第二十二話
自分で書いていてもちょっと泣きそうになるシーンでした。
帝は押さえつけていた月衆の腕を斬り捨てて駆け寄り体当たりして石上を解放する。
「大丈夫か、火傷してる」
「だから来ないでほしかったんだよ、足手まといの姫御前が」
「言ったな、ぼろぼろのくせによく言うよ」
すう、はあ、と大きく呼吸を何度か繰り返し、石上の体を支えて帝は叫んだ。
「月衆どもよ。私はこの国の皇、この目が、体が欲しくば殺して奪え」
そして突き放すように石上の背をかぐやに向けて押した。震えるばかりだった切っ先が安定する。月衆の一体が奪い取った刀を振り上げて突進してきた。帝は刃を受け止め、鎬を削る。だがまだその動きは拙い。教わった通りに右手で刀を振っているが防戦一方になっている。
刀が何度か合わさった時、衝撃に指が痺れ帝は刀を取り落した。石上は斬りかかる月衆と帝の間に自分の体を滑り込ませる。そのまま帝を抱き込むようにして、背中に刀を振り下ろされた。
「いっちゃん!」
強い力で体を抱き込まれ、帝は身じろぎが出来ない。その間も石上は背中に刀を受け続けている。
「いっちゃん、離せ! バカ!」
「このままおまえに刃は届かせないから、目を閉じてればその間に全部終わってるから」
「かぐや! かぐや……助けて、いっちゃんが……!」
かぐやは月衆たちに抑え込まれてなかなかマウントが返せずにいる。
「俺は本当はおまえを戦わせたくはなかった。優しい子だからねえ。鳥や猫や犬が好きな優しい子だったからねえ。誰かを蹴落とすよりも歌を詠んでいる方がいいっていうおまえが……このままずっと……健やかに生きられれば……本当は、本当は、刀なんてにぎらせたく、なかった」
帝は冷えていく友達の体を支えながらぼろぼろと涙を零す。こんなに生体反応が弱くなっているのに、自分の体を盾に帝を守ろうという意思が余程強いのか、体を抱き込む力は凄まじく、腕から逃れることができなかった。帝はしゃくり上げて子供のように泣き始める。
「しっかりしろ、目開けろ、喋るなって! ほら、息吸って吐いて」
「洟垂れてるよ、拭きなさい。泣かんのよ」
直垂の袖で帝の鼻を擦り石上は微笑む。
「待ってくれ……かぐや! かぐやが来てくれるから」
「ご飯ちゃんと食うんだよ。ちゃんと寝な」
「ばかばか! 死なないだろ、いっちゃん、いっちゃん!! 明日も遊ぼうぜ、ねえ……」
「そうだねえ」
石上は大きな手で帝の頭を撫でて笑うと、ふう……と息を吐いてそのまま一言も発さなくなった。あれほど力強かった体は重いだけの塊になり、そのどこからも温かさを感じない。
「息してない。うそだよ。うそ……」
体の下から這い出て、震える手で石上の体を横たえる。月衆たちは色めきたった。
「死んだ! 食べていい?」
「喰おう」
「喰う、めだま!」
帝は立ち上がり、取り落した刀を握り直す。夜空をつんざくように、帝の獣のような咆哮が轟いた。その響きに隙を作った月衆はかぐやにマウントを返される。
咆哮を上げたまま帝は月衆に斬りかかる。間合いを無視し、肩口に振り下ろされる刃も、脇腹を突いてくる刃も受け止めながら血しぶきを上げて月衆を叩き斬った。
息を荒げ、珠のような汗を滲ませて、ようやく一体屠る。
「あは、あはあ、かわいい、かわいい、血統のいい人の男のめだま!」
「きれいだから相当美味いぞ」
「喰いたい」
「ほしい、あは、あははあは」
同胞を殺されても悼む気持ちもないのか、反吐が出る。かぐやは帝に駆け寄りながら舌打ちをする。
「いいよ。目ぐらい持って行け。その代わりいっちゃんを返せ……返せえ!! ……っ返してくれ」
稚拙だった帝の太刀筋は鋭く鮮烈なものに変わり、一気に二体を真っ二つに斬る。上半身に跨って心臓に鉄杭を打ち込むと大量の油と薪に火をつける。
「そっちは」
「三体殺した。これで全部死んだ」
帝はがくんと濡れた草に膝を突き、四つん這いになると冷たくなった石上を抱き起した。かぐやは躊躇なく自分の指を斬り落とし大量の血を石上の口に流し込もうとするが、その心臓は止まっているため喉が動くことはなかった。
「指じゃ足りないか、腕か、足か……」
「もう無理だ。かぐや、もうやめろ」
肩に刀身を当てる。肩までは自ら斬ったことはない。どこまでやったら回復が間に合わず失血死するか見当がつかない。
「やめろ、危ないんだろ!」
「だってこんな……っ」
刀身を下ろさせる。
「俺のせいでこんな……最初から月に戻って囮になるべきだった」
大王の意識が俺に向いているうちに、兵を用意させておけばよかった。かぐやは血が滲むほど唇を噛む。
「兵は死ぬだろ」
「でも御行も石上も帝も死なない……」
俯くと長身の帝からはかぐやのつむじが見える。細い肩は小さく震えていた。
「だめだよかぐや。誰も死んじゃだめだ。かぐやも」
友達が死ぬのも、兵が死ぬのも、俺はやだよぉ。そう言って帝は石上の体を抱き締める。
憔悴した帝は石上の遺体を抱え上げて馬に乗り、ようやく屋敷に戻ってきた。
元ネタの方でも石上麻呂は死んじゃうんですよね……




