第二十九話
最終決戦から一年の月日が経ちました……。
一年が過ぎ、帝はようやくかぐやを荼毘に付す覚悟を決めた。
「この国で最も月に近い、高い場所はどこだ」
「おそらくあの……」
学者が指を指した高い山に、あの日共に戦った兵を引き連れて登る。弱々しかった貴族は立派なつはものの顔立ちになり、重い棺を背負って石の散らばる山を頂上まで黙々と登り続けた。
後にこの山は、不死の妙薬を焼いた山であるから不死山と呼ばれたとも、多くの武士、つはものを伴って登った山であるから、富士山と呼ばれるようになったとも言われている。
帝は昼の白い月を睨むように見上げた。
「見えるか月衆ども。おまえらにはかぐやの髪の毛一本だってやらねえよ。餌になんてしてやるものか。かぐやはかぐやだ。俺、かぐややみんながいない世界なんて意味ないんだよ。だから長生きなんてしない」
あの日助けられた冠を戴いたばかりの少年は帝の従者になり、立派に務めを果たしていた。目に涙を滲ませている。
「でも自分にできることちゃんとやり終わるまでは死なない」
棺に火が点けられた。端から黒く煤けた煙が細く立ち上り始める。
「毎日ちゃんと生きてるよ」
だから見ててね、かぐや。
――――……
――――……
「あっつ!」
叫び声と共にがこんと棺の蓋が押し上げられた。突然の出来事に武士たちも震えあがる。中から噎せながら出てきたのはあの戦いの日とまるで変わらないかぐやだった。
「か、かぐ……かぐや」
「普通に殺されるところだった」
「かぐや……!」
文字通り片足を棺に突っ込んだままのかぐやに抱き着いて、ずるんと外に出すと帝は大声で泣きながらかぐやを抱き締めた。
「かぐや!! 生きてた!! かぐやああああ!」
「おお、今普通におまえに念入りに殺されるとこだったけどよ」
「なんで生きてんのよ! ばかばか、おっ、おれ、あああ! ほんとにさみしくて」
鼻水を垂らし泣き喚く帝を宥めて背中を叩きながら、棺を指差す。
お気に入りのぬいぐるみを抱いたまま歩く子供のように帝はかぐやの体をホールドしたまま棺を覗き込んだ。毎日入れてやっていた花や金銀財宝が消えている。
「心臓が止まってるか、確認しなかっただろ」
「えー? うん、だって息がなかったもん」
「回復や再生はもう無理だと思った。けどすぐに燃やさずに棺に入れて置いておいてくれたおかげで致命傷が少しずつ再生されていった。毎日花を入れてくれたのもありがたかったよ。一日に何度か意識が戻ることがあったから花や翡翠や真珠を喰って力を付けられた。眠って体力回復してる時間にじいちゃんとばあちゃんが来てたみたいでさ、日中は割と起きてたんだけど棺の上にもなんか……色々置きやがって蓋が重くて。いつ気付くかなと思いながら今もじっとしてたら熱くなって煙が」
帝はかぐやの体を持ち上げて胸にぺたりと耳を付けた。しっかりした拍動が聴こえる。
「動いてるよお、確認大事ね……」
「腐乱してない時点で気が付くだろ……生きてるって。まあいいや。言ったな、俺がいないから長生きしねえって。ってことは俺がいりゃあ長生きすんだよな?」
向かい合わせに抱きしめられたまま、かぐやは不敵な笑みで帝の顎をくいと持ち上げた。
「長生きして手伝ってもらいたいことがある、帝に」
周りを取り囲んだ武士たちから自然と拍手が起こった。取り残された棺だけが勢いよく燃えて、その煙は高くたなびいていつまでも絶えることはなかった。
並んで山を下りながら、かぐやがしみじみと言う。
「しかし、帝って格好いい名前だよな」
「え?! 今聞き捨てならない天然発言が飛び出したんだけど、もしかして俺の名前帝だと思ってる?」
「違げぇの……?」
帝は山中に響き渡る笑い声を上げた。帝は役職名だ、肩書きだと震える声で教えてやる。
「ええー大丈夫かよ、怖いわ。俺の名前は惟仁」
「しょうがねえだろ! まだわかんねえことばっかりなんだよ!」
からかわれてかぐやは顔を赤くした。
――――……
――――……
それからざっと百四十年の月日が経った。
かぐやの目からぼろぼろと涙が零れている。眉を寄せ、苦しそうに目の下を赤く染めてまばたきのたびに睫毛が濡れた。
「ううー」
呻きながら小さな瓶の中に涙を溜めていく。
目の前の膳には大量の刻みわさびが乗せられていた。溜まった涙を隣に座った帝に渡す。二人とも、百四十年もの歳月が経っているはずなのに見た目が二十代半ばで止まったままだ。
帝はそれを飲み干した。
「長生きして手伝ってもらいたいこと」のために、かぐやは定期的に自分の体液を帝に飲ませることにしたのだが、血はさすがに抵抗したので妥協案で涙ということになった。帝は若い姿で生き永らえた。事の顛末を知っている者が宮中にいるうちに、天皇に返り咲いたりもした。さすがに不自然なので、死んだという設定にして京を出た。彼は清和天皇と呼ばれ、はじまりの武士である源氏、源頼朝や義経の一族である清和源氏の祖となった。
(あれから名前を変えて、枝分かれした子孫にだけ正体を明かし仮の身分をもらい居も転々としながら生き永らえてきたが、それも間もなく終わる)
涙の供給が止まれば、自然と老化が始まるだろう。
当初かぐや死んで終わりにしようと思ったんですが、全員死んじゃうのは帝も可哀想だしね。




