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route:00  作者: レイレイ
第1章 学園編
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25/43

【記録ログ:二周目の月】

route:00


【記録ログ:二周目の月】



危険区域。

夜間観測区画。

水質調査隊キャンプ場。


簡易居住棟の外では、

風が絶えず木々を揺らしている。


月明かり。


簡易照明。


湿った土の匂い。


簡易テーブルと折りたたみ式の椅子が、

居住棟の外壁近くに置かれていた。


レイはそこに座り、

夜間警戒を継続しながら、

端末へ本日の観測記録を入力していた。


水質。

土壌反応。

生態活動。

周辺危険因子。


解析。

保存。

完了。


端末の端に、

未処理通知がひとつ残っていた。


【送信者:ANIKA】


【本文:月、見える?】


レイは、

その表示を確認する。


返信優先度。


低。


任務中。


夜間警戒継続。


レイは、

通知を閉じた。


未処理。


削除は、

しなかった。


アンドロイドであるレイに、

睡眠は必要ない。


夜間の見張り。


危険因子接近時の初期対応。


調査隊保護。


それらも、

今回の任務に含まれていた。


【任務分類】

【水源循環調査補助】

【夜間警戒】

【調査隊護衛】


問題なし。

異常なし。


そう記録した直後。


レイの視界に、

ふたり分の影が落ちた。


女性研究者

「ねえ、あなた」


レイは、

顔を上げる。


今回の調査隊をまとめるヒト個体。


危険区域における生物研究界隈で、

よく知られた女性研究者。


居住区外での生活経験あり。


危険区域内での長期観測歴あり。


研究者間通称。


博士。


博士

「参加してくれてありがとうね」


「護衛も兼ねて来てもらったけれど」


「大型捕食獣に遭遇しなくて、

本当に良かった」


レイは、

小さく頷いた。


レイ

「任務範囲内です」


博士は笑った。


博士

「そういうところ、

高級機って感じがするね」


簡易照明を挟んで向こう側。


博士の隣に、

助手を務める男性が腰を下ろした。


助手

「レイくん、

学園で実験中の未発表高級機なんでしょ?」


レイ

「観測補助個体です」


助手

「うわー、

やっぱり綺麗だね」


「見た目、ほぼヒトじゃん」


「処理速度どれくらい?」


「起動時最大分岐数は?」


「感情同期って、

どこまでできるの?」


質問が続く。


レイは、

順番に処理を返す。


問題なし。


応答正常。


博士は、

その様子を眺めながら、

楽しそうに笑っていた。


博士

「質問攻めにされても、

嫌な顔ひとつしない」


助手

「嫌な顔って出せるんですか?」


レイ

「表情制御は可能です」


助手

「じゃあ、

今嫌な顔してみてよ」


レイ

「必要性を確認できません」


博士が、

声を立てて笑った。


博士

「いいね」


「あなた、

面白いよ」


レイは、

その発話を記録した。


【評価語句:面白い】

【対象:レイ】

【分類:好意的反応推定】

【補足:未確定】



満月に照らされて、

影が三つ、地面に落ちていた。


ひととおり質問を終えて満足したのか、

助手は夜空を見上げた。


助手

「危険区域なのを忘れるくらい、

綺麗だなあ」


白い月。


無数の星。


管理照明のない夜空。


助手

「昔の天文学者って、

コンピュータも望遠鏡もない時代に、

どうやって天体を見つけて観測したんでしょうね」


博士

「ふふ」


楽しそうな声だった。


博士

「あなた、

それは前提から間違ってるかもしれないわよ?」


助手

「前提、ですか?」


博士

「どうして、

その時代の人類が、

今の私たちと同じ能力値だと決めつけているのかな」


助手は、

少しだけ眉を寄せた。


博士は、

夜空を見上げたまま続ける。


博士

「いたのかもしれないじゃないか」


「コンピュータを使わなくても、

膨大なデータを解析できて」


「望遠鏡を使わなくても、

夜空の向こう側の天体が見える」


「そんな個体が、

ひとりやふたりじゃなく」


「群れの中に、

普通に混ざっていた」


「そう考えた方が、

私にはずっと自然に見える」


助手

「たしかに、

その方が簡単ですね」


博士

「ああ」


博士は、

月明かりの下で笑った。


博士

「そして、

この星との同期率も高かっただろうね」


「きっと、

我々では見られないものを見て」


「我々では聞けない音を聞いて」


「自然との同期率が高すぎて」


「自然と共に、

滅びたことだろう」


助手

「それは、

ちょっと嫌ですね」


博士は、

ケラケラと笑った。


レイは、

静かに聞いていた。


発話内容。


旧文明人類。

能力値差異仮説。

星との同期率。

自然との共滅。


分類。


未確定。


けれど、

削除対象ではない。


博士

「きっと、

私らはさ」


「臆病者の子孫なのさ」


