緊急対応
「公園内の避難済みでない生徒の確認をしていた折に、二人の姿を見かけた。故に、こうして救助させてもらった訳だが……」
アキト達の元へ現れたエイシャは拳を振り抜いた姿勢を戻す。
吹き飛ばされた“ラプト”も、間合いに潜り込んできた彼女へ敵意を向けながら、苛立ちを隠さず唸る。
『──!!』
そして地面を蹴り、瞬時に攻勢へ転じてきた。
翼に魔力を纏い、瞬きする間もなく全身を景色に同化。影も形もないほどに姿をくらませて、エイシャに接近する腹積もりだ。
不規則で断続的な足音が響いて。
見えない翼腕を振り抜く、風を切るような快音が迫る──にもかかわらず、エイシャは一切戸惑うことなく左腕を掲げた。
瞬間。接触し、激しく打ち合う衝撃が空気を揺らす。目視不可の攻撃を掴み、防いだのだ。
アキト達が驚愕と理解を示す前にエイシャは右の拳を握り締め、引き絞り、軽く息を吐いて放つ。
寸分たがわず、拳は“ラプト”の胴体を狙い打った。肉が潰れる打撃に同化が解除される。
よもや人類、しかもネイバーとはいえ生身の女性。
自身より非力な見目のダークエルフ族にしてやられた“ラプト”に、続いてエイシャのキックが炸裂。
無造作な前蹴りは、しなやかに鍛え抜かれた筋肉によって“ラプト”をくの字に折り、再び弾き飛ばした。
「その風貌と身のこなし。故郷の森で散々見掛けたぞ、猛禽の狩人」
「エイシャ先生マジつえぇ!? このままブッ飛ばしちまおうぜ!」
「言ってる場合じゃないって。先生も逃げよう」
「そうしたいところだが、奴は特位の中でもかなりタフだ。先ほどの攻撃でも大したダメージは負っていないだろう」
エイシャの言葉通り、眼前で転がされた“ラプト”は打撃を受けた箇所を見下ろし、唸りながらエイシャを睨む。
「加えてまともな武器が無い現状、対処する部隊が来るまで、そしてお前達が逃げるまでの時間稼ぎしかできんな」
「そんな……」
「我のことは気にするな、お前達の無事が何より最優先だ。さあ、我が囮になっている間にシェルターへ急げ!」
「……わかった。ありがとう、エイシャ先生。リフェンス、行こう」
「おう!」
エイシャの発言に頷き、アキト達はその場を離れていく。
「理解が早くて助かるな。やはりアキトは聡いか」
彼女は安堵の吐息を漏らし、状況を整理する。
マヨイとリンは生徒の避難誘導に徹し、フレスベルグを装着できない。出来たとしても、マラソン大会にはパフアの全校生徒が集っている。人の目があってはニューエイジとして動けない。
ようやくアストライア上層部が重い腰を上げ、自己判断による“装身”が可能となったというのに。
ゲートと“ラプト”が出現して、たった数分。
避難が着実に遂行されたとて、人的被害が出るのは想像に難くない。
ならばこそ魔力を必要とせずとも生身で万全に動けるエイシャが、インベーダーの危険が生まれた公園内でも活動できる、と。
避難し損ねた生徒や利用者の姿がないか確認する最中、アキト達と出会い“ラプト”と遭遇。
こうして、猛禽の狩人とまみえることが許されたのだ。
「人払いが完全に済むまで我もフレスベルグを纏えん……根比べだな?」
『──っ!』
遠ざかっていくアキト達の気配を感じ取りながら。
エイシャは互いに見合う“ラプト”へ笑い掛けるのだった。
◆◇◆◇◆
エイシャと“ラプト”が交戦する音を後方にして、五分が経過。
アキトとリフェンスはマラソンコースを逆走し、戦闘地点から出来る限り距離を離していた。
「エイシャ先生のおかげでどうにか逃げれそうだな」
「ああ。だとしても、エイシャ先生がいくら強くたって限界は来る。さっさと夜叉に変身しよう」
「いうてスタート地点までまだ距離あるぞ。最悪シフトバングルは無くてもいいが、マギアブルは必須だろ」
避難シェルターへの案内図を無視して、アキト達は走る。
目的地は変わらず、荷物置き場を兼ねるマラソン大会のスタート地点だ。
遊歩道からショートカットの為に、手入れが滞っている林へ突入。荒れた道や草木がジャージに触れ、枝葉が生地を傷つける。
「いや、そこまで焦る必要は無い。ゲートが生まれ、インベーダーが出現した情報は既に出回ってる。なのに夜叉に変身しない異常を察知することは出来る」
「ああ? そんなん誰が……」
「リクは表に出れない。アストライアが公園に集結してくるし、ニューエイジだっているからな」
でも。
「優秀な索敵役がオレ達にはいるだろ?」
「……まさか」
リフェンスがアキトの意図に気づいた、その時。
ヒュン、と風を切る特徴的な羽ばたきが上空から響く。
見上げれば林の中に空いた木漏れ日の差す空間に、影が近づいている。
