天災は時も場所も選ばない
大勢の人々で賑わいを見せる総合運動公園。
時には談笑しつつ、周りの景色を眺めながら歩く者。
時には公園内の施設を利用し、土だらけで笑い合う者。
時には遊歩道の脇に逸れて、汗まみれの体を投げ捨てる者。
まばらと散らばりつつもパフアの全校生徒がいることで人口密度は高い。外周を回る遊歩道をマラソンコースとし、始まったマラソン大会は既に一時間が経過しようとしていた。
「は、ひぃ、へっ……や、やっと、ゴール、だ……」
「ふぅ、やっとか」
一〇キロ完走を示すゴールテープ。
パフアの教師によって設置された白線を越えて、道中に色々とありつつも、オレとリフェンスは無事に走り終えた。
汗が滲んで変色したジャージを肌に貼りつけたまま、膝に手をつき、肩を大きく上下させたリフェンスの背中を叩く。
「お疲れ。なんだかんだちゃんと走り切ったじゃん」
「お前の、補助があって、ようやくなんだが? 全然、楽勝では、無かったが? むしろ、お前はなんで、そんなに余裕あんだよ……?」
「伊達にヤシャリクで動き回ってないからな。トレーニングもしてるし」
オレは首に下げていたタオルで顔に付いた汗を拭う。
日頃から夜叉への変身に対する肉体的な消耗を抑えるべく、スタミナを付ける為に筋トレやランニングをしている。
総合的に見れば一〇キロ程度、普段の負荷と変わらない。
息を整える最中、年代問わず次々とゴールしてくる生徒の波を眺めた。
クラスメイトはほとんど辿り着いているようで、仲の良い面々で集まり話をしている。それらに混じる各種族のネイバーは荒い呼吸を繰り返し、時折、忌々しげに魔力を封じる魔道具を見下ろしていた。
残念ながら、それを解除する道具は出発地点の教職用テントにある。
そう、つまりは。
「ある程度休んで回復したら、出発地点まで行こう。そうじゃないとずっと魔力封印されたままだぞ」
「ほんとだよ。こっからまた一〇キロ戻んだよ。イカレてんだろマジで」
「歩くだけならそこまでツラくないだろ」
「足パンッパンの腰バッキバキなんだって! 生まれたての小鹿なんだって! もうちょっと休もうぜ!?」
「その表現がここまで適切なのも珍しいな」
いつか見た漫画のセリフと画風の動きでリフェンスは懇願してきた。少し面白くて吹き出しそうになるものの、なんとか耐える。
「むっ、二人とも無事に到着したか」
そうしていると、走ってきた遊歩道から猛スピードでエイシャ先生が駆けてきて、オレ達を見るや否や近づいてきた。
「どうもです、エイシャ先生。めちゃくちゃ早いですね?」
「これくらいならな。地元の森に比べて綺麗に舗装されている上、さして険しくもない。楽なものだ」
「フィジカルお化け過ぎんだろ……ってか、マヨイ先生とリン先生は?」
「二人は道中をゆっくりと見て回ると言っていた。なので我は先行し、ゴール付近の見回りに努めようと考えたのだ。適度に体を休めた後、出発地点へ誘導するようにな」
「なるほど……」
リフェンスの疑問に答え、エイシャ先生は腕を組む。
玉のようなとは言いがたいが、垂れてくる汗をそのままに。浮かべる顔色は何やら思案しているようで、次いで喉奥から唸る。
「しかし、こうしてみると……パフアの生徒は体力不足の者が多い印象を受ける。リフェンスほどでないにしろ、普段の授業で体育や戦闘訓練をしているというのに」
「マギアブルの普及と魔力頼りの弊害だろうよ。便利な道具のせいで、全体的に運動・筋力不足の子どもが増えてるらしいし」
「そうなんだ? 知らなかった……」
「うむ。教職員の間でも問題視されているんだ。意識的に体を動かす機会の無い者が増え、肉体的な強度が弱まっている、と」
エイシャ先生は悩ましげに首を傾げ、汗をタオルで拭おうとしたのか。
しかし持ち忘れたようで、仕方なさそうにジャージの裾で拭った。
「天宮司は我の動きに追従できるほどには鍛えているだろう? 故に心配はしておらんが……他の生徒がな。かと言って、実習生たる我が進言したところで、聞き入れられるかは分からん」
「職員会議とかで言ってみるだけタダじゃねぇですか?」
「今回みたいに大々的な大会はともかく、クラスごとの運動会みたいな……なんて言ったらいいんだろ?」
「体育で生徒全員が楽しめるドッジボール大会とか、オリジナルルールのスポーツを作ってやるとか? アトラクションっぽさがあれば、率先してやってみたくなるんじゃね?」
「ふーむ、その意見はアリだな。参考にさせてもらおう」
悩み相談を受けて応えてしまったが、タメになったのならよかった。
うんうんと頷き、そしてハッと顔を上げたエイシャ先生は他の生徒を見てくると言って立ち去っていく。
「オレ達も戻ろうか。もう休めただろ?」
「ああ、歩くだけなら大丈夫だ。ってか今更だけど、お前シフトバングルとマギアブル、荷物に入れてきたんだな?」
「マギアブルは当然として、半袖着てるからシフトバングルを隠せないんだよ。魔導トラムに乗ってる時に気づいて、急いで外してさ……」
「やーい、お前の迂闊ー」
「それはマジでそう。こんな時にゲートとか怪人が出てきたらマズい。リクと連絡が取れないから変身できないし」
「いうて俺も魔法で対応できねぇからやべぇな……」
色々と手札が封じられた現状、脅威が出現すれば手も足も出ない。
とにかくスタート地点を目指して急いで戻る。その一点に関しては口に出さずとも共通した目的だった。
心なしかお互いに早足でマラソンコースを逆走。
いくつもの中等部、高等部の集団とすれ違う。その中で見かけた柊部長へ手を振って挨拶し、返してもらったりと。
コースの半分を過ぎたかといったところで。
『緊急警報、緊急警報! 総合運動公園区画にてゲート発生!』
『近隣住民、利用者ははただちに付近のシェルターへ避難を!』
「はあ!? マジかよ!?」
音響設備から鳴り響く音声と肌を刺す威圧感。
同時に視線を向けた先。公園の中心部から外れた位置に見えた、黒い門。
人類と文明を滅ぼす異形が這い出る、異次元に繋がる穴を見て──当たってほしくない予感が的中してしまった、と。
オレは心の中で舌打ちをした。




