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第70話

 サーラの肩が上下しなくなったのを確認して、俺はその肩を叩いた。


「サーラが正しいよ。でも、殺しちゃダメだ。アウルムさんは確かにドワーフやハーフリングを露骨にバカにした。だけど、殺したら、それ以下の行いをしたことになる。何より、アウルムさんを殺すことによって、無窮山脈そのものが人殺しの汚名を着る。サーラは無窮山脈の守護獣で俺の神子だ。それを忘れちゃいけない。俺の為にも、ドワーフたちの為にも、思いとどまってくれてよかった」


「……ああ」


 低い声でサーラは言う。その奥底に未だ燻る炎。


「少し頭を冷やしてきてもいいだろうか。……すぐに戻る」


「ゆっくり冷やしてきて」


 サーラは炎に姿を変えると、熱風を伴って外へと出て行った。


「……ふう」


 俺は冷や汗を拭った。


「別に止めなくてよかったのに」


「そうもいかないだろ」


 ミクンのブーイングに、首を横に振る。


「サーラにも言った通りだけど、サーラが本当に守りたいドワーフと無窮山脈に汚名を着せるわけにはいかない」


「済まないシンゴ」


「何でヤガリが頭下げるの」


「サーラが無窮山脈とドワーフを大事に思っていてくれたことが嬉しくて、彼女を止めることなど考えられなかった。シンゴにも汚名が被ることになるとも思わず……」


「ああ、それはいいんだ」


 手をひらひら振ると、ヤガリは目を見開いた。


「俺は別に何言われても構わない。誰かを助ける為なら、汚名なんて百でも二百でも着てやるさ。だけどせっかく助けた無窮山脈やドワーフがそれで見下されたらあんまりだろ。だから、俺はサーラを止めた。サーラもそれを思い出して踏みとどまった。それでいいんだ」


「いやあ、いやあ、いやあああ……」


 ひきつるような鳴き声が広い岩室に尾を引いて響いている。


「これで彼女は十分すぎる罰を受けたと誰もが思う。彼女にとっては翼の喪失は死ぬより辛いことだろうけど、それでも生きている。生きていれば罪を償う機会だってあるだろう。守護獣の呪いは普通は解けないけど、もし彼女が改心したならばサーラが戻してくれるだろう。何故自分がこんな目に遭ったのか、どうしてサーラが怒ったか、その後悔をした時に」


「生神様……」


 震える声に振り向くと、今まで俺がサーラの炎から守っていたフェザーマンたちは跪いて俺に頭を下げていた。メーディウスさんやナセルさんも。


「……我が身内の愚行を止めて頂き、ありがとうございます」


 ナセルさんが絞り出すような声を出した。


「守護獣様に殺されても当たり前でした。そんな愚か者でも、妹は妹です……。追い出しはできても、殺しはできなかった……」


 うん、と頷く。もう一度頷く。


「ミクンがいるからね、彼女が、アウルムさんが後悔した、反省したと認めれば、サーラも許してくれるだろ。……ああ、このことはサーラとアウルムさんには内緒で。特にアウルムさんが聞けば、表向きしおらしい態度を取るだろう。それが見抜けないサーラじゃないし、そんなことをすれば今度こそ取り返しのつかないことになる」


「……分かっております」


 ナセルさんも簡単にその未来が想像できたんだろう、顔が暗くなった。


「このことは妹には言いませんよ。今だ翼の喪失で自分を憐れんでいる愚か者には」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いているアウルムさん。その声は俺たちの話し声以上に響いている。


「私には分かります。愚妹が今、何を考えているのか」


「うん分かる」


 ミクンが良く聞こえる耳を塞ぎながら頷いた。


「何て可哀想な自分。何て哀れな自分。今の自分を見れば、きっと神様が憐れんでくれる……」


「……手の付けようがない。守護獣様直々に罰を下されたというのに、相手が守護獣様とすら気付いていない……」


 ナセルさんが吐き捨てるように言う。


「まあ、でも、人間はやり直すことができるからさ、ね?」


 ミクンがナセルさんの手にぶら下がって宥めた。


「そうでしょうか……」


「そうだよ。その様子がなかったら、キリキリ働かせるといいよ。羽根がないフェザーマンにできることなんて、言われるがまま働くしかないからさ」


「……ハーフリングの神子様は、本当に世の理を知っているのですね」


メーディウスさんが感極まる声で言った。


「え? ヤダヤダまたそんなことを言ってあたしをからかおうったってヤダそんなマジな顔して言わないでよマジ恥ずい照れる」


「そんなことを言われても困ってしまうし照れるので遠回しに言って欲しいそうです」


「バカシンゴ!」


 ゲシッとふくらはぎの辺りを蹴られた。もちろん神衣のおかげで痛くはないんだけど。


「ミクン顔赤い」


「赤くなってないっ!」


 怒鳴ってから、ふいと顔をずらした。


「ミクン?」


「またか」


 ミクンは小さく溜め息をついた。


「自分がこんな哀れな目に遭って苦しんでいるのに、どうして誰も慰めてくれないのだろう。どうして兄さんも巫女さんも自分に優しくしてくれないのだろう。どうして……」


 ……改心は難しいかなあ。


「とりあえず、フェザーマンの輸送隊の話がしたい。エルフの長とドワーフの鉱山長とビガスの民長を集めよう。ナセルさんとメーディウスさんも来てほしい。……少々、いや多少……嫌な思いをするだろうけど」


「多大な嫌な思いはもうすでに味わいましたよ」


 ナセルさんは苦笑した。


「あの妹に比べれば、エルフもドワーフもヒューマンも、いい人に決まっていますから」

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