それは学園島上空から異常を検知し、報告することを目的として製造された、二対の鳥型ドローンのガジェット。
名をフギン・ムニン。
北欧神話のワタリガラスを元とした吉兆が、アキトの荷物を足先で掴み、飛来してきたのだ。
「おおっ、マジか!?」
「フギン・ムニンは実体化したリクですら持ち上げるほど力持ちだ。それに内蔵された人工知能はかなり賢い。シフトバングルへ送った信号が動かなければ、何か異常事態が起きてると判断する」
「なるほどな! そうなりゃ変身者であるアキトを探知して、送り届けてくれるってわけだ!」
得心がいったと言わんばかりにリフェンスが頷く。
そうしてフギン・ムニンはアキト達の眼前に舞い降り、荷物を地面に置いて翼を休め始めた。
アキトは二羽の前に膝をつき、頭の部分を優しく撫でつけた。
「運んでくれてありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「アキト、ほらよ」
手の平に頭を擦りつけて、労いに応える二羽に感謝を述べて。
リフェンスが取り出したシフトバングルを左腕に装着し、マギアブルを受け取り、特定のコードを入力。
「フギン・ムニン、付近に俺達以外の生体反応はあるか?」
『──』
リフェンスの問い掛けに二羽は首を振り、否定。
人目は無く、監視カメラの類も無し。アストライアの戦闘部隊はまだ来ておらず、パフアの生徒も残っていない。
そして現在地は視界不良の林の中。
つまりは隠蔽魔法が無くとも、絶好の機会が巡ってきたということだ。
「よっしゃ! アキト、俺はお前の荷物を持ってシェルターに行っておくぜ。後は頼んだ!」
「任せろ」
お互いの拳を打ち合わせてから。
コミカルな音が聞こえてきそうな勢いでリフェンスはシェルター方面に。
構造体の元となっている特殊金属“アダムス”によって、稼働に必要な魔力を充填したフギン・ムニンは翼で一礼し、飛び上がっていく。
「……という訳で連絡が遅れたけど、出番だよ、リク」
『おう! 待ちくたびれたぞ!』
マギアブルの起動によって転移魔法の基点が生成される。
アキトの隣に形成された白い門──ゲートに酷似した魔法から、着崩した和服に身を包む女性……リクが姿を現す。
『事情はなんとなく把握しとる。むしろこの状況でよくもまあ上手くやれたもんじゃな。褒めてやろう』
「それを言うなら、対応してくれたフギン・ムニンに伝えてやってよ。アイツらのおかげで連絡が取れたんだから」
『まあ、今回のMVPは間違いなく奴らか。……出会いがしらに嘴で突いてこなければ、褒めてやらんでもない』
ほんのちょっとだけだが、魔核の魔力を吸わせてやるか、と。
本来あるべき体の部分が半透明な姿で、アキトの周囲を浮遊しながら。
リクは無邪気に飛び交う二羽の姿を想起するものの、初対面時での舐められた態度に上書きされ、若干の嫌悪を顔に滲ませる。
『とにかく、それもすべては事が済んでから、というものじゃろう』
「ああ、既にエイシャ先生が戦ってるからな。応援に行こう」
話をしながら、互いに伸ばした手を取り合い、リクの体が変化する。
希釈化された肉体が光の粒子と化して、アキトの手に収まっていく。そうして徐々に形成されていくのは、長方形のデバイス。
筆箱ほどの大きさのそれは、名をレイゲンドライバー。
夜叉の異名を欲しいがままにする、パワードスーツ“ヤシャリク”の根幹──人造アーティファクト“殺生石”を携えた制御装置だ。
『初動が遅れてしもうたしのぅ……あやつであれば大事ないとは思うが、最速のスタイルで急行すべきじゃろう』
「だろうな」
ヤシャリクにおけるシステム面を司る特殊な人工知能、リク。
彼女の助言に応え、アキトはレイゲンドライバー側面のスロット機構にマギアブルを装填し、腰にセット。
『Get ready?』
「少し待って」
変身前の認証を終え、両脇から展開されたベルトでドライバーが固定。
装着者の承認を求める機械音声を制止し、右側に付いたポーチを開く。
「夜叉より早く動くなら……」
そして中からUSB型のガジェット──メタモルシードを取り出す。
「やっぱり、忍者かな」
『メタモルシード“シノビ”、Active!』
紫のラメが特徴的な、夜空を思わせる色味を背景に。
覆面の男が描かれているそれを、アキトは迷わず起動。
和風な笛の音が反響するメタモルシードをシフトバングルに接続。腕時計の形状になり、激しく明滅するそれを胸の前に掲げて。
「変身!」
アキトは一息に、ドライバーへ装填したマギアブルを押し込んだ。




