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猛禽の狩人

 大勢の人々が賑わいを見せる総合運動公園。

 パフアの全生徒、一部と言えど数十人規模の教職員までもが揃い、マラソン大会として学校行事に励む姿が散見される中。

 学園島各地に設営された偏向装置の影響。

 加えて異世界側の大気状態・魔力濃度の不安定によって。

 地上に生まれた黒き門……ゲートよりインベーダーが顕現する。


『──』


 ずるり、と。糸を引くように。

 濃密な魔力を纏って地に足を着けた、異形が一体。

 鈍くも鋭く光る爪を、か細くも確かな力強さを感じさせる足趾。

 柔らかさを感じさせながら、先端が鋭利な羽毛に包まれた全身像。

 翼と同化した両腕を広げ、胴体から背中まで繋がる器官を曝け出す。まるで己の存在を誇示するように。

 漆黒に染まる双眸を見開き、不気味な挙動で首を回し、獲物を探す。


 肉体の各所に猛禽類の特徴を揃えた、人に酷似したインベーダー。

 容易く一つの都市を壊滅させかねない力を秘めた怪人。

 脅威度から特位に分類される個体……“ラプト”と呼称されるインベーダーの視線が、離れた位置の人影を捉える。


 インベーダーの性質は、どんな存在であろうと変わらない。

 いかなる理由や偶然の結果によってゲートをくぐったとしても。異なる世界に辿り着いたとしても文明を、人類を破壊し尽くし己の糧を得る。

 その一助となる餌が“ラプト”の補足範囲内に蔓延っているのだ。

 公園を利用する老夫婦、子供連れの家族……とりわけ大量にいる、逃げ遅れたパフア校の生徒達は“ラプト”にとって狩りの対象であった。


『──!』


 広げた翼腕(よくわん)に魔力を込めて、己の体を覆い隠す。

 そうして“ラプト”の全身が霞のように掻き消え、緑豊かな景色に同化。音もなく、影すら残さずゲートから駆け出し、離れていく。

 容易に見破ることの出来ない、高性能な静粛・隠密性。

 厄介極まる猛禽の暗殺者は、誰に知られるでもなく行動を開始する。


 ◆◇◆◇◆


「おいおいおい、ヤバいだろっ!? パフア全校生徒がいる状況でインベーダーの出現だぁ!?」


 マラソンコースのスタート地点に戻る道中。

 耳慣れた警報のアナウンスが響き渡り、ゲート・インベーダーが現れた威圧感を肌で感じながら。

 隣で焦り散らしたリフェンスに次いで、辺りを見渡す。


 遊歩道の脇に設置されたベンチに座っていた老夫婦、子ども連れの家族が顔色を変え、必死になって駆け出している。

 いかにパフアの生徒と言えど身近な死の危険にざわつき、されど自分の命を守るべく、マラソンで消耗した体力など忘れたかのようにシェルターへ走っていった。


 急速に人気が無くなった……そうせざるを得ない気持ちは理解できる。

 何故ならゲートの場所が、ここから数百メートルも離れていないからだ。

 あまりにも目と鼻の先。それを理解しているからこそ、リフェンスは冷や汗を流しながら警戒を緩めない。


「位置が近すぎる……くそ、魔道具を付けたままじゃ索敵なんざできやしねぇ! もし襲われたら対処なんてできねぇぞ!?」

「リフェンス、目視でいい。インベーダーの姿は確認できた?」

「ああ? いや、こっちからは見えねぇ。もしかしたらゲートの向こう側に出てきたのかもな」


 エルフ族のリフェンスはオレと比べたら視力が良い。

 たとえ何百メートル離れた看板の文字であろうと、正確に捉えるほど。そんな彼が否定するなら、その通りなのだろう。

 ……だが、夜叉としての活動で得た経験が警鐘を鳴らす。

 確かに感じている、辺りの空気は。鋭く射貫いてくる、嫌な気配……殺気を向けられている。

 間違いなく、狩りの対象にされているのだと理解した。


「──リフェンス、聞いてくれ。オレ達は既に目を付けられている」

「っ、マジか。長考してたせいで、逃げられなかったか……!」

「反省は後だ。背中合わせで死角を無くしたい。いいか?」


 問い掛けに無言で応え、オレとリフェンスは背中を預け合う。


「なあ、どこから来ると思う?」

「分からない。けどオレ達が狙われてると気づけたのは理由がある」

「その心は?」

「インベーダーの威圧感はあるのに姿を見かけた動揺が、周りの人達から一切見られなかったからだ。なのに、オレはずっと視線を向けられてる感覚が拭えない」

「なるほどな。隠密能力に()けたインベーダーかもってことか」


 風に草木が揺さぶられる音。

 身長差のせいでよく聞こえる心臓の音。

 恐怖を紛らわせる会話に混ざる、いくつもの環境音。嫌に不気味なほど静かな時間が流れていく。

 自分の呼吸音で警戒を乱さないように。

 意識して細く長く息を吐いて──不規則に軽い、何かの音を拾う。

 土を抉り、ぽたぽたと落ちて。

 草を潰し、はらはらと落ちて。

 それがピタリと、急に止んだ。


「いったい、どんな奴が……」

「待て」


 会話を続けようとしたリフェンスを止めて、足下の小石を拾う。

 観察と警戒がもたらした一つの答え。視線を動かさないまま、妙な音が途切れた位置を把握。


「……そこだな」


 そして一息に、小石を投げる。

 何気ない下手投げ。脅威なんて毛ほども無い。

 けれども、だからこそ。


『──!?』


 何もない空間に小石がぶつかり、周囲が波紋のように揺らぐ。

 異変が生じたことにリフェンスもハッと顔を向け、その仕草に応えるように、インベーダーの姿が徐々に現れる。

 目に見えるほど濃密な魔力が霧散。体を覆い隠していた翼腕が曝け出され、猛禽類のような全身像が確認できた。

 隠密がバレると思っていなかったのか。

 黒い双眸が見開かれ、こちらを真正面に射抜く。瞳の奥底には称賛と同時に、隠しきれない興奮が見えるようだった。


「げぇーっ!? ラプトじゃねぇか! 周囲の景色に紛れる不可視の羽根を持つ、獰猛なアサシンだ!」

「そういう感じの奴か、道理で……ありがたいことに、オレ達を歯応えのある餌だと思ってるらしい」

「心底いらねぇ評価だなぁ!」


 もはや正体がバレた以上、何か策を講じる必要もない。

 そんな態度で“ラプト”は翼腕を広げて、おもむろににじり寄って来る。


「マズいな。変に刺激しただけになっちまったか」

「分からないまま殺されるより断然マシだ、気にすんな」

「アストライアの戦闘部隊か、せめてニューエイジが来てくれればな」

「他の奴らは助かるだろうが、俺らは無理だぜ?」

「なぁに、そう悲観することはないぞ」

「そうだ、生きることを諦め……ん?」


 距離を取ろうと後退する最中。

 リフェンス以外の声がして、首を傾げた直後──背後から突風が吹き、押された瞬間に“ラプト”へ何かが飛び込んでいった。

 ドゴッ、と。凄まじい衝突音を響かせて“ラプト”が吹き飛ばされる。


「怪我はしていないか? 二人とも」


 突然の状況に理解が追いつかないまま、軽く言ってのける人影の背は。


「エイシャ先生!?」

「うむ。元気は有り余っているようだな」


 この場において誰よりも頼りになる、フィジカルお化けだった!

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