新生活の到来
照りつける日差しの強さが増していく六月上旬。
学園島は海洋に囲まれた立地ではあるものの、上昇する気温は容赦なくコンクリートジャングルの熱気を助長させている。
異世界から来た魔法使いの面々が“二ホンって国の夏季クソ暑いな!? こんなん死人が出るわっ!”と。
一定範囲内の環境を整える結界魔法、および展開する為の施設を急設したことで、学園島は比較的過ごしやすい空間となっている。
とはいえ、それも万能とは言えず。
年々凶悪になっていく紫外線を防ぎ切れず、肌が焼かれていくことに対策を練るなど。日夜改善に勤しむ者達の奮闘──などは学園島の運営と設備整備・点検を行う業者しか知らない。
加えて当人たちはあくまで過ごしやすい学園島づくりに尽力する=自分が楽できる場所づくりと数式が出来上がり、それが生きがいとなっていた。
故に周囲の反応など目もくれず、作業に没頭しているのだ。
涙ぐましくも利己的な努力。
把握せずとも恩恵を十全に受ける住民は、始まってしまった週初め……月曜日の憂鬱に顔を暗くしながら各々の仕事場へ向かっている。
陰鬱とした感情は社会人だけでなく、学園島の由来たるパフアの生徒にも適用されていた。
快活な男子、うら若き女子も。
地球人もネイバーも関係なく、これから始まる五日間の地獄へと重たい体を運ばせていた。
「ここがパフア……パンフレットでしか見てなかったけど、大きい!」
そんな中、希望と期待に胸を膨らませた人物が一人。
真新しい半袖の制服に身を包み、カバンを手に持った女子の名はシャリア。
初夏になろうとする今日この日、様々な障害と問題を乗り越えてパフアに編入する機会を勝ち取った者。
「学園島に数ある学術機関の中で一番大きいからねぇ。迷子にならないように気を付けるんだよぉ」
その傍にいたもう一人の女性。
登下校で利用する最寄りの魔導トラムの乗り方を教え、マギアブルの地図アプリなどの使い方を指導した。
シャリアの後見人である逆波マシロは得意げに胸を張り、緊張をほぐす為か茶化すように言ってのける。
「それじゃ、職員室まで行こっか」
「はい」
パフアの校舎を見上げるシャリアの背を押して。
マシロは立ち止まる自分達を追い越していく生徒を横目に、挨拶の為に職員室へ足を運ぶ。
「どうかウチの子をよろしくお願いします! シャリアちゃん、仕事が終わったら迎えに来るから! 何だったらアキト君たちを頼ってね!」
「一人だと心細いので……頼りにします」
シャリアのクラスとなる高等部魔法科一年の担任教師と顔合わせを済ませ、彼女を任せるように頭を下げてから。
自身も仕事場へ向かうべく職員室を後にし、残された教師とシャリアはクラスに向けて歩き出した。
道中、クラスの特色や生徒の人数など軽い概要を知り、ついに辿り着いた教室の前で心臓が早鐘を打つ。
先に入室した教師がホームルームを進めていき、そしてシャリアを招く。
ついにやってきた自己紹介。
ポラリスで何度も練習してきた成果は、見知らぬ人々……これから交流を深めていくクラスメイトの前で遺憾なく発揮された。
加えて当人の容姿──白髪で色白な肌が目立つせいか儚さを感じさせるが、数々のストレスからの解放。
総合病院からアスクレピアに移った入院生活。
心置きなく話せる友人や仲間の影響で、順当に年相応の体に成長したシャリアは美少女と称しても過言ではない。
現に、誰もがシャリアを見つめ、口々に感嘆の意を示している。
自己紹介の掴みは悪くない。クラスメイトの反応も上々。ほっと胸を撫で下ろすシャリアへ、教師は窓際の空いた席を指定する。
一歩、進むごとにクラスメイトの視線が突き刺さり、どこかこそばゆい感覚を抱きながらも、シャリアはカバンを机の脇に下げて席に着く。
そうして新たな一員を迎えたことで、ほんの少し、パフア全体が浮足立ったような空気を纏い始める。
いつもの日常にわずかばかりの新鮮さを足して、授業が開始した。
「ねえねえ! キミ、ネイバーなんでしょ? どこから来たの?」
「マギアブル持ってる? メッセージアプリ入れてるなら、クラスで共有してるグループに入りなよ。連絡事項とか伝えたいし」
「先生が言ってたけど、大変な経緯でパフアにやってきたんだよね?」
「まだ分からないことだらけだろうし、私達で力になれることがあったら全力で力を貸すよ! 頼ってね!」
「むしろ手取り足取り、豊満な体にみっちりと俺が教えて……」
『やめろクソ変態ッッ!!』
「ひょ、ひょえぇ……」
──なお、編入生の性というべきか。
数時間後、授業合間の休み時間で。
