第十五話
かぐや対触手の月衆。いや~我ながら少年漫画っぽくなってきたんじゃない?!
――――……
その夜、帝の住む御所を媼が訪れる。
「かぐやのばあさま、どうしたこんな夜中に」
「いえ……かぐやときたら帝への御目通りだというのにずいぶんと薄汚れた着物で行ったものですから。三日も居続けと言うものですから綺麗なべべを用意しておったんですがね」
共に媼を迎えた帝と石上は顔を見合わせる。
「わかりました、渡しておきます」
媼から渡された着物を受けとり、媼が立ち去るのを見届けてから帝は息を呑む。
「かぐや、じいさまとばあさまに内緒でどこかに行ったんだ」
石上は答えない。かぐやの居場所の見当は付いていた。
「……御行の目抉った月衆の所?」
「おまえ、知ってたん?」
「船から落ちて溺れて両目抉れることないだろ」
強張った表情で廊下を歩き飾ってあった太刀を手に取る。
「いっちゃん教えてくれ、御行はどこに行って死んだ? かぐやは今どこで月衆と戦ってる?」
「知らない」
「嘘つくなよ!」
「本当に知らねえんだよ」
御行は親族に危険が及ばないよう最期の瞬間まで自分がどこの海で何に襲われたか明かしていなかった。
「探さなきゃ、またあいつ一人で戦ってる。一緒に戦ってやらなきゃ」
太刀を佩こうとする帝の胸倉を石上が掴む。
「一体もまともに殺したことがねえやつに何が出来んだよ!」
「じゃあまた見殺しにしろって言うのか!」
「考えろよおまえはこの国の長なんだぞ! おまえの行動はおまえだけのもんじゃねえだろうが!」
俺ならともかく、おまえは……、言いかけて石上は言葉を飲み込んだ。場所がわかれば石上も帝に告げずに駆けつけるつもりでいるのだ。
「いっちゃん!! わかってるよ、けど」
とうとう石上は帝の顎に強烈なフックを入れた。帝の脳が揺らされ、膝が崩れかける。
「足手まといなんだよ!! 足手まとい守りながら戦うのがどんだけ大変か、攻撃受ける危険度が上がるかちったあ考えろ! 剣の威力もない、速さもないおまえがかぐやの横にいるだけで何が変わるんだよ!」
石上の言葉に帝は膝を突いた。
「何もしてやれない……あの子一人にしたくないよ、そばにいてあげたい。いっちゃんの言うことは正しいよ、でも、俺には飲み込めない。間違ってても……」
子供のようにうずくまって泣き出す。
「もう寂しい思いさせたくないんだよ、痛くて苦しい時に誰も……あの子の隣にいないのは俺がいやなんだ。綺麗ごとばっかりの貴族のわがままだよ、ただ俺がいやなんだよ。一人で辛い思いさせんの……」
石上はその丸まった背を見下ろしながら唇を噛んだ。帝も自分も人外と戦う技術はない。剣術だって幼い頃から続けてきた自分ならばともかく、帝はそう強い方ではない。月衆との戦闘を想定して修行を積んできたかぐやにとっては弱いだけの足手まといでしかない。
(けどあいつにとって帝は要るものだ。手を、離さずに……隣にいてくれるだけで助けになるものだ)
「……帝、かぐやがどこに行ったのか俺にも本当にわからんの」
「じゃあ捜す」
帝は涙を拭って立ち上がった。
「捜して迎えに行く」
「わかった。俺も京の外を捜す。おまえは北を、俺は南を捜そう」
帝は馬に武器を積み京の北側をくまなく探した。そうこうしている間に真夜中になり、馬の体力消耗が激しくなってきた。駆け足ができなくなり、立ち止まってしまう。
「もう疲れちゃったか。悪路だもんね。ちょっと待ってな」
帝は武器を背負い、手綱を引いて近くにぽつんとあった農家の戸を叩く。住民は今話している相手が誰なのかも知らなかった。貴族なら死んでも外さぬ烏帽子は髪が結えなくなって以来被らないことにしている。この住民が京の中に住む者なら烏帽子を外した貴族などいるはずがないと疑ってかかっていたかもしれない。だが農民ゆえに貴族にとって烏帽子がそこまで重要な意味を持つということさえわからなかったのだ。その装いを見てすぐに自分とは位が大きく違う者だと察した。
「この馬が妖に襲われぬように見ておいてやってほしい」
帝は報酬として成果物を渡したが、住民の表情が曇って行くのを見て報酬を間違えたかと眉を下げた。
「ごめん。あいにく今は何も……宝物は持っていなくて。そうだ、これを」
「ちょっと御公家様、何を!」
帝は狩衣と単を脱ぎ、小袖と袴だけの姿になった。
「綺麗な絹なので売れば金になるでしょう」
沓を脱ぎ、農民が土間に置いていた草鞋を指差した。
「あの……これをもらいたいんですけど、どうやって履くんですか」
現代で言う所の靴下を脱ぎ、素足で腰掛けると農民がひざまずいて草鞋を履かせてくれた。
「長い時間歩くんで、沓だときついかなって。これももらっていいですか」
