仕組まれた邂逅
「どうぞ。粗茶ですが……」
「いえ、ありがたくいただきます」
身分証明を済ませた本郷博士は、ヴィニアによって招き入れられたリビングで、彼女と向かい合って相対していた。
されど会話は続かず、昼下がりのまどろみに似つかわしくない、重苦しい空気が両者の間に漂っていた。
それもそのはず、緑川ヤナセは互いの根幹に深く根付く存在である。
片や今は無き孤児院の大恩ある院長という立場として。
片や急に関わりが薄れたとて血の繋がった家族として。
いずれ知らなくてはならない、けれども触れてはならない不可侵領域。そこに本郷博士は斬り込んでいったのだ。
しかし初対面であるのは変わらず。
何を言い出せばよいか迷うヴィニアの尾は力無く垂れていた。
「まず、初めに」
しかし、いつまでも黙したままでは進展が得られない。
口火を切ったのは本郷博士だった。
「過去、君たち家族の身に起きた事象を知ったのはつい最近なんだ。偶然にも君の弟……天宮司アキト君と出会ってね、その線でようやく知ったんだ。ヤナセの、兄の死を」
「そう、だったんですか」
「元々放浪癖のある人で、突拍子の無いことを仕出かしては私を巻き込んで、それはもう大変な目に遭ってきた。尻拭いをしてきた経験など、両手の指で収まらないほどだ。反発できればよかったんだが、人の良さもあって……嫌いになれないくらいには、受け入れていた」
反応の鈍いヴィニアを前に、本郷博士は思いの丈を語る。
「だからこそ何年か前に全権を私に預け、姿を消した時も兄はいつか戻ってくる。ひょっこりと突然に、憎らしく気軽なまでに。そう信じていた……だが」
言葉を区切り、アキトと交わした言葉から、探った情報を思い出す。
「兄は自身の孤児院ごとインベーダーの急襲に遭い、亡くなってしまった。当時のニュースを見ていたにも関わらず、後日に鎮魂式典で弔った被害者の中に名前が並んでいたのに。私は気づけず、のうのうと生きて……ここにいる」
緑川孤児院の設立は本郷博士の前から姿を消したと同時期。既にその時から、ヤナセはアライアンスに戻るつもりがなかったのだと、容易に想像できる。
仮説として立てている、ネビュラスとの繋がり。怪人化薬の元となった【超人計画】の発案と棄却、そしてヤナセの出奔には大きなタイムラグが存在している。仮にヤナセが関与しているとしても、それをヴィニアが知っているかは分からない。
天宮司アキトがネビュラスに目を付けられている事実。健康診断書に残された最高傑作の意味……マイナス方面への予想は嫌というほど思い浮かぶ。されどヴィニアとの問答で核心に辿り着けるとしたら、その時は──
「君達の苦労を推し測ることなど、私には出来ない。兄の死に目に何も出来ず、残された者がどうなったかも気に留めず……現に、こうして遅れながら顔を出した次第だ」
思考と心中を埋め尽くす罪悪感と探求のせめぎ合い。
倫理と道徳を問われる強引な来訪に加え、ずけずけと他者の境遇に土足で踏み込んでいく所業。
到底、許されるようなことではない。
だが、それでも、知らなくてはならないのだ。
「いかなる罵詈や暴言をぶつけてもらって構わない。許してくれ、なんて口が裂けても言える訳が無い。君達が一番、助けを欲している時に私は動けなかった……感傷にも近しい、独り善がりの情けない謝罪になるが……すまなかった」
打算的でなく本心からの言葉を告げて、本郷博士は深く頭を下げた。
受け入れられるはずがない。唐突に姿を見せ、世話になった人物の身内を名乗り、物的証拠を見せて納得を得ても。
何もかもの対処が遅れた本郷博士に対して、侮蔑と憎悪を抱いてもおかしくないのだから。
「……顔を上げてください」
真摯な対応を取った本郷博士に対して。
沈黙を保っていたヴィニアは、揺らしていた尾を脱力させた。
「確かに突然の来訪に加えて、ヤナセ院長の弟さんというのは驚きました。ですが、起きてしまったことは既に取り返しがつかない。だからって、その責任を貴方に押し付けて怒るのは違う。……私達は既に心の整理を付けて、自立して不自由なく生活を送っていますから、」
「……そうだな、とても立派だと思う。ヴィニア君も、特に天宮司君はかなり聡明な印象を受けた。あれだけ利口な子どもは見たことがない」
