第71話
俺は目を閉じて、原初の神殿にいるシャーナに意識を飛ばした。
(シャーナ……シャーナ)
(生神様……シンゴ様ですか?)
シャーナの慌てた意識が伝わってくる。
(ちょっと、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、フェザーマンの代表で話し合いをしたいんだ。何処か話せる場所を用意してくれないか?)
(ヒューマン、エルフ、ドワーフ。フェザーマンですね。ならば広い場所がよろしいでしょう。準備しておきます。このこと、お呼びになる皆様は……?)
(これからサーラに頼んで神託を伝えてもらう。その後、レーヴェやヤガリ、俺が迎えに行く)
(畏まりました)
続いてまだ怒り足りないだろうサーラにも意識を飛ばす。
(……なんだ、シンゴ)
うわ怒ってる。まだ怒ってる。仕方ないけど。
(エルフの長と、ドワーフの鉱山長と、ビガスの民長に)
(話し合いの場を設ける話だろう。分かった。すぐに神託を下そう)
(ありがとう)
(シンゴ)
意識を切ろうとした時、呼び止める意識があった。
(人間は、愚かだ)
(知ってる)
(何処まで知っているのかな)
(だって俺も人間だったもの)
(そうだったな)
(だけど、誰かの為に泣くことも、それを耐えることも、それができるのは人間だけ)
(…………)
(だから人間は存在する価値がある。そう教えてくれたのはおじさんだった。俺はそんなおじさんに育てられた。だから、俺は信じてる。人間がどれだけ愚かでも、その逆の行動をとれる可能性があるんだから)
(……シンゴの叔父上殿と、話がしてみたかった)
(おじさんの言葉と背中が、今の俺を作ったって言ってもいい。もう……いないけどね)
(だが、シンゴの胸に、行動に、その命は生き続ける)
サーラの意識から刺々しさが消えた。
(だから、叔父上殿の背中を追って、生きるといい)
(そのつもりだ)
通信を切って、俺は円と十字を組み合わせたシンボルを見上げた。
「これが、フェザーマンの神殿……聖域ですね」
「はい」
「原初の神殿で、ヒューマン、エルフ、ドワーフと話し合いをしたいと思います。これから先のことについて……ナセルさんとメーディウスさんにもご同行願えるでしょうか」
「当然です」
ナセルさんは大きく頷いた。
「わたくしの……わたくしの翼があ!」
……まーだ泣き叫んでる。
俺の表情にナセルさんも気付いたのか、アウルムさんより濃い、栗色の髪と翼と瞳のお兄さんは苦々しく呟いた。
「あれにとって、翼が誇りでしたから」
「翼が?」
「はい。ご覧の通り、我々は翼と髪と瞳の色は同じなのです。で、あの色は……金の色は、フェザーマンには珍しい、滅多に出ない色なのです。あれの名……アウルムと言うのも、金を意味する言葉だと父から聞きました。神に愛された証だとも。故にあれにとって己の髪と翼と瞳は、神に愛された証拠となりました。妹は最も美しいもの、神に愛されたものと呼ばれ……自身ほど神に愛された者はいないと言う傲慢な存在となりました」
なるほど。確かに集まったフェザーマンの人たちの中に、はっきり金色と分かる色の人はいない。ブラウンや黒、白と言った色はあっても、アウルムさんのような淡い金色はいない。
「翼を失えば、金の瞳はともかくヒューマンやエルフで金の髪はそう珍しくはない。自分が貶められたと、そう思ってるのでしょう……」
その時、ごうと炎が渦巻いて外から飛び込んできた。鮮やかな緋色の炎が人の形となり、着地する。
炎の化身は、美しいおねーさん……サーラの姿となって、顕現した。
「ひっ」
アウルムさんは息を飲んで後ずさった。まあしょうがないね、自分の翼を焼き尽くした炎だもん。
火にトラウマを抱いてもおかしくない。
怒らせた相手が悪すぎたってのもあるだろう。
俺だったら絶対怒らせたくないね。いつもにっこりしているけど、無窮山脈の溶岩の守護獣だ、怒ったらそれこそ火山のようなものなんだし。
様子を伺ってみると、サーラはご機嫌は斜めだが多少は冷静さを取り戻したようだった。
「三者に神託を送った。それぞれ、迎えを待つとの連絡だ」
「よかった」
「ヒューマン、エルフ、ドワーフ、フェザーマンが一堂に会するなど、この世界が成ってから初めてのことだろう」
「ハーフリングも入る?」
ミクンに聞くと、ミクンは小さく笑った。
「あたしたち草原の民は、誰か一人がみんなの代表として出て行って決まり事押し付けられても誰も従いやしないよ。自由の民だもん。それに心惹かれるやつらだけが従うよ」
ハーフリングもまた、誇り高い人間だな。
自分の道を決めるのは主でも年長者でも神でもない、自分だと言う自負。ミクンが俺に従うことを選んだように、それぞれがそれぞれの道を行くことを良しとして、違う道を選んだ人間を貶したりはしない。文字通りの自由の民。
「じゃあ、とりあえず、原初の神殿に行くけど、ナセルさんとメーディウスさん……」
「アウルムもお願いできますか」
メーディウスさんの言葉に、俺の脳みそは一瞬働かなくなり、我に返ったら勝手に口にしていた。
「……なんで?」
うん、なんで? だ。フェザーマンを追放されて翼を失ったアウルムさんを連れて行って、どうしようと言うのだろう。
「あれの言動は残った皆の恨みを買っています。自分一人が神に選ばれた、自分の為に神は降臨する、と。……あるフェザーマンと友情を結んだヒューマンと出会った時、相手を友人より上に見ろと強制してヒューマンを大層に怒らせてその友情を潰したこともある」
うーわ。最悪。
「今回、結局最初に生神様に出会ったのはアウルムでした。翼を失っても、これを手柄顔で語りかねない。そうすれば、残ったフェザーマンたちはどうするか」
「……聞きたくない事態に発展するね」
「はい。追放されたのにのこのこと戻ってきて、降臨した生神様の守護獣を怒らせて翼を失った妹のせいで、フェザーマンに同族殺しの汚名を着せたくはない。
「……サーラ?」
「やむを得ないだろう。あの娘一人のせいで残ったフェザーマンを貶めるわけにもいかない」
そして、軽く手を振った。
アウルムさんの身体が持ち上がって、俺たちのちょうど中心に着地する。
「余計な口は効くなよ?」
サーラの笑ってない笑顔。
「お前を許す者は誰も存在しない。守護獣である我からも、実の兄からも見放された貴様のせいで、フェザーマンの名誉が地に落ちることを案じたからだ。忘れるな、貴様は落ちた存在であることを」
アウルムさんは真っ青な顔でこくこくと頷いた。
「じゃあ、行くよ……【帰還】!」




