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「……八木くん、集中して」
「集中できるわけないだろ!!」
放課後の図書室、一番奥の壁際にある閲覧席。
俺——八木和真のすぐ隣で、白雪詩織が耳元に息がかかるほどの距離で覗き込んできていた。
正体がバレてから数日。
白雪は言った通り、俺の「自称・専属アシスタント兼一番近くのガチ恋勢」として、放課後になるとこうして執筆の監視……もとい、サポートをしてくるようになった。
「だって、八木くんが新しい章に入るからって顔を詰めて書いてる姿、すごくかっこいいんだもの。一秒も見逃したくないの」
真顔で恐ろしいことを言いながら、彼女は魔法瓶から温かい紅茶をカップに注ぎ、俺の前にそっと置く。
「はい、執筆のお供のアップルティー。砂糖は八木くんの好みに合わせて2個入れてあるわ」
「ありがとう……って、なんで俺の砂糖の好みまで知ってるの!?」
「ファンたるもの、推しの好きな味覚くらい把握しておくのは常識よ。先週の作者近況ノートに『最近甘い紅茶にハマっている』って書いてあったわ」
「リサーチ力がストーカーの域なのよ……」
俺が呆れつつも紅茶を口に運ぶと、甘い香りが口いっぱいに広がった。うまい。悔しいけどめちゃくちゃ落ち着く。
白雪は俺が美味しそうに飲むのを見て、満足そうにふっと口元をゆるめた。
普段の無表情からは考えられない、やわらかな笑み。……正直、心臓に悪い。
「それで、今日の進捗はどうかしら、YAGI先生?」
「『先生』はやめてくれって……。えっと、今は第3章のヒロインが主人公に想いを伝えるシーンで詰まってて」
「想いを伝えるシーン……」
白雪の目がキランと光った。
「なるほど。心理描写のリアリティを高めたいのね。なら——実演してみましょうか」
「は? 実演?」
言うやいなや、白雪は椅子ごと俺の方へ向き直り、机に肘をついて顔を近づけてきた。
ボブカットの黒髪が揺れ、彼女のつけている微かな石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
「……八木くん」
「な、なに……?」
「私ね、ずっと八木くんのことが好きだったの。あなたの紡ぐ言葉も、私の前で見せる少し困ったような顔も、全部……世界で一番、愛おしいと思ってる」
白雪の瞳が、至近距離でまっすぐに俺を射抜く。
冗談や演技のニュアンスは一切ない。本気の、熱を帯びた「ガチ恋」の眼差しだ。
「……ッ!?!?!?」
俺の顔が一瞬で爆発するように熱くなった。
心臓がバックバクと警報を鳴らし、手に持っていたペンを落としそうになる。
「し、白雪……っ、急に何言って——」
「ふう……っ」
すると急に、白雪がバッと両手で自分の顔を覆い、ガタガタと震え出した。
「無理……恥ずかしすぎて死ぬ……自爆した……」
「自爆したの!?」
「だ、だって、小説のセリフにかこつけて、本気の本心を言っちゃったんだもの……! 八木くんの顔が近くて、かっこよすぎて、途中から本当に心臓が止まるかと思った……!」
指の隙間から覗く白雪の顔は、熟しきったイチゴのように真っ赤だった。耳に至っては沸騰しているんじゃないかというレベルだ。
さっきまでの堂々とした態度はどこへやら、彼女は小さく丸まって「うぅー……」と唸っている。
(……ズルいだろ、そのギャップは)
クールに迫っておいて、後から限界を迎えて照れ倒す。
作家として、こんなに魅力的なヒロイン(リアル)を目の前にして、萌えないわけがなかった。
「……白雪」
「……なに? 私のこと、やっぱり重くてキモいって思つた……?」
不安そうに上目遣いで見てくる白雪に、俺はキーボードに手を置き、カタカタと猛烈な勢いでタイピングを始めた。
「……書ける。めちゃくちゃいいセリフが書けるわ」
「え?」
「ヒロインの照れ顔の描写、今の白雪をそのまま書く。完璧だ」
白雪はぽかんと口を開けたあと、さらに顔を赤くして、俺の肩をぽかぽかと力なく叩いてきた。
「バカ! 人の乙女心をネタにしないで……! でも……私のせいで八木くんの筆が進むなら……いくらでもネタにしていいけど……」
「どっちなんだよ」
俺が小さく吹き出すと、白雪も恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
静かな図書室の隅っこ。
キーボードを叩く音と、二人分の温かい紅茶の湯気が立ち上る。
「八木くん」
「ん?」
「私、八木くんの最初の読者になれて……今、世界で一番幸せ」
「……原稿、完成したら一番に読ませてあげるよ」
「絶対よ。……あ、でもイチャイチャするシーンがあったら、また実演の練習につきあうからね」
「それは俺の心臓が持たないから遠慮しとく!」
甘くて、少し騒がしい放課後。
俺の次回作は、どうやら今までで一番の最高傑作になりそうだった。