怒涛の勢いで向けられる質問の荒波にシャリアは揉まれていた。
◆◇◆◇◆
「昼休みに一度は様子見した方がいいかと思ってやって来たけど」
「ぴえぇ……!」
「ありゃ完全にキャパオーバーしてんな。無理もねぇわ」
昼休み直後、教室を出たアキトとリフェンス。
彼らはシャリアが上手くやっているかを確認するべく、魔法科の教室がある別棟に赴いていた。
弁当も持参し、お昼を食べながら詳細を聞こうかと考えていたが……廊下から覗く教室の中では、凄まじい人の団子が出来上がっていたのだ。
シャリアを中心とするそれは、人の声が届くとは思えず。
現に尽きぬ質問と追及、余計なことを口走る煩悩の塊な生徒の折檻など、様々な要因によって自由に動くことが出来ていない。
そして人と人の隙間から見えるシャリアは、疲労困憊のようだった。
「マギアブルのメッセージにも反応してねぇし、あんな感じだと当人も周りの連中も落ち着いて昼飯なんて食えやしねぇぜ。そのまま五時限目に突入しちまうぞ」
「マシロさんから学校生活に馴染めるよう頼まれてる。空いた時間で校舎の案内もしたい……仕方ない、割り込んで助けてくる」
「いっつも思うが、そこで誰かに頼らないで自分からシャリアを連れ出そうとするのすげぇな……」
目上の人物しかいない空間に平然と入り込む胆力。
度胸満点の口振りにリフェンスは素直な称賛を口にし、弁当箱を預けたアキトは一切臆することなく上級生の教室に足を踏み入れた。
遠巻きに野次馬していた生徒の内、何人かが初等部生徒がいることに首を傾げ、困惑するものの止める気配はなく。
周囲と比べて小柄なアキトはスルスルと間を縫って進み、慣れない対応で目を回しているシャリアの元へ到達。
「迎えに来たよ、シャリア」
「へ……あれ、アキト君!?」
呆けた表情で固まっていた彼女はアキトに声を掛けられ、意識を取り戻す。
「昼休みだから弁当を食べようと思って誘いに来たんだ。リフェンスも廊下で待ってるから一緒に行こう」
「あっ、うん。分かった」
周りの生徒達がアキトの登場に動揺している内に、シャリアは自身のカバンから弁当箱を取り出した。
そうして集まってくれた同級生たちへ申し訳なさそうに頭を下げながら、アキトの後をついていく。
一人であれば逃げているように見えただろう。しかし、パフアにおいて身に纏う雰囲気と見た目から、初等部に限らず隠れファンの多いアキトが先導しているのだ。
そんな彼が編入生であるシャリアと親しく会話する……別の問題が発生しそうなものだが、これまた二人を出迎えるリフェンスの存在が帳消しにする。
アキトと同じく初等部の彼だが、中身は一二〇歳の大人エルフ族。
やれ綺麗な女子生徒をナンパしていた、やれ美人教諭にセクハラをしていた、やれ偶然を装って体に触れようとしたら返り討ちにあった、など。溢れんばかりの下世話なネタが尽きない。
総じて職員会議においても“どうしようもない男”と称されるリフェンスと、交流を深めているのがアキトである。
同時にリフェンスがエッチでスケベで下品なのに変わりは無いが、思慮深く気遣う心根を持つ、と。
アキトと行動を共にすることで、ひけらかすでもなく自然と見せつけてきた成果として──パフア内における彼の悪名は鳴りを潜めていた。
しかし根付いた印象は決して拭えず。
男子からは羨望と憧憬、女子からは嫌悪と忌避。向けられる感情のせめぎあいから、体の良い人除けの置き物として最高峰の性能を持つ。
故にアキトと行動していようが、何を言い出すか分からないリフェンスが付いて回る為、下手に接近することが出来ないのだ。
たとえ現段階で話題の頂点に立つ編入生シャリアが傍にいても、その認識が変わることはない。
「リフェンス、連れてきたよ」
「手間を取らせてごめんなさい。なんとなく聞き覚えのある声がしてるとは思ってたんだけど、壁がすごくて抜け出せなくて……」
「一時の有名税ってやつだ。少ししたら落ち着くだろうよ。とりあえず昼メシ食い損ねるなんてもったいねぇし、人気の無い場所で食うとするか」
「ちょっと歩いた所に超力棟って場所がある。そこの近くで柊部長が場所を取って待ってるんだ」
「ちょうりきとう、って聞いたことがあるような……?」
「その辺りも含めて、食いながら話してやるよ」
ポラリスの外で見知った者と会えた安心感からか。
シャリアは緊張することなく会話しながら、二人と共に教室を離れていく。
変に肩肘を張っていない自然体の口調と柔らかな表情を垣間見て、心臓を撃ち抜かれた者がいるなど露とも知らず。
目的地たる超力棟へ向かうのだった。




