本郷博士の決心
本郷博士の尽力によって自己判断でフレスベルグの“装身”が可能となったニューエイジの三人。
彼女達は、その権限を以てゲート災害に対応。
目立った被害なく──総合公園という施設を若干損傷させたが──特位インベーダー“ラプト”の討伐に成功した。
公園の利用者、パフアの全校生徒がいる中での快挙。
アストライアに籍を置く全員がその結果に安堵し、胸を撫で下ろした。
……だが、一連の流れに納得していない人物が一人いる。
エイシャだ。彼女は逃げ遅れた生徒を守る為に“ラプト”を引き付けた。
武器があれば単独でも、それこそフレスベルグが無くとも相手取れる。しかしパフアの教育実習生でありニューエイジな彼女の素性が、周囲にバレる訳にはいかなかった。
故に生身で応戦していた所に、忍者に酷似したスタイルの夜叉が出現。
遅れながらに自身も戦闘へ参加。協力して討伐した……が、その後の夜叉が取った行動に、彼女は不満が爆発していた
「まったく! ふざけたマネをしてくれたな、忍者め……!」
「まあ、忍者が汚いことするってのは想像通りでもあるけどね~」
「実際にやられたら堪ったものではありませんよ……」
夜叉陣営がポラリスで歓談に耽る中。
混乱する生徒の誘導や保護者への連絡。負傷者の確認などパフアでの業務、引き継ぎ作業を終えて、アストライアの本部に戻ってきたニューエイジ。
専用の執務室で報告書の作成に勤しんでいたが、忍者に行った所業。
かんしゃく閃光玉なる奇怪な道具によって、行動不能に陥った記憶が沸々と怒りへ転換され、エイシャは頭を抱えて机に突っ伏す。
「あんな子供騙しのような、小さい道具で! あの場にいた全員が動けなくなったんだぞ!? 下手をすれば、空中に展開された部隊だって無事では済まなかったのだ! 危険すぎる!」
「地上部隊は全員モロに喰らったせいで、まともに動けなかったけど、空中はそうでもなかったみたいだよ?」
「指向性と効果範囲を設定した目眩ましの魔道具、でしょうね」
副次的な被害をもたらしかねなかった忍者のかんしゃく閃光玉。
間近で直撃したエイシャは当然として、マヨイとリンも現場へ急行する最中に直視してしまった。
しかし強力な閃光に比べて数秒と経たず視界は元通りに。
大して尾を引くような障害を残さない調整が成されている、と。アストライアの解析犯から報告された内容に、マヨイは理解を示していた。
「他のスタイルに比べて、暗器や小道具を多用するのが忍者のスタイルなのでしょう。故に小柄ですし、目に見えて分かりやすい脅威が少なく、油断を誘いやすいのだと思います」
「ああ、分かるな~。なんていうか、騎士とか魔法師よりごつくないから弱く見えちゃうんだよね。実際は恐ろしいほどに肉弾戦特化だけど」
「せめて言葉を交わす前に切り伏せておけば……だとしても忍者はどうにかして逃走していたか」
いいようにされた不甲斐なさに自責の念が消えないエイシャは、深く重いため息を吐いて、再び報告書に向き直った。
「激化していくネビュラスとの抗争。真鬼里組と傘下組織のエクセラ流布。予期せぬゲート災害の発生……やるべきことが、嫌になるほど山積みだ」
「未だに天宮司君の詳細も調べられてないからねぇ」
「私達だけでは人手が足りず、どうにも難しい問題ですから……」
「ロゴスに協力してもらっても限度はあるし~……」
アストライアの根幹に宿る情報集積人工知能、ロゴス。
技術的特異点を越えて個人となった彼女の処理能力でも、ニューエイジのみが抱える天宮司アキトの調査は難航していた。
ネビュラスの関係者と推測する志島カリヤが残した痕跡。最高傑作と称した天宮司アキトとの関係性は、まだ判明できていない。
付随する形で知った様々な事実の衝撃もあり、進捗は芳しくないのだ。
三人揃って頭を悩ませ、報告書に不備が無いか確認し合っていた時。
執務室のドアが開き、頭を掻きながら入室する人物がいた。本郷博士だ。
「三人とも、ご苦労だった。エイシャ君、生身でインベーダーを相手していたようだが、体の調子はどうだ?」
「フレスベルグの生命維持機能とナノマシンで全快だ。医療班のお墨付きで拘束されることなく、無事に解放されたよ」
「本郷博士の方はどうだったの? 今回、初めてアタシらの判断で“装身”が可能になって、お偉いさんの反応は?」
「進言した時は苦渋の表情を浮かべていたが、作戦遂行の所要時間が大幅に削減されたんだ。被害の拡大が抑えられると大変気に入っていたよ……現金なものだ」
腹の底から、優柔不断な上層部の煮え切らない態度を忌々しそうにぼやき、執務室に置かれたコーヒーメーカーを操作。
設置したマグカップに熱々のエスプレッソが注がれる。
片手に持っていた書類をデスクに置いて、湯気の漂うそれを、本郷博士はゆっくりと口に含んだ。
「だが、パフア生徒や公園利用者の避難が完了していないからこそ、初動での“装身”は難しかったようだな。……フレスベルグの認識阻害能力を強化するべきか。あるいは待機状態でも稼働できるように調節しよう」
「助かります、博士」
マヨイは本郷博士に礼を伝え、三人分の報告書を一つにまとめる。
「ふぃーっ、終わったぁ。後は家に帰るだけだね~」
「我は少し、訓練室で体を動かしてからにする。あのような無様なマネを二度と晒さないようにな」
「人の感覚機能に直接訴えかけてくる道具の対処法なんて、ほんの少ししか考えられないと思いますが」
「……どうにかする!」
「エイシャって案外脳筋だよね」
仕事終わりの空気を醸し出しながら、リンは背筋を伸ばす。
マラソン大会に続いて直接の戦闘こそしてはいないものの、フレスベルグで活動した疲労は確かにある。
マヨイも彼女の意見に賛同しているようで、机の脇に掛けたバッグを持って、退勤の準備を始めようとしていた。
「すまない、少しだけ待ってくれないか」
今日の夕飯はどうしようか。
そんな思考に陥りかけたマヨイやリンの行動を、本郷博士が止める。
「どうかしましたか?」
「なに、これまで私達が抱えてきた数々の問題。その筆頭となりつつある天宮司アキト君について……いつまでも日和見でいるのはやめようと思ったんだ」
「ということは……」
思わせぶりな発言にエイシャが反応し、本郷博士は頷く。
マグカップとは反対の手を固く握り締めて、喪った己の身内にまつわる真実を解き明かす覚悟を表す。
いかなるものであっても向き合う意志を示す為に。
「天宮司アキト君、ひいては過去に所属していた孤児院の院長……緑川ヤナセに関して調べるべく、彼の家族に接触する」
デスクに置いた書類を一枚、手に取る。
学園島の戸籍情報──牛族のネイバー“ヴィニア”について記されたそれを、本郷博士は決意に満ちた瞳で見下ろした。




