這い寄る探究者
「ふんふふーん……」
学園島にいくつか存在する居住区画。
パフアが管理する学生寮や民家が立ち並ぶ地区には、アキトとリクが住まいとしているマンションがあった。
その中層階、五〇五号室とプレートが掛けられた一室で。
服飾デザイナーとして働く牛族のネイバー、アキトの義姉であるヴィニアは、労働の後にやってきた休日を満喫していた。
鼻歌混じりに家事を済ませ、天日干し中の布団を横目にリビングへ移動。
細くしなる尾を椅子の隙間から出して揺らし、側頭部から伸びる湾曲した角を片手で弄りながら。
自身がデザインを手がけた衣装やドレスを身に纏うモデル、女優の特集が載った雑誌をめくっていく。
「あっ、プリシラさんのもある……“良い仕事をしてくれる人と出会えた”か。ふふっ、気に入ってくれてるみたいで良かった」
地球、異世界問わずして認知度の高いデザイナー会社“アリシュタ”。
ヴィニアが所属し、本人の人柄や実力が功を奏した結果、稼ぎ頭として注目される彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
「私は偶にだけど、アキ君はプリシラさんの曲をよく聞くようになったし。それだけ気に入られる世界的スターって、やっぱりすごいんだなぁ」
アキトが籍を置くクラスの担任教師、ネイバーのイリーナ。
彼がプリシラの曲をヘビロテするようになったのは、異世界時代からの熱心なファンである彼女の薦めがあったからこそ。
故に、アキトの自室で埃をかぶっていた再生機器はその役目を取り戻し、今を生きる彼の活力へと変換されていた。
「そういえば、今日はポラリスで用事があるって言ってたな。マシロが後見人になる子が来る、とか。その手伝いついでに、野菜も収穫してくるとか。家計には助かるけど、そんな頻繁に採れるものかな……?」
彼女は未だ、ポラリスの全容を知らない。
当然、夜叉陣営のアジトとして機能していることも、ポラリスの中庭に存在する超速促成の畑も、アキトが助けたシャリアのこと。
マシロが自身と同じ立場になるという話は、相談という形で知っていた。
しかしシャリアと交流した機会の少ないヴィニアにとっては、仕方のない話だが、そこまで思い入れがある訳ではない。
後日、マシロによって顔を合わせる場が用意されるとしても、その内情や詳細を知るのは遅れてしまうだろう。
そこはかとなく夜叉としてのアキト、家族としてのアキト。
ヴィニアは知らずの内に、両方へ確かな壁という疎外感を抱いていた。
「まっ、いっか。今日は何を作ってあげようかな?」
されど、その程度でアキトへ不審を募らせるほど疑い深い訳ではない。
元よりアキトは突発的とはいえ、自分の判断で行動を起こすことが多い。
特に顕著なのは、行き場の無い人工知能たるリクを家に連れてきて、一緒に住めないかと願ってきたり。
クラスメイトと会話こそすれど、過度に仲良くなろうとはせず。そんな折にエルフ族の友人としてリフェンスを連れてきて、彼を経由して様々な遊びを興じるようになったり。
そして今ではマシロに気に入られ、バイクやガジェットなどの機械的な話に加え、彼女が所有する店舗の手伝いを率先して行うなど。
内向的な面が多く見られるアキトと暮らし始めて早五年。
来訪した喜ばしい情緒の変化に、ヴィニアはとても感謝していた。
どうせマシロのことだ、お昼はポラリスで食べて行けと言うだろう。
ならば今日の夕飯はどうしようか、と。アキトが帰ってきた後の話を考えながら、自身の昼食も手早く済ませて。
読みかけの本に手をつけ、午睡の誘惑に首が船を漕ぐ……そんな時。
──ピンポーン。
マンションのインターホンが鳴り響く。
はて、誰が来たのだろうか? 今日は来客の予定が無ければ配送物を頼んだ覚えも無い、とヴィニアは首を傾げる。
そうしている内にもう一度インターホンが鳴る。
「はーい、いま出ます!」
ハッとしたしたように立ち上がり、早歩きで玄関へ。
兎にも角にも待たせてはならない。そんな気持ちがヴィニアを急かす。
鍵を開け、チェーンロックを外し、ガチャリとドアノブを捻った先に。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「突然の来訪となってしまい、申し訳ない。私はこういう者です」
白衣を身に纏い、肩からカバンを提げる壮年の男性。
目元に不健康そうな隈が出来ている彼は、胸元から身分証を取り出す。
「アストライア武装開発部特別主任……?」
「お聴きした事があるならば幸いですが、昨今の学園島を守護する戦闘部隊“ニューエイジ”の指揮官も務めている──本郷タカシと言います」
「え!? そんな方が、どうして……」
「仕事として、というよりは私情も込み入った話になりますが」
物々しい肩書と打ち明けられた身分にヴィニアが驚愕する中。
本郷タカシは身分証を仕舞い、次いで別の書類を手に取った。
「私の母方の旧姓は緑川。過去に孤児院を経営していた院長、緑川ヤナセの実弟であり、遅ればせながらに訃報を知り……関係者である貴女にご挨拶を、と」
「……!」
血縁証明書を提示し、家族としての繋がりを見せつけて。
本郷博士は天宮司アキトの情報を得るべく、自ら足を運び、義姉であるヴィニアに接触したのだった。




