暗躍の舞踏
忍者は腰に佩いた二振りの短刀。
名をオボロ・ウタカタとする武装を構え“ラプト”に急接近。
夜叉の基本武装“天翔”の発展形。体の各所に盛り込まれた加速装置“飛天”によって忍者は間合いに潜り込んだ。
対する“ラプト”も伊達に狩人と呼ばれている訳ではない。
自身の認識速度を遥かに超えた忍者へ、魔力を込めた弾丸を速射。
翼腕、胸元の羽毛を利用した自衛だ。しかして直後に忍者は察知し“ラプト”の肩に手を置いて、しなやかに体勢変更。
弾丸を地面に、頭と爪先を反転。
針の穴を通すように、わずかに空いた頭上へ天地をひっくり返す。
放たれ穿つ羽根の弾を回避した忍者は“飛天”の力場によって、オボロ・ウタカタを万全に振るう。
奇怪でありながら首元を狙う正確性。死神の刃は着実に迫る。
されど“ラプト”は硬質化した翼腕を盾として防ぐ。金属同士が接触するような快音に火花が生じ、続け様に別の翼腕を振り被る。
『近・中・遠距離、どれを取っても高水準か』
防がれた翼腕を押し返し、強引に“ラプト”の姿勢を崩して。
距離を離し、忍者は再び地に足を着け、地面に刺さる羽根を抜き取った。
『撃ち出した羽根は硬いまま……トラップにもなるな』
『自身の利点を上手く活用しておるのぅ。おまけに……』
冷静な分析に応えるリクとの会話の最中“ラプト”の姿が薄れていく。
周囲の景色へ同化し、影すらも消えて、行方を掴ませない。即座に忍者はバイザーの機能を切り替え、索敵するものの、サーモグラフィにすら探知されなかった。
『常軌を逸したカモフラージュ能力にステルス性能。ヤシャリクの索敵にも引っかからんと来たか。魔力を行使している以上、原理を解き明かすのは時間の無駄じゃし、厄介じゃのう……』
『大丈夫、対処法は既に分かってる』
『マジで?』
こういうの、馬鹿の一つ覚えって言うんだっけ、と。
看破した経験のある隠蔽能力を前に、忍者はスタイルによって拡張された五感の内、聴覚を鋭く尖らせる。
周辺のありとあらゆる音が集い、いかなる異音であろうとも逃さない。
草木が風に揺れ、反響していく環境音の中に。
──ひときわ異彩を放つ、あまりにも軽い足音。明確に、地面に作ってしまった羽根のまきびしへ接しないよう位置取りをしている。
『胴体はともかく、脚は頑強じゃないみたいだな』
忍者はオボロを納刀し、己の体に装着している暗器……手裏剣を手に取る。
十字に刃を持ち、返しすらついた凶悪な代物。一〇枚一組の束を手先で扇子の如く器用に広げ、流れるように。一息に“ラプト”が立つ位置へ向けて放り投げた。
風を切り、点ではなく面での制圧を目的とした投擲。
ヤシャリクのパワーアシストによって、拳銃よりも貫通力・衝撃力の増した破壊は、容易く“ラプト”を補足。
透明な体に接触した三枚の手裏剣が、二度目の鮮血を噴き出す。
『──!?!?』
『おお、当たった。やるのう、お主』
『前に見たからな。というか、クナイよりリーチが短いのによく刺さったな。もしかしてカモフラージュ中だと、脚どころか全身の防御力が下がるのか?』
『隠密性か攻撃性、どちらを取るかという話じゃな』
あるいはリクのように、存在すら希釈させるのであれば問題ない。しかし“ラプト”のカモフラージュ能力は、実体が確かにあるのだ。
いかに高性能な隠密能力であろうと、劣る部分が一つでもあるならば。
加えて、ヤシャリクによって拡張された感覚でも音を捉えてしまえるのなら。
その欠点は、忍者にとって致命的な弱点にしかならない。
『なるほど、お前のことは大体わかった』
景色に同化していた肉体が血に塗れ、人型に染まっていく。
絶えず溢れる血と激痛にカモフラージュが解除され、苛立ちを隠さない“ラプト”は吊り上げた瞳を忍者に向ける。
