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秘められた過去《後編》

「怪人化薬に適応した……!? あの子が!?」

「アキ君が、実験体? 改造人間……?」


 告げられた衝撃的な真実。

 アキトの知らない、壮絶な過去。

 理解の及ばぬ情報の洪水に、本郷博士とヴィニアは困惑する。

 付き合いの長さによって感じる衝撃はそれぞれだが、共通して物分かりの良い真っ当な子ども、という認識を持っていた二人にとっては強烈なもの。

 それを噛み砕くまで待つことなく、映像は続く。


『救助されたアキトは生存こそしていたが意識は混濁し、加えて無茶な人体実験の影響で廃人寸前。自身の名前も覚えておらず、受け答えが出来ないまま、事故現場から運び出そうとした』

「ちょっと待て、ならば彼の名前は……」

『その時、救助対応に当たったメンバーが呼び掛ける際の名前が無ければ不便だと、培養槽の番号から“アキト”と当て字で名付けた。……皮肉にも、早々に名付けたそれがアキトの意識や精神を保たせ、今に至るまで健勝なままでいられるんだろう』


 生まれて初めて与えられた名前。

 被検体番号などではない、れっきとした自己の確立。

 何もなかった孤児に与えられた、初めての贈り物であった。


『だが、運命は残酷なものだ。救助を終えて学園島に戻ろうとした直後──近隣でゲートが発生。溢れ出てきたインベーダーによって救助メンバーも襲撃を受け、かろうじてアキトを残して全滅。ゲート災害はなんとか収束したが……オレは彼らへ報いる為にも手を回し、アキトを学園島の病院へ搬送させ、退院後は孤児院で面倒をみることにした。救助メンバーの一人から、天宮司という名字を付けてな』

「そういう、ことだったの……」

「なんという……」


 本郷博士は調査してきた内容。

 真相不明の、不自然な流れや情報工作の違和感を補完し、時に合致させる発言に言葉が出なかった。


『アキトを孤児院に迎え入れてから身体検査をしたよ、念入りにな。……病院の診断書なんかも盗み見て、結論として……アキトはれっきとした人間だと判明。内臓や感覚機能に多種多様なインベーダーの細胞が移植され、適応し、変異した箇所こそあれど見た目に変化は無かった。人間という種として形こそが、アキトにとって最善の姿だったんだ』


 変異の痕跡こそされど、一般の医師には判別できない。生体研究に精通したヤナセだからこそ気づけた。

 アキトの肉体は最早インベーダーと同等といっても過言ではない。かといって、怪人化薬における身体的な変化や能力の受け継ぎは見られず、わずかに身体能力が上昇するといったメリットしか見られなかった。

 同時に細胞の老化による寿命減少といったデメリットを有していない。


「怪人としての素養がありながら、怪人でない者。人であって人でない、とでも言うのか……」

『救助されるまで培養槽に入っていたこともあってか、退院直後は細胞が馴染み切っておらず、健常な子どもと大差はなかった。だが、次第に年不相応な行動を取り始めた』


 周囲の人間をつぶさに観察し、口調や仕草、動作を真似する。

 まともに言葉を介さなかった翌日、流暢に大人染みた会話が可能に。

 教えてないはずの日本語を読み、あまつさえ異世界語さえ話すように。


『知識の吸収や収集に自分から率先して動くほど貪欲。かといって必要でないことはやらず、必要なことはすぐにこなす。感覚の機微に疎く、共感性に欠いた部分もあった……まるで機械だ。ネビュラスは恐らく、アキトのような子どもを組織に忠実な私兵として育成するつもりだったんだろう』

「酷い……」

『当然の話だが、アキトが孤児院に入った後もネビュラスは秘密裏に動いてる。何といっても奴らが悲願とする“人類の進化”に一番近いんだ、血眼になって捜索してるぜ。……おかげで馬脚を現す機会が増えて、アストライアが取っちめてるみてぇだが』

「確かに……同時期に多発した事件の関係者が、後にネビュラスの構成員だったと判明したことがある」


 当時は現在ほどの完成度を誇る怪人化薬が精製できておらず。アキトの身に現れた結果は偶発的で奇跡的なもの。

 彼を詳しく精査すればネビュラスの本懐に近づける。故に多少のリスクに目を瞑っても捜索に当たっていたと、そう推測できた。


『このまま上手く学園島の膿を吸い出してほしい、ってのが本音だな。アライアンスから身を引いて、独立して動けるのは相手の裏を掻けるし、後先考える必要が無くて楽だ。自由に資金繰りできて人員も動かせるが……いざって時に協力関係を取れねぇのが欠点だな。ただでさえ、色々と事故だったり別の案件に絡めて誤魔化してる……異世界関連法に触れないギリギリのラインを攻めてるし』

