必要な結束
緑川ヤナセがヴィニアに遺したビデオレター。
世界中にゲートやインベーダーが発生し、対処に翻弄された黎明期から、人類に多大なる貢献をもたらした天才であるが故の先見の明。
実弟である本郷タカシへの伝言も兼ねた映像データを見終えて。
二人はリビングのテーブルで座り直し、打ち明けられた膨大な真実とこれからの行動について協議していた。
「……では、ネビュラスという組織にアキ君が目を付けられているのは事実なんですね? その、完成した実験体として」
「恐らくは、その可能性が非常に高い。加えて怪人化薬に適応した身体を持つとなれば、兄が言っていたようにアストライアが黙っていない。彼の正体が露見すれば上層部は強行手段を取って出かねないのだ。だからこそ、この案件は私とニューエイジのみで慎重に扱っていたが……」
「ヤナセ院長の言葉通りなら、なおさら迂闊に情報は出せませんね」
既に互いの腹の内──というより本郷博士に関してはアキトの調査という目的を、ヤナセによって暴露されたようなもの。
そして元より善性の心根を持つからこそ、同時に真実を知ったヴィニアに対して包み隠すことなくアストライアの内情を話した。
全ては、アキトを邪悪な者達の手から守る為に。
「ネビュラスが動かずに、他の組織を利用しているのは彼を捕縛する為、力を温存させているのかもしれない。現在でも怪人化薬はメリットに比例したデメリットも大きい諸刃の剣……安定化を目的として、彼の体質を利用する目論見を立てているはずだ」
「一人で行動させるのは、危険ですよね。わ、私が一緒に付いていれば、ネビュラスも手出ししにくいのでは?」
「それは難しいな。奴らは怪人化薬を大量に貯蔵し、構成員は躊躇いなく自身へ打ち込む。仮に数十体もの怪人に包囲されれば為す術はない。……最悪の場合はアキト君の生死を問わない恐れがあり、それは同行者にも適応される」
「っ! く、口封じとして、私も殺される、ってことですか……」
「怖がらせてすまない。だが、相手は長年に渡って学園島を蝕んでいる悪性の病原体だ。非道に手を染めるなど造作もない……」
現に、これまで出現した怪人の中には一般人を人質にする者がいた。
逃げ遅れてしまった不運な市民。老若男女、誰だろうと肉盾としてしまえば、アストライアは手出しが出来ない。そう考えての行動だったのだろう。
……直後に、フレスベルグのセンサーですら補足不可能な速度で、夜叉が怪人を強襲して人質を救助していたが。
容赦の欠片も無い行動を、作戦室にて確認していた映像を思い出しながら、本郷博士は肩を震わせるヴィニアを慰めた。
「そして不安を煽るようで申し訳ないが、ネビュラスはアストライアの統括人工知能と遜色ない存在が協力していると見られる。一時的にとはいえアストライアのサーバーに攻撃を仕掛け、行動不能に陥れるほどだ。学園島全体の監視カメラ、あるいは戸籍・住所情報からアキト君の所在を把握する……もしくは、既に手中へ収めているやもしれん」
「そんな……! いったい、どうすれば……」
「だが、そこまでの人工知能であれば居場所はもう割られていると見ていいはずだ。なのに、これといったアクションを起こしていない。……手出しできない理由があるのか、様子見に徹しているのか定かではないが」
本郷博士の懸念、その実態はアキトと行動を共にするリクにあった。
彼女も技術的特異点を越え、魔法の行使や実体化すら可能とする、ヤシャリクに宿りし特殊な人工知能。
アストライアのロゴス、ネビュラスのミュトスを凌駕する演算機能を備えており、周辺機器に対する改竄行為などお手の物。
日頃からネビュラスが尻尾を出さないかと周辺機器へ積極的に情報収集を行い、立つ鳥跡を濁さずといった様子で証拠を残さない。
なまじシステム面においても頼りとなるマシロと協力することもあり、ついでとばかりに仕組んだ攻性プログラムの影響。
クラッキングに対して自動発動し、出所の解析と追跡まで熟そうとするせいで、居場所を探られないように防御するので手一杯。
故に、アキトの周辺を探るのが困難となっているのだ。
その事実を知らない本郷博士とヴィニアは互いに首を傾げる。
奇しくも同居している住民の手で、身の安全が保障されているとは露とも知らず、しかしこれを良い機会だと考えた。
「いずれにせよ、動いていないのならチャンスだ」
本郷博士は自身のマギアブルを操作し、テーブルに置く。
液晶から投射されたホログラムには、三人分の人物データが載っていた。
それは自身が指揮官兼責任者として率いる戦闘部隊“ニューエイジ”の如月マヨイ、門倉リン、エイシャのものだ。
「この方たちは、どこかで見覚えが……?」
「少しばかり顔合わせをしたことがあったかな? 彼女達は普段、パフア校に実習生として籍を置いている。しかし、その正体はニューエイジ……学園島の守護、ゲート被害の対処に当たる戦闘部隊だ」
「えっ!? どうしてパフアに三人が……?」
「パフア側に協力を取り付けて内部調査をしている。さすがにその詳細を君へ明かす訳にはいかないが……彼女達はアストライアの中でもかなり優秀だ。業務に当たる際、アキト君の身辺警護に回すことが出来る。無論、当人やネビュラスに怪しまれない程度とはなるが……」
「少なくとも不測の事態が起きた際、即座に行動できる、と」
さすがに夜叉関連の情報は控えておきたいと考える本郷博士。
アストライア側の事情があるのだと理解し、そんな中でも身内の為に策を練ってくれていることに恩義を感じ、ヴィニアは納得する。
「アキト君を囮とするように聞こえてしまうが、仮に狙って襲撃を仕掛けてきたとして返り討ちにするだけの力量はある。そこからネビュラスの根城を暴き、取り押さえてしまえば……彼の身の安全は保証されるだろう」
「それは……確かに、助かります」
「そして私が彼についてまとめた紙媒体の資料やデータ類は、アストライアの本部へ戻った際に全て廃棄し消去する。もはや彼の正体自体がトップシークレット……無闇にひけらかすのも、保持するのも危険を増やすだけだ」
「ですね。教えるとしてもニューエイジのお三方くらいで、私もアキ君にバレないようにしないと……」
互いの距離感と立場から編み出した妥協案。
アキトやニューエイジの与り知らぬところで、着実に護衛計画の概要が形成されていく。
アフターケアも十全なやり取りを終え、両者ともにふと息を吐いた。
「これから先、ネビュラスとの抗争がどうなるかは予測できない。しかし出来る限りの手は尽くさせてもらう。ヤナセから言われたから、ではなく……私自身の矜持として、ネビュラスをのさばらせる訳にはいかん」
「私も、微力ながら協力します。アキ君はたった一人の家族なんです……あんな、訳の分からないことをする集団に、いいようにされてたまるものですか」
民間人ながらも気概を見せるヴィニアに本郷博士は頷く。
図らずとも、天宮司アキトという個人によって結ばれた関係性。緑川ヤナセの嫌疑は晴れ、強まったネビュラスへの敵意を胸に。
確固たる決意を抱く両者は、午後二時を告げる鐘の音と同時に椅子から腰を上げて──がちゃり、と。
玄関から響くドアノブの音、次いで聞こえる“ただいま”の声。
件のアキトが、ポラリスでの用事を終えて帰ってきたのだと即座に理解し、ぎょっとした目で顔を見合わせて。
急いで居住まいを正し、数秒でカバーストーリーを考案。
冷や汗を垂らしつつ、アキトがリビングに入ってくるまでの数秒を待った。




