第69話
アウルムさんは、淡い金の髪はくしゃくしゃ、羽根も毛羽立ち、ここまで必死に飛んできたんだろう、息を切らせながら俺を睨んでいる。
「お前は追放したはずだ」
ナセルさんは冷たい声で言った。
「出て行け。失せろ」
「わたくしのグライフを奪ったばかりかフェザーマンの誇りまで地に落とす、そんな者が生神様であるはずがありません!」
「まだそんなことを言っているのか」
ナセルさんはアウルムさんに背を向けた。
「生神様は、真っ先にフェザーマンを助けてくれるはず! 土臭い一族を優先するだなんて、そんなこと、そんなこと!」
「土臭いね」
サーラが出てきた。炎の守護獣の最近の体感気温が絶対零度なのは気のせいか?
「だが、土に触れないと植物は取れない。貴方達が海に入らないと海藻や魚が取れないのと一緒だ。その植物である穀物を欲するフェザーマンが、土の一族や草原の一族を、土臭い、と?」
あ、ヤバい。
表面的には笑顔を絶やさなかったサーラから、表情が消えている。
「みんな、俺の後ろに。そっちのフェザーマンの方々も」
アウルムさんに掴みかかろうとしていたフェザーマンたちが、俺の言葉の意味とサーラの変化に気付き、慌てて走ってくる。
サーラは、フェザーマンが全員俺の後ろに来たのを確認して……。
燃え上がった。
「思いあがるな空の末!」
ぐお、と炎が渦を巻く。
無窮山脈の奥底に眠り、ドワーフの神聖金属加工に力を貸すマグマの化身は、ついに本気で怒った。
「空にあるから多種族と交わらねば生きられぬ空の民が、地の民を、侮辱する?! 今一度言ってみよ……今一度言ってみよ!」
「ひ、ひぃっ!」
サーラの逆鱗に触れたアウルムさんは、その怒りの炎に取り巻かれ、ガタガタと震え出す。
土臭い、と彼女が言ったドワーフの守護獣は、もう誰も止められない。
「土の民は皆、真面目に日課をこなし、手にマメを作り、身体を痛めつける鉱山の仕事を請け負っている! 皆、何も文句を言わずに! 我はその守護獣であることが誇り! 我が存在理由! 我の誇りと存在理由を侮辱した汝に、如何なる神の救いの手もない! 土の民を生み出せし神に変わり、守護獣の我が汝を食らうが、構わぬか!」
「うーわ、サーラ、マジ怒ってる」
ミクンが俺の背中から顔を出して呟いた。
「怒ってくださったんだ……おれたちの為に」
ヤガリが喉に詰まったような声を出す。
「おれたちの日々の働きを、サーラ……いや守護獣様は見守っていてくださったんだ……」
「しかし、どうするかな」
俺は魔法の水壁でサーラの炎を遮りながら呟いた。
「このままじゃあの人、死んじゃうよ」
「いんじゃない? 死んでも」
「そうだな、炎の守護獣の逆鱗に触れて、生き延びた者などいない」
無責任極まりないミクンの意見に、珍しくレーヴェも同調する。
「怒らせた相手が悪かった」
……まあ、怒らせちゃいけない相手を激怒させたアウルムさんが悪いと俺も思ってるけどさ。
人間として、目の前で人間が殺されようとするのを放ってはおけない。
(サーラ……サーラ!)
(邪魔をするな!)
燃えるような思念が吠えた。
(我はこの娘を食い殺す!)
(ダメだ!)
(何故邪魔をする! この娘は我を侮辱した、そうである限り許すわけにはいかん!)
(貴方は炎の守護獣だが、俺の神子でもあるはずだ!)
俺は必死に思念で説得する。
(神子が怒りのままに人間を殺したとなれば、生神への信仰はどうなる!)
(……!)
(生神は生き残った人間を助けるのが使命だ! それがどんな人間であっても! 罰する事は仕方ない、だけど殺すのはダメだ!)
(なら……ならば!)
サーラの思念は、本当に限界ギリギリのところで踏みとどまっているので、彼女の要求をのまないわけにはいかなかった。
(……分かった。それでサーラの気が済むのなら)
ぐおう、と炎が収縮し、アウルムさんにぶつかる。
絹を裂くような悲鳴が広場中に響き渡り、反響し……。
その反響が消えて、ようやっとサーラは炎を引っ込めた。
「え? あそこまで怒って、食い殺さずに炎を引っ込めたの?」
「食い殺すより残酷かもしれないけどね」
俺の呟きに、レーヴェ、ヤガリ、ミクンは俺の顔を見る。
俺はアウルムさんを指した。
「あ、ああ……ひぃっ」
彼女の細い手は背後をまさぐっている。
あの美しかった淡い金色の翼を探して。
でも、今はその背には何もない。
呪詛のかかった炎で焼かれた翼は、再生しない。
「これで汝は空の民から外された」
まだ火の粉を散らせながら、淡々とサーラは告げる。
「地に生きる人間がどれだけ苦労するか、一生思い知るがいい」
「いやっ……いやああああああ!」
「自業自得だ」
ナセルさんがその姿を見て呟いた。
「アウルムが空へ旅立たなかったのは、この世界を見限ったのではない、単にその度胸がなかっただけだ。あれ以上フェザーマンの名誉を侮辱する妹を見てはいられなかったから、追放した。なのにあのような暴言を吐いて……」
アウルムさんに背を向け、戻ってきたサーラにナセルさんは頭を向けた。
「愚妹の言動、兄として謝罪いたします、守護獣様……。貴方様の下した罰は正しいものです。翼持つことを誇りとする愚妹への侮辱の罰は、翼を奪うことで果たされた」
サーラはナセルさんに軽く手をあげて応じてから、俺の前に来た。
「済まない」
「サーラ」
「シンゴの神子である己のことを忘れていた。生神が、その神子が、守るべき人間を殺すことは許されない……」
「とりあえず、奈落断崖丸々焼け断崖にならなくてよかった」
俺は肩を竦めた。
「死なせるより残酷な罰だろうけど、生きていれば償える機会もある」
「それが愚妹に通じるでしょうか」
ナセルさんの声が心配そうだった。




