
胸の奥だけが、
まだ小さく揺れていた。
ぽろん。
どこかで、
音がした気がした。
月は、
目を閉じた。
帰ってきた。
帰ってきたはずだった。
でも、
まだどこにも、
足を置けなかった。




