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第二十三話

とうとう二人きりになってしまったかぐやと帝。刻限は着々と迫っており……。

 屋敷の者は悲嘆に暮れながらどうにか葬儀の準備をし始める。驚かせないよう裏口から侵入したかぐやは傷を舐めて治す。斬り落とした指も順番に舐めると新しい皮膚を持った指が傷口から生えてきた。言葉を失い、ぽろぽろと泣き続ける帝の横に座り、涙を舐めはじめる。

 先ほど帝の涙を舐めた月衆の様子を見るに、涙を綺麗な物と認識して力を増強することはできないようだった。あれは単なる脅しだったのだ。そりゃあそうだ、本来涙なんて汚らしいものなのだから。

(じゃあなんでかぐやは俺の涙舐めてんのかなあ)

「かぐや、汚いよ」

「治らねえ……力が弱いのか、俺の……。何か綺麗な物ないか」

 帝はしゃくり上げながらも力なく微笑む。

「俺の顔かなあ」

「口に入れられる物でないと」

「……突っ込んでよ、かぐやぁ。そこ傷ないよ?」

 でもずっと涙が、と心配そうに小さな舌で頬を舐める。帝はようやく納得した。

「かぐや。心の傷は舐めても治らないんだよ。馬鹿なかぐや」

 かぐやは唇を震わせ帝をぎゅっと抱きしめた。悲しんでいる人を慰めるにはどうしたらいいのか、たった三年の地上生活で得た知識を総動員してもこれしか思いつかない。かぐやに烏帽子ごと斬られてざんばらになって以来冠や烏帽子をかぶることをやめた帝の、結えない短い髪をひたすら撫でる。犬や猫や赤ん坊、そうした愛おしいものに人はこうするのだ。

「舐めて治すなんて猫みたいだねえ」

 赤ん坊のような天衣無縫な相手から猫だと言われてしまった。それでもかぐやは頭をくしゃくしゃと撫で続ける。

「治らない」

「治らないじゃなくて泣き止まないって言うんだよ」

「泣き止め」

 帝はしゃくり上げて掠れた声で、小さく、うん……と答えた。


 石上(いそのかみ)の葬儀を終えても、かぐやは竹林の中の屋敷へ帰ろうとしなかった。人払いをして帝と謁見する。

「俺はもうじいちゃんとばあちゃんの家には戻れない。……世話になったな。ありがとう」

 帝はとっさにかぐやの手首を掴んだ。

「どこ行くんだよ」

「……おまえは、友達だから。初めてできた友達だから、巻き込みたくない」

「うん。で? こっちだって友達なんだけど」

 珍しく眉間に皺を寄せ、ぶっきらぼうに言い放つ帝にかぐやは肩を竦める。

「俺だって友達なんだけど。ひどい目に遭うってわかっててこのまま行かせんのやなんだけど」

 月衆に虐待される以外で怒られるのも、喧嘩をするのも初めてだった。美少女の見た目をしているが月衆に怯まず地震にも雷にも怯えたことがないかぐやがぴりぴりした帝の口調を怖がって俯いている。

「餌にされて、気持ち悪いこといっぱいされて。痛くて苦しくて嫌なんだろ?」

「平気だ。俺なら平気だから」

 腕や首に赤い発疹が浮き出てくる。帝は続けた。

「助けてほしい?」

「助けなんていらない。生まれた時から何も求めた試しがなかった。何も欲しくなかった。死ぬために生まれたんだ」

 よろめいて、膝を折り、過呼吸を起こす。

「何もいらない」

「嘘はだめだよ」

 脂汗をかいて、喉を搔き毟りながら絶え絶えに言葉を続けた。

「頼むから俺を助けないでくれ」

 帝はかぐやを支え起こし、その背を擦る。

「苦し、息が……」

「嘘なんかつくから」

「巻き込みたくねえんだよ、ばか……」

 かぐやの震える手が縋るように帝の狩衣を掴んだ。

「月に帰るの怖い?」

「…………っ、こわいよ」

 やっと観念したか、と帝は目尻を下げて笑った。強情だわ、と噛み締めるように言って背を叩く。


「戦えかぐや。大王なんかに屈するな。俺も戦う。めちゃくちゃ怖いけど戦う。最初から諦めるのと、挑んで負けるのじゃ大違いだ。そうだろ」

 かぐやの目を覗き込んで視線を合わせると、逸らさずに言葉を紡ぐ。

「俺はこの国の民を守る義務がある。足手まといだろうが、どうか連れて行ってくれ」

「わかった。死ぬなよ。てめえの命はてめえで守れ、絶対死ぬな、それだけ」

 翁と媼に最後の手紙を書こうと筆を要求したかぐやに帝が言う。

「ちゃんと会ってやりなよ。三年も育てた子供がいきなり帰って来なくなったからきっと心配してる」

 かぐやは胸が締め付けられるのを感じた。月にいる間、心配してもらうことも心配することもなかった。だがこの国に来てから翁も媼もかぐやを心配してばかりだった。赤ん坊でいた期間は非常に短かったがかぐやがよちよち歩いては膳に頭を打たないか、転んで足を擦りむかないかと毎日気を揉んでいたようだ。

 貴族にとっては子供は家を存続するための跡継ぎでしかなく、庶民にとっては労働力としての期待しかない。そういう時代だ。それなのに年老いた夫婦にとって天から与えられた子供は余程愛しく大切だったのだろう。

「帝、ばあちゃんと、じいちゃんに安全な避難場所を用意してやってくれ」

「わかった。二人のことは京のはずれの屋敷で匿うよ」

 これが最後になるかもしれない。二人は何度となく通った道を、翁と媼を迎えに戻った。


いよいよ最終決戦に向けて物語は動いております。初期読んでいない方は今からでも二時間くらいあればさくっと読めるのでよろしくお願いします。

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