「私が何かしたって訳じゃないですよ。知っていると思いますが、事故の影響からあの子は周りの人を観察する癖があって。周りに馴染むより、一歩手前から見届けるような立ち位置を取り始めて……」
「そういった経緯で、大人びた雰囲気を纏っているのか……」
自然と目標の一つである天宮司アキトの話題へ移行しながら。
本郷博士は怪しまれない程度に話を進めていく。
「その、アキト君についてなんだが……兄はどうやって自身の孤児院へ招いたんだ? 度々、兄が施設経営を夢見て隠居したいなどとぼやいていたのは知っていたが、調べてみたら時期的に出奔してすぐのようで。中々に行動が早いな、と……」
「私もあまり詳しくは……元々は別の名称だった孤児院に寄付していて、引退した経営者の代わりに業務を引き継いだ形になったはずです。その最初期にアキ君の事故があって学園島へ搬送されて、聞きつけた院長が預かると言い出した、だったかと」
「……わざわざ、そんなことを?」
「はい。アキ君もまた、ゲート災害に巻き込まれた一人。そういった子達を率先して保護するようにしていましたから。ただ……」
「ただ?」
考え込むように腕を組み、思い出す素振りを見せてから。
ヴィニアはハッと目を見開き、手を叩く。
「事あるごとに“この子だけは守らなくては”……味覚の弱いアキ君の為に料理を作っている時、そんな風、に、呟いていたと──そうだ。そうだよ、どうして忘れてたんだろう……!」
言葉を発するごとに、過去の記憶が鮮明になっていくのか。
ヴィニアは頭を抱え、慌てた様子で席を立つ。
「ど、どうしたんだ?」
「私、ヤナセ院長から渡されたUSBがあるんです。孤児院から独立して生活する時に“いつかオレのことを尋ねてくる奴がいたら、そいつがオレの身内なら見せてほしい”って。ちょっと待ってくださいね!」
パタパタとスリッパを鳴らして自室へ戻っていくヴィニアを見送り、本郷博士は呆けたように口を開く。
見せてほしいものとは、なんだ? まるで自分がヤナセについて調査することを予見しているような言い方だ。
やるかやらないかで言えば、自身より遥かに天才的な頭脳を持つヤナセなら絶対にやる。そんな確信が本郷博士の心中に湧いた。
故に、それがいかなる幸不幸をもたらすかは別として、未だ明瞭でないあらゆる謎を解明できるのかもしれない、と。希望を抱くには十分だった。
待つこと数分。
私物のノートパソコン──所々傷が付いたそれは、インベーダーの強襲で崩壊した孤児院から回収された遺品の一つ。
無くなった者達を忘れたくないから。そんな無理を言って手元に置き、大事に扱っている物とUSBを持って、ヴィニアはリビングに戻ってきた。
早々に画面を立ち上げ、本郷博士と緊張した面持ちのまま顔を見合わせて、頷いてからUSBを差し込む。
画面に表示されるのはシンプルなフォルダ。
そしてタイトルの無い、たった一本の映像データが自動で再生される。
『──あー、あー……ちゃんと撮れてるな? よしよし……ウェブカメラなんぞ普段使いしないからなぁ。仕事以外で見たくもねぇし』
背景に屋内の壁を写し、その中心に居座る人物。
流れる声はかつて耳にしたことのある、荒くもどこか優しい懐かしき声。そして記憶の中にある特徴と合致した姿は、紛れもなく緑川ヤナセ本人だった。
ヴィニアと本郷博士は息を呑み、心臓の鼓動が早まる感覚に襲われる──しかし映像のヤナセに郷愁の念が届くはずもなく。
『さて、これを見てるってことは、オレの自慢の弟がようやくヴィニアを探し当て、出会ったってことだろう。悲しいことに、その時はオレも既に死んでいるはずだ』
されど、次いで告げられる言葉に二人の思考が白む。
まるで自分の死を予見し、確定しているような言い様のままに。
『まっ、そうなるように色々と秘匿した上で行き着くまでノーヒントな分、頑張ったと褒めてやる。そんで、これからお前が知りたがってることを全部、教えてやるよ。【超人計画】を発端とした諸々。オレがなんでアライアンスから身を引いたか。何よりアイツ──天宮司アキトが何者であるかを、な……』
全てを見透かしたような口ぶりで、ヤナセは真剣な眼差しを向けた。




