第十四話
かぐやvs触手の月衆。本日お休みだったためバトルのターン加筆しました。ブロマンス要素強めなので男の方にも楽しんでもらいたくて少年漫画的なバトルを追加した次第です。敵が触手なのは私の趣味です。
「帝ほどじゃないけど俺だっておまえといっぱい喋った。馬鹿騒ぎだってしたでしょ。死にに行くって聞かされて一人では行かせらんねえよ」
その手を、かぐやはいつものような冷たい目で振り解く。
「帝守んだろ」
「あんたも守るよ」
「だめだよ、俺は元凶だ。すべての厄災の元。何もかも想定が甘かった……。帝の所に行ってやれ。あんたはあいつの友達なんだ、帝を守るためにそばにいてやらなきゃいけないだろ、帰りな、いっちゃん」
石上は歯噛みした。帝を守るのが、中納言としての、そして子供の頃から帝を慈しんできた石上麻呂の役目だ。
「……大丈夫、俺は元いた世界に戻るだけだ。何も変わらないよ。ただ俺が月に戻って大王を油断させている間に帝の傍に兵を集めてほしい。大王はこの国の侵略を企てている。奴らは美しい若い男の目が何より好きなんだ。帝は狙われる。帝だけじゃない、たくさんの人間が嗜好品にされてしまう。そのことは帝自身に伝えておかなきゃいけない。襲ってきたら戦ってもらう必要がある。……危険な目に遭う可能性をまったく無くせなくてごめん。あんたは、月衆から帝を逃がすために常にそばについててやってくれ」
石上はしぶしぶ頷いて、屋敷の帝の所へ戻った。
ところが次の日、石上がかぐやの屋敷を訪ねてきた。
裏の河原を並んで歩く。
親もいない、仲間もいない。誰かと会話して笑うこともない。その体の温かさも知らない。かぐやのいた世界はいつも真っ暗で一筋の光さえなかった。
「かぐや。一個言い忘れてた。巻き込むなとは言ったけど……帝から離れろとは言ってないから」
詭弁だと石上は自嘲する。あんな言い方をしたら、もう帝に会うなと言っているようなものだ。酷い男だと自分に辟易する。
「だめだ。近くにいたら絶対巻き込む」
一晩中、口を引き結んで俯くかぐやの顔がちらついて眠れなかったのだ。
石上は、河原に落ちていた石を拾い上げ、スナップを利かせて川に投げた。石は川面を二、三回跳ねて落ちる。
「やったことある? 帝はこれ上手いんだよ」
帝を巻き込んでほしくないが、彼から帝を奪うのならせめて自分がその代わりになれないか。そう考えた石上はそう言って笑った。かぐやは驚いて、ぷるぷると首を振る。
「水面と平行に投げる……そうそう。平べったい石を選んで」
「水面と平行に……」
水切りに飽きると、簡単な釣竿を作って魚釣りに興じた。しかし一匹も釣れず、二人は顔を見合わせて苦笑する。かぐやはするすると木に登り、実っていた枇杷を採ると石上に分け与えた。
「帝も枇杷が好きで……」
「うん、でも桃が一番だって」
「……かぐや。帝とまだ、友達でいたい?」
かぐやはまた、無言になってしまった。嘘がつけない以上黙るしかない。石上はかぐやに慈しむような目線を寄越し
「昨日の発言は取り消し。みんなが危ない目に遭わないように考えよう。一緒に。それでもだめなら、俺が最後まで一緒に戦うから、見捨てたりしねえから」
と言った。
帝も同じ気持ちだと思う。そうぽつりと言って石上は笑うとかぐやの背中を叩いた。
「御行が死んで苦しいのはかぐやも一緒なのに、わかってやれなかったな。追い詰めるような言い方した。ひでえな俺は」
かぐやは河原にしゃがみ込んだ。石上が慌てて駆け寄る。
「ここが、痛くて、鼻の奥が熱くて痛い、苦しくて動けない」
「まさか……泣いたことないの?」
「……な、泣くのってこんな、くるしいのか」
かぐやの目から涙がぼろぼろと零れだした。
「のどがいたい」
ずっと我慢していた感情が溢れ出した。子供のように声が漏れ、しゃくり上げてかぐやは初めて泣いた。
「……もう、ひっ、なみだ、でっ、でてない、のに、うまくしゃべ、れない」
「しゃくり上げだけ残ってんのね……こんな泣き方する大人初めて見た」
「わ、わらうなっ」
よしよし、そう言って石上はかぐやのしゃくり上げが止まるまで河原に座って待ってやった。
それから数日後。
「また御所へ行くのか?」
膳をつつきながら事情を知らない翁が怪訝そうに問うと、同じく山盛りの白飯を口に運んでいたかぐやがこともなげに答える。
「毎日来よとの仰せですので」
「それにしたってそんな……爛れた関係……」