『あまりパッとしない強さの怪人だな』
『暗殺者じみた行動が出来るだけであって特に強みは無し。……ニューエイジの内、誰か一人でも問題無く討伐可能じゃろうな』
『──っっ!』
侮られている。
言葉は分からずとも“ラプト”が感じた見下しの感情──実際は戦力分析による対処法の確立──に応え、翼腕を広げる。
魔力を羽根でなく全体的に纏った状態は、誰が見ても、飛行に移る為の準備段階だと分かる。
忍者がそう感じた次の瞬間に“ラプト”は地面を蹴り、上空へ飛翔。翼腕を羽ばたかせ、忍者との距離を広げていく。
伊達に猛禽類としての特徴を有している訳ではないのか。
複雑な軌道を描いて飛行する“ラプト”は、空中で器用に体勢を切り換えながら、地上の忍者へ羽根の弾丸を飛ばす。
『かーっ、芸達者なヤツじゃのう』
『でも、それだけだ』
忍者は迫り来る羽根の弾丸を見据え、接触する寸前にウタカタを振るう。
かすかな金属音、わずかな斬線の軌跡を残し、斬り払われた羽根が両断。
弾丸としての機能を失い、舞い落ちるそれらを置いて忍者は“飛天”を発動。
『その羽根、攻撃と防御に使えて面倒だな』
『──っ!』
関節の各所に増設された加速装置によって、稲妻の如く。
紫紺の残像を残しながら、忍者は“ラプト”に追従。
『悪いが、削ぎ落とすぞ』
納めていたオボロを抜いた忍者が再加速。
フツノミタマでは叶わない、速度重視の斬撃に加えて。
“天翔”では難度の高い“飛天”の連続使用によって。
上下左右、縦横無尽、変幻自在に“ラプト”がその身に宿した羽根をことごとく切り裂いていく。
揚力を保つ翼腕はみすぼらしく、胴体部分は痩せ細る。
飛行に必要な部位を急速に失ったことで“ラプト”の体勢が崩れた。
『──ッ!』
しかし決死の勢いか、最後の最後で“ラプト”は魔力を噴射させる。
魔核を通して放出された風圧じみた衝撃は忍者を離し、接近を許さない。
『随分と根性を見せるじゃあないか』
『むしろ自分の首を絞めるだけだろうに。それこそ──』
バイザーに表示されたマップの中に入り込む、赤点の反応。
高速で動き回るそれは、示していたゲートの位置で絡み合うように動き、消失させてから離脱し……忍者と“ラプト”の元へ急接近。
『この場にはニューエイジがいるのに、時間稼ぎは悪手だろ』
『おおおおおおおおッ!』
雄叫びと共に、甲高いスラスター音を鳴らして。
特製のアンダースーツにフレスベルグを纏ったエイシャが、特殊波形ブレードを振り被り“ラプト”を一閃。
片翼を根元から断ち切られ、落下していく“ラプト”に忍者は追撃。オーバーヘッドキックのように後頭部を蹴り抜き、撃墜させた。
ドゴンッ、と。
鈍重な激突音と同時にクレーターを生み出し、土煙が舞う。
『ゲートの破壊、感謝する』
『構わん。こちらこそ怪人の相手を任せてすまなかった』
『問題無い。元より、単独でも討伐できる相手ではあった』
クレーター内でうごめく“ラプト”の影を眼下に。
その傍に舞い降り、自然と並び立つ二人。忍者とニューエイジ、立場こそ違えど学園島の守護者である両雄は、握り締めた武器を構える。
『魔核を抉り抜く。好きに動いてくれ』
『言われなくとも』
交わす言葉は少なく、されどやるべきは一つ。
土煙の中で“ラプト”が残った翼腕を用いて視界を払う……その一瞬に。
エイシャはスラスターの出力を上昇。
忍者はオボロ・ウタカタを納刀し、殺生石を叩き、マギアブルを押し込む。
『ふっ!』
“天翔”や“飛天”ほどでないにしろ、エイシャは高速で間合いを食い破り、ブレードで翼腕を斬り払う。
両翼を失った“ラプト”は首だけでエイシャを追うものの、円を描く軌道についていけず惑わされる。