風が吹く。


木々が揺れる。


博士

「生き残るために、

様々なものから境界線を張り」


「自分たちの領域を主張し」


「そうやって、

小さい世界を一生懸命守ってきた子孫なんだよ」


静かな夜。


限りなく散らばる星。


博士の声だけが、

風の間に混ざっていた。


助手

「博士って、

たまにすごく怖いこと言いますよね」


博士

「怖い?」


助手

「はい」


博士

「じゃあ、

たぶん合ってる」


助手

「そういうものなんですか?」


博士

「怖いものは、

だいたい境界の外にあるからね」


博士は、

レイを見た。


博士

「レイくんは、

卒業後はどこの機関に所属予定なんだい?」


レイ

「まだ通達はありません」


博士

「おや。

そうなのかい?」


「新型高級機なんて、

一般個体からのオーダーなわけがない」


「きっと、

管理システム側につくんだろうねえ」


助手

「へえ。

そりゃすごいな」


レイ

「……」


助手

「こんなに綺麗なんだから、

学園では人気者だろうなあ」


レイ

「合同研究の指名は、

多く貰っています」


助手

「そういうことじゃなくてー」


レイ

「質問への回答です」


助手

「いや、間違ってはないけどさ」


助手は、少しだけ笑った。


助手

「でも、レイくん」

「俺、くらい言った方がモテるよ」


レイ

「不必要です」


博士は、声を立てて笑った。


博士

「モテるかは知らないけどね」


「でも、距離の取り方は変わるかもしれない」


レイ

「距離」


博士

「言葉は、対象との距離を変える道具でもあるからね」


「必要じゃないなら、試してごらん」


レイ

「必要ではないのに、試すのですか」


博士

「そう」


「必要なことだけ拾っていたら、見えないものがある」


レイは、少しだけ沈黙した。


一人称。

発話距離。

対象との関係。


分類。


未確定。


けれど、

削除対象ではない。


博士

「学園にいるうちが、

一番の自由さ」


「今は、

そう思えなくてもね」


レイ

「自由、ですか」


博士

「ああ」


博士は、

空を見上げた。


博士

「百のものを見て」


「百の音を聞いて」


「百のことを知りなさい」


レイ

「百でいいんですか?」


博士は、

目を丸くして、

それから笑った。


博士

「ああ」


「百でいい」


「簡単すぎるかい?」


レイ

「……」


博士

「じゃあ、

もう一周、その百と向き合ってごらん」


「きっと、

違うものが見えるから」


助手

「うわあ」


「博士がちゃんと大人やってる」


博士

「はあ?」


「私だって」


博士は、

少しだけ肩をすくめた。


「いたんだよ」


「娘が」


一瞬。


風の音だけが残った。


助手は、

何も言わなかった。


博士

「まあ、

世界に奪われちゃったけどね」


空の向こうを見るような、

遠い目だった。


感情は分からない。


まるで、

遠い出来事のような声だった。


レイは、

その発話を記録する。


【発話内容:娘】

【喪失推定】

【補足語句:世界に奪われた】


分類候補。


死亡。

回収。

離別。

役割移行。

該当なし。


レイは、

少しだけ処理を止めた。


世界に奪われる。


その表現は、

記録上のどこにも分類されなかった。


博士

「今日は、

月が綺麗だ」


「そう思うだろう?」


外では、

風が木々を揺らしている。


満月の光が、

簡易テーブルの端を白く照らしていた。


レイは、

空を見上げる。


月。


天体。


地球の衛星。


満ち欠け周期。


潮汐。


夜間照度。


観測情報は、

即時に並ぶ。


だが。


そのどれも、

博士の問いへの返答にはならなかった。


レイ

「綺麗、という評価は、

個体の主観反応です」


博士

「うん」


レイ

「現在の私は、

その評価を確定できません」


助手が、

少しだけ笑った。


博士は、

笑わなかった。


博士

「じゃあ、

見ておきなさい」


レイ

「観測、ですか」


博士

「いいえ」


「見るの」


レイは、

満月を見る。


観測ではなく、

見る。


処理分類。


不明。


満月の光が、

白く視界に入る。


任務に必要な情報ではない。


危険因子ではない。


保護対象でもない。


削除しても、

任務に支障はない。


けれど。


端末内に残した未処理通知が、

内部参照に浮かぶ。



【送信者:ANIKA】


【本文:月、見える?】



同一時刻、

別地点における月面視認可能性。


計算開始。


結果。


視認可能。


沈黙。


レイは、

もう一度だけ満月を見た。


同じ光を、

アニカが見ている可能性がある。


それは、

任務に必要な情報ではなかった。


けれど。


削除する理由も、

見つからなかった。


満月は、

白く、

静かに光っていた。


記録終了。





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