媼はごくりと唾を飲んだ。帝はかぐやに男だと打ち明けられてから、諦めるどころか毎日のように宴に誘ったり、蹴鞠に誘ったりと以前に増してかぐやを御所へ呼び付ける。朝まで帰って来ないこともしょっちゅうだ。男だとわかっていても惹かれあう心は止められずということなのか、男同士であっても年若い二人、淫らな行為への興味が近くにいる相手に向かってしまっているということなのか。
「ばあさん」
「薄い本が厚くなるとはこのこと」
「ばあさんや」
媼が妄想をおかずに白飯を貪っている間もかぐやは神妙な表情で考えを巡らせていた。
向かう場所は御所ではない。
「三日ほど、“居続け”しますのでどうか心配なさらず」
「三日も?! は、激しいのう」
「ばあさんや……」
荷物を背負い、馬に飛び乗って手綱を引く。かぐやは暗闇の中ひたすら馬を走らせた。行き先は決まっている。御行の目を抉ったあの月衆の所だった。
満月に合わせて地球に降りてくるのなら、どのみち次か、その次の満月を待たねば大王は迎えに来ないだろう。来ないならば好都合、こちらから一体でも討伐しに行ってやる。御行の治療を最優先するために討ち果たす前に逃げて来てしまった。時間が経っているので再生してしまっているはずだ。
目玉も指も惜しくはない。血塗れになっても構わない。
(帝が傷付けられるのよりずっといい。一人で死んでもしばらくは、月衆どもの気は俺の亡骸で引きつけておける。帝に危険が及ぶ可能性を潰せるならそれでいい)
「一人で生まれて、一人で死んで。それでおまえが守れんなら、本望だ」
暗い海に向かって叫ぶ。
「出て来い蛸野郎! おまえの大好物の蓮が来てやったぞ!」
水が渦を巻いてせり上がってくる。中央からおぞましい触手の妖が再び海面に姿を現した。
「蓮! 蓮が来た、喰われに来た!」
「喰いに来い……」
水面を滑るように触手が伸びてくる。かぐやは誘うように浜を走ったが、月衆は触手で追うばかりで本体は上陸してこない。これでは船で近付かない限り倒せない。かぐやはわざと刀を構え、逃げるのを止めた。触手がかぐやの足を貫く。
「ぐう……ッ」
痛みを堪えて触手が巻き付いてくるのを待つ。触手はチャンスとばかりに体に巻き付き、かぐやを海上高く持ち上げた。何本も体に巻き付いては動き回って単や袴の中に入ってくる。あるものはぎちぎちと締め上げ、あるものは体表を擦りながら艶めかしく動く。
大きな舌がかぐやの体を飴のように舐め上げる。
頭の真上まで持ってくると巻き付く触手の数も多くなる。
「……っ、ん」
びくんと肩を震わせるかぐやを見て、月衆は下卑た笑い声を上げた。かぐやが手にした太刀を真下に投げつける。太刀が月衆の脳天に刺さり喚き声が響いた。痛みで触手が緩むとかぐやは月衆の頭に飛び降り、太刀を抜き取る。振り返りざまに触手を叩き斬る。どうにか捕えて喰おうと再生する間にも別の触手を向けてくる。あらゆる方向から襲ってくる触手を回避できず鞭のように背中を打たれ、鮮血が飛び散る。
「ちょろちょろと逃げ回るな。蓮」
足を押さえつけられ、引きずり倒されて逃れられず足首から先を喰われた。
「うああああっ、あ、あっ……!」
「うまい、うまい美味ィィイイイイイイイ」
回復するまでの時間を稼がねばならない。繰り返し脳天を刺し、のたうつ動きに乗じて月衆のぎょろりとした大きな目に斬りつけ視界を奪ってから主管の中心部にも深く太刀を差し込み念入りに傷を付ける。腰に提げた袋から、帝に貰った玻璃細工を取り出し飴のように齧る。美しい物がかぐやの回復力を格段に引き上げる。
(足が生えてきた)
かぐやは自分の血のたっぷり浸み込んだ包帯を外し海面に落としながら泳いで陸に上がる。視界を奪われた月衆が匂いに惹かれ陸に上がってきてくれれば同じ条件で戦える。
「こっちだ! 俺はここだ、捕えてみろ鈍間!」
「蓮――――――……どこだぁ、ここか、ここかあ――――!」
波しぶきを上げて泳ぎ進むうちに月衆の体は砂浜に乗り上げた。足は喰われた部位が少なかったおかげでどうにか戻ってきた。背中の損傷の方が激しい。
(やっぱり一対一はきついな……乱戦なら隙が出来るから分があるが)
対象が一人だけだと追いきれてしまう。触手は複雑な動きでかぐやを捕えるし先端の形状を変化させてかぐやの体を幾度も貫く。月衆も回復、再生を繰り返し体力を削られていた。長期戦は覚悟していたが実際追い込まれると疲労が凄まじかった。
若~~~~い頃にジャソプ小説大賞に送ろうかなと一瞬血迷った時に思い付いた刀対巨大生物バトルものが元になっています。当時は刀対巨大兵器で考えてました。その後温めている間に刀使った漫画やゲームがいっぱい出てきたので諦めていましたが、思い立って書いてみました。




