第二十七話
☆かぐや・帝軍対大王、決戦の行方は――。
「ああ、やはり蓮の味は格別じゃ」
くつくつと笑う声がかぐやの脳に響く。涙も汗も搾り取った真っ白いあの露も美味い。
「蓮、さあおいで。体を舐めてからゆっくり喰うてやろう」
突然両腕の戒めがなくなり体が解放された。
「かぐやだ」
帝が飛び込んできて人型の月衆を斬ったのだ。
「かぐや! この子の名前はかぐや!!」
自分とかぐやとの濃密な会話に割って入られた大王は憤慨し、月衆の持っていた刀を奪い腕を鞭のようにしならせて帝とかぐやを同時に斬りつけ吹き飛ばした。帝の肩から血が噴き上がる。かぐやは左手でバランスを取り着地すると神速で帝の前に飛び込む。帝に気をとられた隙に大王の近衛兵のような存在の月衆がかぐやの腹に刀を突き立てる。
帝は右肩を押さえて呻いていた。
「帝! 起きられるか」
「……かぐや、治して……っ」
「斬られて力が……もう少し持ちこたえろ」
大王がずるずると近付いてくる。
「満身創痍だなあ蓮。帝とやらに私の体液を注ぎ込んでやれば怪我もたちどころに治るぞ? 人間の生殖行為の真似事だが蓮相手には割と上手にできた、おまえにもしてやろう、位の高い美しい男よ。 体を喰うのはその後でもよい」
「気色悪いこと言ってんじゃねえよ!」
大王の目玉がぎょろぎょろと動いて周囲を見渡しているのがわかる。月から降りてくる月衆は気付くと途絶えていた。屋根の上にいる月衆たちも数が減っている。追い詰められているのだ。
「かぐや……」
帝は起き上がったが右肩を斬りつけられたせいで刀が上手く握れなくなっていた。
(刀が片手でしか振るえない……)
顔を上げるとかぐやは大王に掴まり口の中に真っ黒い指を突っ込まれている。
「かぐや!!」
「こうすると口が閉じられぬだろう? ほれほれ。小さな口から甘露が溢れてきた」
大王は横に避けた口から長い舌を出し顎に伝うかぐやの唾液を舐めとる。
「勝ち目はないよ。見てみなさい、兵はみな死んだよ、おまえのせいで」
屋根の上には呻き苦しむ者、すでに息絶えた者が折り重なっている。月衆を焼いた後の火がそこかしこで燻り悪臭を放っていた。
「秘密兵器ってのは最後まで残しておくもんだろ?」
「ふうむ。脇腹にでかい穴があるし、まだ回復もできていない。さて、どこに秘密兵器が」
かぐやは息を吸い込んだ。
「帝! 左手で戦え!!」
そうするしかない、帝は無事な左手に太刀を持ち替えた。すると、今までになく太刀が馴染むのを感じる。そうだ、なぜ今まで気付かなかったのだろう。
「俺は左利きなんだ」
食事も左手で箸を持ってとっていた。帝も石上も右利きなので右利きの剣術を教えていたのである。片手で持っていても安定感がある、握りやすい!
もっと早く左手での剣術を教えるべきだったのだろうが、帝本人も右利きの二人の動きを真似ていたので刀だけは右手を上にして柄を握り、片手で持つ時は右手で持っていた。
帝は回復途中の月衆の上に跨り左手で体を貫いた。よろめきながら兵が杭を打ち込み火を点ける。
「速さが、変わった」
太刀筋が読めない、狼狽えている間に月衆の体は両断される。
かぐやは自分を押さえ込んでいる大王の腕をどうにか掴んだ。気味は悪いがこうするより仕方がない。突っ込まれた指に歯を立て傷を付ける。
「痛いぞかぐや、悪い子だ。また仕置きしてやらないとわからんか?」
傷から血が滲み出てくる。強さと知能だけで月衆の頭領になった大王の体液もまたかぐやと違いただの粘液だった。かぐやはそれを飲み込む。脇腹の傷が塞がっていく。たまらず大王は指を引いた。隙を突いて今度はかぐやが大王の腕を抱え込み、必死に動きを封じる。
帝は大王の元に行かせまいと斬りかかってくる月衆たちも左手の太刀で一気に斬り伏せた。
「おおきみさま! おおきみさま!」
「お逃げください!」
大王は混乱していた。左利き? なんだそれは! 珠で時折人間を観察する程度の大王にはわからないだろう。かぐやは痛みを堪えながら微笑んだ。小弓遊びも、毬打も左手でやっていた。
(おまえは帝とずっと一緒にいなかったからわかんないんだ)
「かぐやを離せ!」
傷口が塞がっていく。脱力していた体に少しずつ力が戻る。かぐやは慄きながら帝を目で追っている大王の腹を蹴り上げた。
「ぐうっ……」
油断してまともに蹴りを喰らった大王は巨大な体を沈め膝を突く。
「かぐやぁ……!」
せめて道連れにしようと、大王は回復しかかっていたかぐやの刀傷にもう一度刀を突き立てた。それでもかぐやは大王の腕を押さえ込んで離そうとしない。
帝が血を滴らせながら高く飛び上がって大王の首を刎ねた。
大王の断末魔が京中に響き渡った。倒れ込んだかぐやを飛び越えて、心臓と思しき場所に何度も刀を突き立てる。太い杭を生き残った兵が一斉に打ち込み、松明をくべた。首を炉に投げ入れると断末魔が消える。
「や、やった……」
「おおきみさま、おおきみさま!!」
頭領に媚びへつらう者は月衆にはいないが、動物の群れのように強い者が殺されると動揺し敵を排除しようとがむしゃらに襲い掛かってくる。
どうにか立っていたかぐやが倒れ込むと感情の塊のような月衆の拳や刃が振り下ろされ、足も手もボロボロにされる。
(怖がっている、もうこの国は簡単に手に入る侵略対象じゃなくなったんだ。成功だ。俺の勝ちだよ)
骨を折られ吐血しながらかぐやは冷静に帝を見つける。
「よくも……」
触手の月衆を倒し切れていなかったのが失策だった。知能は低いが、動きの予想が付きづらい。大王に手を下した帝に先を鋭く尖らせた触手が伸びてきた。帝は触手を斬ろうと刀を振り上げたが、低い位置に潜って触手は刃を躱してしまう。かぐやは帝の前に転がり出た。
左右から伸びた触手がかぐやの両手を拘束する。尖った触手がかぐやの胸に突きたてられた。
「かぐや!」
「腕ごと触手を斬れ、回復するから平気だ、いいから早く!」
帝は震えながら左腕を斬る。触手が絡んだままの腕がぼとりと落ちた。痛みに怯んだ触手が右腕から外れ、帝は咄嗟にかぐやの手に太刀を握らせた。
「…………っ」
触手の月衆の体を両断すると同時に、もう一度尖った触手がかぐやの腹にめり込む。
月衆は屋根から転がり落ち、大王と同じ炉に投げ込まれた。
まだ続きますよ~~