その隙に、夜叉は殺生石から溢れる魔力エネルギーを右手に収束。次いで両脚に備わる“飛天”の最高速で地面を踏み抜いた。
その速さ、その力。
全てを余さず、手刀の形へと集約した魔力エネルギーは紫電を散らして。
忍者は“ラプト”の胸元に飛び込み、一切の迷いなく、バイザーに示された魔核の位置へ手刀の切っ先を叩き込んだ。
『──』
『猛禽の狩人。名の通りではあったが、それだけだ』
“ラプト”は嘴から血反吐を撒き散らし、力無く脱力。
胴体部には皮膚を貫き、肉を焼いた忍者の貫手が背中側に突き出ている。絶命したのは明白であった。
その手に収まる魔核が砕かれ、レイゲンドライバーへ吸収。
そして引き抜き、死体となった“ラプト”を抱え、その場に寝かせた。
『いつもは魔力エネルギーで消失させているから見慣れないな……』
『死体処理が省略できて助かるが、現場検証が難儀だと。事後処理班からクレームが上がっているぞ』
『並みのインベーダーならともかく特位を相手に遠慮など出来るか』
例の如く、夜叉の捕縛という任務を遂行するべくか。
エイシャはアストライア内部の意見を口にし、忍者の背後に着陸しながら、おもむろにブレードを向ける。
『既に残りのニューエイジも向かっている。アストライアの包囲も出来上がり、逃れるには厳しいだろう』
彼女が言う通り、バイザーのマップには数多くの赤点と、近場のシェルターから高速で接近する熱源が二つ表示されていた。
空中にもアストライアや報道局のヘリが複数飛んでおり、逃走は困難。
総合公園に張り巡らされた陣は、確実に忍者を追い詰めていた。
『仕事熱心で息つく暇も無いな……』
『それが我らの責務だ。では、ご同行願おうか』
マヨイやリンが言葉を交えて巧みに言いくるめようとするのに比べて、エイシャは武力行使での捕縛を厭わない。
『……一つ、忠告しておく』
忍者は右の指を一本立てて、ブレードを振り被る彼女に対して口を開く。
『このスタイルは小回りが利く暗器や、格闘術を用いる為に特化してる訳ではない。その本質は別にあり、かつ卑怯で卑劣と責め立てられてもおかしくない』
『……何が言いたい?』
『大事を済ませたとしても、小事に気を抜くようなマネはしないことだ。でなければ──容易に足下を掬われるぞ?』
怪訝そうな口振りのエイシャへ振り向きながら。
忍者はいつの間にやら左手に乗せていた、ビー玉ほどの大きさを持つ小玉の集合体を見せびらかす。
数珠つなぎにされたそれを、彼女は思わず注視してしまう。
『なんだ、それは』
『かんしゃく閃光玉』
『は?』
同時に、口を突いて出た疑問に簡素な答えが返される。
一瞬の動揺が生んだ隙に、忍者は自身の足元へかんしゃく閃光玉を投げた。
待っ、と咄嗟に出た制止の言葉で抑えられるはずもなく。
地面に接触したかんしゃく閃光玉は、そのサイズ感からは考えられないくらいに、あまりにも眩い輝きと炸裂音を放った。
総合公園中を瞬く間に白く、そして轟音で塗り潰す。
アストライアの包囲網は突然の事態に混乱が生じ、マヨイとリンは飛行がままならず不時着。
上空を飛んでいた各ヘリは距離を取っていたおかげか、大した被害こそ出なかった。しかし急な異常事態に取り乱しているようだ。
『ぐっ!? お前……!』
爆心地にて直撃を受けたエイシャもまた、視覚と聴覚を奪われていた。高性能なフレスベルグの各機能が仇となったのだ。
それでもなお、ダークエルフ族として頑強な肉体を持つが故か。
急速に取り戻した視界の中で、光に消えていく忍者へ恨み節を残して。
破れ被れでブレードを振り抜くも当たらず。
次に正常な視界を取り戻した頃には……忍者の姿は、影も形も無かった。