「それをビデオレターとはいえ口に出すな……!」

『んでま、この調子でいけばアキトだけじゃなく他の子らも順調に成長していくだろう。ネビュラスにバレたり、ゲートの発生に巻き込まれたりしなければ、な』


 画面の奥でヤナセは冷静に、自身の置かれた状況を分析する。

 ネビュラスの脅威に学園島の偏向装置によるゲートは、あまねく人類を脅かす。文明も人身も蝕み、終わりを予期することはできない。

 ヤナセに協力した面々や、ネビュラスの構成員、実験体となった者達が総じて全滅したように。


 いかなる代償を払ったとて、いかなる褒賞を与えても慰めにならない。

 犠牲に生じる自己嫌悪の代償行為……広げた風呂敷を畳むのは、出来る限り自分の手でやるべきなのだ。

 それでも、不運や不幸は突然に訪れる。回避しようがない。


 明日か、明後日か。

 はたまた半年後か、一年後か。

 いずれやってくる、逃れることのできない未来。

 残された者達が迷わぬように、不測の保険として残したビデオレターの中で、ヤナセはため息を吐く。


『近々独り立ちする最年長の子だっている。寄付してた頃からの子どもがまあ大きくなって……ああ、このデータは念のためその子に、ヴィニアに預けておくぜ。なんてったって世界的な“アリシュタ”に就職するんだ。出張が多いって聞くし、孤児院に何かあっても巻き込まれるこたぁねぇだろ』

「院長……」

『あー、でも彼氏の紹介とかで意地の悪いお父さん役とかやりてぇなぁ~。ヴィニアの回りは男っ気ないんだよなぁ~、ウェディングドレス姿とか見たかったけど……せめて嫁ぎ遅れないことを祈っておくか』

「余計な、お世話です……!」

「待ちたまえヴィニア君!? 待ちたまえ!」


 言うに事を欠いて、未だ改善できていない交流面での秘事を暴露され、ヴィニアは細腕を振り上げる。

 女性といえど獣人・牛族のネイバー。彼女の一挙手一投足は脅威である。

 顔を真っ赤にして拳を握り締めるヴィニアに対し、本郷博士は身を盾にしてノートパソコンの前に立った。


『まあ、あくまで仮定の話だ。無理をし過ぎて遺す物なんて何もないが、せめて健勝でいられることを願ってるよ。そして何より──恐らく生き残っちまうアキトを、よろしく頼むわ』


 茶化すような言い様から、居住まいを正して。


『あの子は何も知らない。知ることなく、背負いたくもない業を身に宿しちまっただけの子どもだ。翻弄され、使い潰され、消費されるなんてごめんだ。多くを学び、多くを経験して、自分らしさを作っていく……そこに立ち会えない悔しさはあるが、そうやって生きていてほしいんだ』


 ヤナセは自身の死期を悟ったような口ぶりで。


『一応、ネビュラスが勘づかないように身体検査のデータは削除した。病院にも孤児院にも……あるとすればオレの頭ん中だ。可能な限り繋がる要素は排除して、普通の生活を送れるようにするが……時間の問題だろう』


 その時は。


『タカシ、お前が守ってやりな』


 画面の向こうからヤナセが指を差す。

 その向きは、不思議と本郷博士に向けられているように感じる。


『大々的にでも粛々とでもいい。アキトがアキトらしくいられるように手を貸してやれ。その一点だけに限れば、ヴィニアだって協力してくれるはずさ』

「兄貴……」

『ただし! 改造人間であることはアライアンスの連中に気づかれないようにしろ! 秩序寄りの顔してるだけのジェネリックネビュラスみてぇな連中だからな、身柄を捕らえたら即座に解剖へ移るだろうぜ!』

「そうなんですか?」

「あ、ああ。恥部を晒すようで心苦しいが、大体合っている」


 解剖という物騒な単語を耳にして。

 真顔のまま首を曲げて問うヴィニアに本郷博士は答えた。アストライアは良識にまみれた者が多く、しかして全体的に見れば奇人・変人の集まりとも言える。

 仮にアキトの正体が露見し、詳細を暴くべく上層部がGOサインを出せば、一切の躊躇いなくメスを手に取るだろう。


『さて、言いたいことはこれで全部かね。タカシが追及してる謎や疑問の解消に繋がればいいんだが……後は上手いことやるだろ』


 再生時間が終わりに近づき、ヤナセは口の端を吊り上げる。


『いいか? お前はオレの弟だ。たまーに比較してきて、劣等感を抱かせようとする連中がいたりもするが、んなもん知ったこっちゃねぇ。お前がオレに出来ねぇことも、オレがお前に出来ねぇこともやれない奴らの言葉なんざ気にすんな!』

「……!」

『お前のやりたいようにやって、守りたいもんを守れ! 頑張れよ!』


 快活な笑みでサムズアップし、次いで身を乗り出した所で映像が停止。

 今は亡き者が遺した言葉。その意味を、理由をしかと受け止めて。

 本郷博士とヴィニアは互いに顔を見合わせた。

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