「どうぞどうぞ! しかし、お供も付けずにこんな山奥に」
「これからもっと山奥に入ります」
帝は親切な農民の家を出て、歩き始めた。うっそうと茂る森の中に分け入ってかぐやを探す。月衆討伐なら、昔から妖が出ると噂のある場所に向かうだろう。海や山や森の方が可能性は高い。
山道で何度も転びながら、顔を土まみれにしてかぐやを捜す。絹の小袖も枝に引っかかって破け、足の裏にはまめができた。
「かぐや……」
大声を出せば敵に気付かれる可能性がある。叫びだしたい気持ちをぐっとこらえ、帝は丑の刻まで山を捜し続けた。
同刻、海岸。
回復や再生にも体力を奪われ、かぐやは限界まで追い詰められていた。触手の月衆も回復が追いつかなくなりつつある。波を背に月衆が海に戻れないよう、血をしたたらせて立っている。
(くそ、殺気立って構えてるだけでも気力削られる……)
判断力が鈍って肩を貫かれてから回復するまでに時間がかかってだいぶ体力を持って行かれてしまった。
「アアアアアアアアアアアアアクワセロクワセロオオオオオ!!」
月衆もだいぶ追い詰められている。山側を捜索していた帝がその咆哮を聞いて山の中腹から海岸側に回り、見下ろす。巨大な月衆と戦うちっぽけな人間の姿があった。シルエットしか見えなかったが、あれは間違いなくかぐやだ。帝は確信した。
(かぐや……! いた!)
おそらく互いに次の一手が勝負だろう。月衆の巨大な体の頭に付いた目ばかりを狙ってきた。視界を奪えば触手を叩き斬れる。
(視界……粘膜だから弱点だと踏んでたが、頭や顔を攻撃してもそれほど効いてる様子がねえ)
頭や目が弱点でないならば、普段海面より下にある腹の方がむしろ弱点なのか。
かぐやの脳裏に帝と修行している時のことがフラッシュバックした。
かぐやと帝が木刀を手に対峙している。かぐやは下段に構え腰を低く落とし、忍びのように走って、焦る帝の下腹に木刀を打ち付けた。
「ぐへっ、げほ……」
「反応が遅い」
「仕方ないじゃん、かぐや小っちゃいからただでさえ見えにくいのに」
長身の帝や石上、さらに御行と剣を交わした時にも同じことを言われた。
(おまえらの体がでけえのは、強みでもあるが……)
かぐやは上段に構え重心を高くしたまま走り出し、月衆に近付いてからがくんと腰を落とし、地面すれすれを走って月衆の腹の下から刀を突きたてた。
「?! アアアガアアアアどこだアアアアアア」
予想通り、大型の月衆からは目の前にいたはずのかぐやが急に消えたように見えている。間合いを一気に詰められる上にガードがおろそかになった部分を斬れる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
バケモノの恐ろしい叫喚が海岸中に響き渡る。海水に守られている腹の部分は弱くなっているようだった。かぐやは腹を切り裂いて、月衆を気絶させた。
「やった……」
体中に鉄杭を刺し、再生できないようにしてから巨大な口に枯れ枝を突っ込んで、周り中に油を撒いて火を点けた。ようやく月衆の体が灰になって飛び散っていく。
かぐやは大量の血を流しながらふらふらと海岸を離れた。帝は履き慣れない草履で山の斜面をもんどりうって転がり落ちながら、海岸に続く砂利道に降りた。
「かぐや!」
「帝……おまえ、なんでここ……」
かぐやの体が安心感から倒れるのを抱きとめて、帝はわんわん子供のように泣きだした。
「生きてた!! 生ぎでだよーーーー! よかった! よかったあーー!!」
その衣類も顔もぼろぼろになって、足先に血が滲んでいるのを見て、居場所を突き止めたわけではなく突き止めるまで夜通し探し回ってくれたことをかぐやは悟った。
「来てくれたんだ……」
「うん。もう大丈夫、帰れるよかぐや。おかえり」
土埃まみれの帝の体は温かく、嗅ぎ慣れた香の匂いがする。帰れるんだ、帰っていいんだ。もう一度あの場所に。かぐやの目に涙が滲む。
「なんで、ここまで……! 俺のせいで御行が死んだんだぞ! 俺のせいで起きたことだ! 恨まれて当然なのに」
「なんでそこまで? わかんないよそんなの……」
(わかんないか)
帝の背におぶわれてうとうとしながらかぐやは帝の肩に顔を押し付けて少しだけ涙を流した。鼻水も少し帝の肩で拭った。
(生きていていいって言ってくれる人が俺にもいる)
「あの月衆倒した時の一気に体勢低くするのかっこいい! 不意に見えなくなるから、新月斬りだね」
「何それ」
「技名よ、新月斬り」
「ええー、かっこよくねえー」
「かっこいいでしょ」
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