第二十話
人型月衆vsいっちゃん。当初敵の名称『鬼』で行こうと思ってたんですが、鬼を刀で退治する……このご時世に……ぶつける勇気はない……と思って『人型月衆』呼びに変更しました。『~型』のクリーチャーを刃で退治する、もちょっと巨人っぽいアレですが……人型なのでちょっとゲリオンっぽくもありますが……
満月の度に地上に降りてきていたらしい触手や沼女を討伐したことで危機を脱していた京であったが、学者と謁見した帝が恐ろしい情報を手に入れた。
「月の満ち欠けを研究しているその男によると、次の次の満月が一年で最も大きな満月にあたるらしいのよ。月が最接近するとかなんとか。正直俺には難しくてよくわかんなかった」
かぐやはそれを聞くと、黙ってごくりと息を飲んだ。
「どうしたかぐや。もしかして、その日が一番危ないのか」
石上が訊ねる。答えなければ肯定。しかし否定しても発疹で嘘がばれてしまう。かぐやは唇を噛んで黙ることしかできない。
「月衆の力が最も強まるのは満月だ」
「でもだいぶ討伐したし、桜が散ってから今までは月衆も暴れてないよ?」
かぐやが苦しげに口を開く。
「気配を……感じるんだよ。月で俺のことをしょっちゅう犯してた奴らの気配が強くなってる。記憶が甦って不安になってるだけかもしれねえけど肌がぴりぴりして……また喰われながら犯される強い予感がある」
かぐやは人外である。すべての感覚が地球人である帝たちとは異なっていた。
「予感が危険信号だとしたら、おそらく次の満月でも月から何体か降りてくる。大王ほどじゃないが、かなり力の強い月衆で人型の奴らがいる。この国でいう所の鬼だ」
月の最高権力者である大王を取り巻くいわば四天王のような存在で、触手や土蜘蛛の月衆より力があり上位の種だ。無論人型と言えどかぐやのように人間に酷似して美しい見た目をしているわけではない。
「上位の奴ら……人型月衆を殺されて、怖気づいて大王が侵略を諦めてくれる可能性は?」
かぐやは首を横に振る。
「わかんねえ……土蜘蛛は直近の満月で降りてきたわけじゃなさそうだし、俺が触手を殺してから侵略のために降りてきた月衆は不在だった。討伐は無駄じゃなかったのかもしれない」
だが真綿で首を絞めるように時間をかけて侵略を進めてきた月衆が大将を降ろして一気に片を付けようと考える可能性もある。そうなれば大王直々に襲来するだろう。人型月衆を討伐することで月からの侵略を抑えられる保証はない。
「満月は月衆に力を与える。今から数えて、次の次の満月はいつもの満月よりデカイ日だ。危険日はここ。大王が降りるとしたら、今までの数とは比べ物にならない数の大軍を引き連れてこの国に来るだろう」
現代の人間がスーパームーンと呼ぶ特に大きな満月が空に上る日、大王が月から光の梯子を伝って降りてくる。
「もうすぐだ……」
帝はかぐやの手を握った。やはり怖いのか、顔は青ざめている。
「大丈夫。ぎりぎりまで犠牲の少ない方法を考えよう」
言葉と表情がちぐはぐだったが、それでもかぐやにとっては頼もしかった。
「また人型月衆討伐すれば諦めてくれるかもしれないんだし! 土蜘蛛の時みたいに総力戦で当たれば倒せるよ」
次の日。石上殿、と屋敷に物々しい格好の男が入ってくる。
「調べたか、次の満月」
「はい。しかし早馬で御命を受けた為急ぎ呪い師を用意いたしましたが、そのようなことが本当にできるかどうかは……」
試したことはあるのだろう? と石上が訪ねると、屋敷に連れて来られた怪しい呪術師は無言で頷いた。
「わたくしの術は、外つ国では催眠と呼ばれるもの。効果は覿面でございます。教わってすぐにできるようになるかは石上様次第でございますが」
石上は呪術師改め、現代で言うところの催眠術師の前に大量の金銀玉を並べた。
「報酬はこれで充分だろう」
「ええ、ではさっそく人払いをしていただき……」
――――……
満月が近付いてくる。帝と石上は作戦を立てるために今日もかぐやの屋敷にやってきた。翁と媼は何かただごとではないという空気は察していたが、不安にさせたくないというかぐやの意思を汲んで帝たちは何も打ち明けていなかった。
「ああ、予測でしかないが、月衆たちが降り立ちやすい特定の場所ってのがある。磁場の関係で引き寄せられやすい場所なんだろうな」
