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route:00  作者: レイレイ
第1章 学園編
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26/43

【記録ログ:返信のかわり】

route:00


【記録ログ:返信のかわり】



カフェエリア。


午後。


窓際の席に、

アニカと月は向かい合って座っていた。


テーブルの上には、

小さな焼き菓子と、

温かい飲み物。


月は、

フォークを片手に、

嬉しそうに皿を見ている。


「やっぱり、

帰ってきたら甘いものだよね」


アニカ

「約束してたもんね」


「してた!」


月は、

胸を張る。


「ちゃんと帰ってきたし、

ちゃんと食べる」


アニカは、

少しだけ笑った。


月は、

以前と同じように話している。


少し大げさで。


少し賑やかで。


少し、

何でもなかったみたいに。


アニカは、

カップを両手で包む。


アニカ

「こないだの満月が、

すごく綺麗だったからさ」


「うん」


アニカ

「私、

みんなにメッセージしたのね」


月のフォークが、

一瞬だけ止まった。


それから、

すぐに動く。


「あー……うんうん」


「私、

疲れて寝ちゃってたから、

翌日に読んじゃった」


アニカは、

小さく首を振る。


「気にしないで」


「ただ、

みんなでその瞬間に

一緒に見られたらいいなって思って」


月は、

焼き菓子を口に入れる前に、

少しだけアニカを見た。


アニカ

「レイからは、

返信なかったんだけどね」


苦笑い。


「無口だから、

何考えてるのか、

あんまり分からないなーって」


月は、

フォークを持ったまま固まった。


レイ。


無口。


何を考えているのか分からない。


月の脳内に、

帰還直後の記録が再生される。



帰還後。


月が、

荷物を抱えたまま通路を歩いていると、

端末に通知が入った。



【送信者:天音】


【本文:レイくんの部屋来て。今すぐ】



「え、なに」


続けて、

もう一通。



【本文:面白いもの見れる】



「嫌な予感しかしないんだけど」


それでも、

月は行った。


アンドロイド科居住区。


レイの部屋の前に立つと、

扉が開く前から、

わずかに甘い匂いがした。


「……なにこれ」


認証音。


扉が開く。


天音

「月ー!

こっちこっち。キッチン」


「着たよー」


「って、うげ!」


月は、

キッチンを見て固まった。


そこには、


鍋。


計量器。


温度計。


形の違う透明な容器。


成分解析用の小型端末。


複数の植物片。


糖度測定器。


そして、

いつも通り無表情のレイ。


「なにこれ!?」


「なにしてんのレイ!?」


レイ

「料理だ」


「いやいやいやいや」


月は、

キッチン全体を指さす。


「実験室じゃんこれ!」


「何に使うのこれ、やば!」


天音は、

壁にもたれて笑っていた。


天音

「でしょ」


「だから呼んだ」


「呼ばないでよ、

こんな事件現場に」


レイ

「事件ではない」


「事件だよ。

少なくとも料理ではないよ」


レイ

「料理だ」


「料理はそんなに波形出さない!」


レイは、

端末を操作する。


レイ

「糖度、粘度、香気成分、

加熱反応、毒性反応、

すべて測定対象だ」


「ほら、実験じゃん」


天音

「本人は料理って言い張ってる」


「なんで急に料理なの」


レイは、

手元の容器を目線まで持ち上げる。


透明な液体の中に、

薄い青緑色の葉が浮いている。


レイ

「アニカがDeeperのデモンストレーション中に、

一時的な神経負荷状態になったと聞いた」


月の表情が、

少し変わる。


「……アニカちゃん、

大丈夫なの?」


レイ

「身体状態は安定している」


「ただし、

回復補助には、

嗜好反応の利用が有効と判断した」


「嗜好反応?」


レイ

「対象は、

甘味摂取時に表情変化率が上昇する」


「え」


天音

「見てたんだ」


レイ

「観測範囲内だ」


「言い方」


天音

「完全に見てるじゃん」


レイ

「観測だ」


「はいはい、観測ね」


月は、

テーブルの上に並んだ材料を見る。


「で、

この草は?」


レイ

「星露草だ」


「名前だけ綺麗」


天音

「見た目は完全にやばい草だけどね」


「食べれるやつ?これ」


レイ

「食用判定済みだ」


「食用判定って言い方がもう食べ物じゃないんだよ」


レイ

「危険区域水源帯に自生する希少植物だ。

通常居住区には流通していない。

博士から譲渡された」


「博士、何くれてんの!?」


レイ

「香気成分に、神経負荷を下げる作用がある。

ただし、

加熱温度を誤ると香りが強く出る。」


「どれくらい?」


レイ

「森林区域に近い」


「お菓子で出していい単位じゃない」


レイ

「博士は、

外縁部では回復補助に使われることがあると言っていた」


「それを、

アニカちゃんのお菓子に入れようとしてるの?」


レイ

「神経負荷軽減用の甘味を作成している」


「だから、

それを世間では、

アニカちゃんのためのお菓子って言うんだよ」


レイ

「目的は神経負荷軽減だ」


天音

「はいはい、

神経負荷軽減ね」


天音は笑いすぎて

限界が近そうだ。


「で、

私は何しに呼ばれたの?」


レイは、

月の前に小皿を置いた。


そこには、

小さな焼き菓子のようなものが乗っていた。


色は、

淡いクリーム色。


表面には、

ほんの少しだけ青緑色の粉がかかっている。


「……なにこれ」


レイ

「試作品だ」


「まさか」


レイ

「試食してくれ」


「毒味じゃん!!」


天音が、

吹き出した。


天音

「あはははは!」


「笑ってないで止めてよ!」


天音

「いや、

面白すぎる」


レイ

「毒性反応は検出されていない」


「その言い方がもう怖いんだよ!」


レイ

「危険物探知、糖度測定、

温度管理、成分分析は機能として保有している」


「だが、

美味しい、という判定はできない」


「できないのに作ったの?」


レイ

「必要だった」


月は、

言い返そうとして、

少し止まった。


必要だった。


レイは、

いつもの無表情で、

本当にただ、

そう言った。


でも、

その目だけは、

まっすぐだった。


「……」


天音が、

にやにやしながら月を見る。


天音

「ね?」


「ね、じゃない」


レイ

「試食を頼む」


「……ちょっと待って」


月は、

焼き菓子を持ち上げる。


匂いを嗅ぐ。


甘い。


ほんの少し、

森みたいな匂いがする。


危険区域の夜に聞いた、

木々の音を思い出すような匂い。


レイ

「香気反応、許容範囲内」


「今、私で測った?」


レイ

「測定した」


「やめろ」


天音

「あははは!」


月は、

覚悟を決めて、

小さく一口かじった。


沈黙。


レイが、

月を見る。


天音も、

月を見る。


月は、

もう一口かじった。


レイ

「反応は」


「……悔しい」


天音

「お?」


「普通においしい」


レイ

「成功か」


「いや、

成功だけど、

成功って言いたくない」


天音

「なんで」


「レイがあまりにも実験室みたいに作ってたから」


レイ

「料理だ」


「まだ言う」


レイ

「改善点は」


月は、

皿の上の試作品を見る。


「甘さはいい」


「でも、

ちょっと香りが強い」


「アニカちゃんには、

もう少しやわらかい方がいいと思う」


レイ

「了解」


レイは、

すぐに端末へ入力する。


【香気成分、二十パーセント低下】


【焼成温度、再調整】


【糖度、維持】


「本気じゃん」


天音

「本気だよ」


「……」


レイは、

次の試作品を作る準備を始めている。


手つきは正確。


無駄がない。


でも、

何度も、

甘味の色を見る。


香りを確認する。


糖度を測る。


端末に記録する。


月は、

それを見ながら、

少しだけ笑いそうになった。


「ねえ、レイ」


レイ

「何だ」


「アニカちゃん、

喜ぶといいね」


レイは、

手を止めなかった。


レイ

「表情変化率の上昇が確認できれば、

目的達成だ」


天音

「ほんと、言い方」


「でも、うん」


月は、

試作品の残りを口に入れる。


「たぶん、喜ぶよ」


レイは、

返事をしなかった。


ただ、

次の記録欄に、

小さく追記した。


【想定反応:喜ぶ】


月は、

残った焼き菓子を、

もう一口かじった。


森みたいな匂いがした。


けれど、

危険区域でひとり眠った夜とは、

少し違った。


天音が笑っている。


レイが、

真顔で次の配合を入力している。


同じ森みたいなのに、

怖くない。


この森は、好き。


月は、

小さく息を吐いた。


「……帰ってきたんだなあ」


天音

「うん。

おかえり、月」


「ただいま」


レイ

「疲労反応が残っている。

休息を推奨する」


「このキッチン作った人に言われたくない」


天音

「あははは!」



カフェエリア。


月は、

フォークを持ったまま、

目の前のアニカを見る。


アニカは、

何も知らない顔で、

焼き菓子を少しずつ食べている。


アニカ

「どうしたの?」


「ううん」


アニカ

「なんか笑ってない?」


「笑ってないよ」


アニカ

「笑ってる」


「気のせい」


アニカは、

焼き菓子を見下ろす。


アニカ

「これ、

ちょっと不思議な香りするね」


「うん、

森みたいでしょ」


アニカ

「うん、でも、

優しくて落ち着く」


月は、

思わず口元を隠した。


アニカ

「なに?」


「なんでもない」


アニカ

「月ちゃん、

絶対何か知ってる」


「知らない知らない」


アニカ

「ほんと?」


「ほんと」


月は、

少しだけ視線を逸らす。


アニカ

「レイって、

本当に何考えてるのか分かりにくいよね」


月は、

今度こそ笑った。


アニカ

「え、なに?」


「そうかな?」


「意外と、

分かりやすいと思うけど」


アニカ

「そう?」


「うん」


月は、

焼き菓子を小さく割る。


レイが、

糖度を三回測り直していたこと。


香りを弱めるために、

配合を変えていたこと。


天音に笑われても、

手を止めなかったこと。


【想定反応:喜ぶ】


あの表示を、

なぜか消さずに残していたこと。


月は、

全部思い出した。


アニカ

「どういうところが?」


「んー」


月は、

少し考えるふりをした。


「観測って言いながら、

けっこう見てるところ」


アニカ

「見てる?」


「うん」


「ちゃんと、見てる」


アニカは、

少しだけ黙った。


それから、

焼き菓子をもう一口食べる。


アニカ

「……そっか」


「うん」


「たぶんね」


カフェエリアの窓の外は、

もう満月ではなかった。


けれど、

あの日の光は、

まだ少しだけ、

三人の間に残っていた。





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