「人型月衆にしろ、大王にしろそこを襲ってくる確率が高いのか?」
「いや、大王はもしかしたら俺の気配を辿ってここに攻めてくるか、最高権力者である帝の屋敷に来るかもしれない。大王でなければ、そこまでの偵察能力はないから」
古ぼけた地図を指差しかぐやが眉を吊り上げる。
「ここ。大八洲。燕の子安貝が採れるって噂がある」
燕の子安貝には病を治す効果があるとされ、見た目も美しいため多くの貴族たちに求められてきた。それが存在するという噂の大八洲は月衆の襲来を防げる建物や山がない平地であり、磁場も月衆に合っている。ついでに燕の子安貝を食せば力を蓄えることもできるため、上陸場所としては最適だと見込んでいた。
「大八洲ね、わかった」
石上が、ぱちんと音を立てて扇を閉じる。その後ろうそくの炎を吹き消すと、失神するようにかぐやと帝は畳に倒れ込む。
(よし、予備催眠は成功してる)
石上は低く落ち着いた声で眠っている状態の二人に話しかけた。
「次の満月は、あと十五回夜を過ごしたらやってくる」
実際に満月が来るのは、十三日後の夜だった。
石上は十三日後のその日、烏帽子を脱ぎ髪を乱雑に結び、貴族や公家と思えない質素な着物を着るとこっそり弓矢を持ち太刀を佩いて馬に乗った。弓矢も太刀も上物だがぱっと見た限りでは位の高い人間には見えない。
「目的地にたどり着く前に野盗に襲われちゃたまんねえからな」
独りごちながら馬を走らせる。
ちょうどその頃、帝の屋敷で二日後の襲来に備え武具の確認をしていたかぐやが空を見上げた。
「……満月……に見える」
ここ数日、頭に靄がかかったように記憶が判然としない時間帯があった。帝も作戦会議中に寝落ちてしまったと石上に平謝りすることが何度かあった。
「なあ、おかしくねえか……俺にはあの月、満月に見えるんだけどよ」
かぐやは帯刀する太刀を選んでいる帝を指で呼び寄せた。
「いやいやいや二日後でしょ……でも確かにまん丸に見えんね……」
帝は鴨居から覗き込むように長身を屈めて夜空を見上げる。
ぱちん、と音が鳴る。どこかで猫か野犬が枯枝を踏んで割った音だった。
その音をきっかけに記憶が甦る。この音を聞いた後ろうそくの火が消えるのをきっかけに自分たちは半分寝ている状態にさせられ、その後に石上の低い声を聞いた。
『次の満月は、あと十五回夜を過ごしたらやってくる』
記憶を改竄され、十五日後だと思い込まされていた。
かぐやは全身の肌が粟立つのを感じた。
月から光の筋が淡く伸びている。ここからだと淡いがおそらく近くで見ると梯子のようにはっきりとした光のはずだ。
大八洲。辿り着いたその場所にはすでに人間より巨躯の人型をとった月衆がぞろぞろと上陸している。石上は馬から下り、その横腹を軽く叩いた。
「逃げな。土蜘蛛の時は巻き込んじゃったからね。おまえまで巻き込まれたらかわいそうだ」
馬は解放され、月衆の臭気に怯えて平原を駆け戻って行った。
「かぐや。ごめんな、人の子は嘘がつけるんだわ」
――――……
石上が嘘をついたのだとしたら、理由はひとつ。一人で片を付けるつもりでいる。
人型月衆を一人で討伐すれば犠牲は自分一人で済む。侵略を止められるかもしれない。万が一侵略が止まらず大王と対峙することになっても、最大の戦力であるかぐやを無事に温存できる。兵も裂かなくて済む。自信はあった。いつか来るいくさの時代に備えて、公家とは思えないほどの鍛錬も重ね、かぐやと出会ってからは乱戦時の戦い方も学び、屋敷の志高い若者を相手に稽古を続けてきたのだ。月衆が鬼ならば、人と同じような姿をしているのだから戦い方は鍛練と変わらない。
「一人で行きやがったんだ、石上の奴」
「すぐ行こう!」
ざわつく邸内の人間を捨て置いて二人は厩に駆け込むと馬に飛び乗った。
「騙された……いっちゃん」
目を抉られ死んでいった御行のことを鮮明に思い出す。そう寒い時期でもないのに歯の根が合わない。全身が震えていた。
いっちゃん、いそのかみって名前なんですが自分で打つ時も「いしうえ」って打ってるぐらい定着しにくい名字なのでどうか皆さんも心の中で「いっちゃん」と呼んでやってください。




