立ちはだかる鉄蹄の第二波と、担ぎ込まれた花和尚
「全員、真っ直ぐ立ちなさい。前方の軍旗を見つめるのよ」
清晨の薄霧が立ち込めるなか、美嘉のすらりとした身の丈が真っ直ぐに伸びていた。
彼女の眼前に広がる練兵場には、この時、初めて四色の異なる小さな旗幟が翻っていた。
赤旗は医護、青旗は伝令、黄旗は糧務、そして白旗は遊撃。
美嘉は、大学の授業で行われた厳しいミリタリー訓練の規律、隊列の整然さ、組織の架構、さらには部隊としての佇まいや姿勢に至るまで、一から十まできっちりと、この大宋朝の最底辺に生きる女性たちの骨へと叩き込んでいった。
「今日から、あなたたちはただの洗濯女じゃない。梁山泊の四面旗特種後方支援部隊よ」
彼女は顧大嫂と楽大娘子の手を引き、一班ずつ、それこそ砂を噛むような細かさでディテールを詰めていった。
美嘉が担当するのは、全体の規律、行列の美しさ、指令の寸分の狂いもない精準な伝達。
二姉である顧大嫂は、糧務の管理と力仕事を引き受け、山を震わせるほどのダミ声を張り上げる。
最も欠かすことのできない大黒柱となったのが、大姉である楽大娘子だった。
楽大娘子は官僚の世家に生まれ、その心根は誰よりも繊細で温和だった。鬼のような猛訓練の合間、楽大娘子は常にやわらかなケアの役回りを買って出た。
体力が尽きて倒れそうな姉妹がいれば、優しく声をかけながら温かいスープを差し出し、故郷を想って涙を流す流民の女性がいれば、その手を握りしめて一緒に涙を浮かべながら慰めた。そればかりか、女兵たちの衣服の不都合から、日々の心の機微に至るまで、楽大娘子はすべてを円満に、平穏にケアしていったのだ。
大姉は温和、二姉は剛烈、そして三番目の妹である美嘉は精明かつ果断。
この三人の女性による完璧な役割分担こそが、昨日まで煤にまみれていただけの百人の女性たちから、かつてないほどの強固な結束力を爆発させることになった。
そして何より重要だったのが、医護隊における基礎的な看護知識の徹底だった。
美嘉は勝手な薬の処方こそ控えたが、現代医学の根幹である徹底した衛生管理だけは絶対に妥協しなかった。
「水は、完全に沸騰させてからでなければ傷口を洗ってはいけません」
「細麻布は必ず一度鍋で蒸し煮にし、綺麗に乾かしてから蓋付きの木箱に収納すること。もし泥のついた汚い布で弟兄たちの傷口を縛るような真似をしたら、この私が飛刀でその脚に風穴を開けてやりますからね」
美嘉の苛烈なまでの厳しさに、女兵たちは毎日、指一本動かせないほど疲弊しきっていた。しかし、三人の女頭領がそれぞれ自らの職分を厳かにこなし、一切の出し惜しみなく泥にまみれる姿を見て、百人を超える姉妹の中に泣き言を言う者は一人としていなかった。
この女子特種後方支援部隊は、呼延灼による第二波の狂暴な進撃が始まる前に、静かに、しかし確実にその形を成していた。
朝廷の第二波の攻勢は、当初の予想を遥かに上回る猛烈さだった。
戦火は瞬く間に拡大し、青州、少華山、さらには二龍山の豪傑たちまでもが次々とこの戦局の渦中へと巻き込まれていった。
呼延灼の連環馬が再び大地を揺るがす鉄流と化し、凌振の轟天大砲が山谷を粉砕したとき、梁山泊の大軍はまたしても凄まじい大決戦を迎えることになった。
だが、今回は違っていた。後山に敷かれた四面旗は、今や閻魔大王の手から命を奪い返すための護命符へと変貌していたのだ。
「赤旗が倒れたわ。第一班、止血箱を担いで前へ。青旗は西側へ移動、官兵が後路を回り込んでいると林教頭に伝えて」
美嘉は高所に立ち、結い上げた長髪を狂風の中に激しく翻らせながら的確な指示を飛ばし続けていた。
前線では今なお激戦が続いており、大量の重傷を負った兵や頭領たちが次々と担ぎ込まれてくる。
しかし、今回はあの悲惨な山道の渋滞はどこにもなかった。
糧務班の女兵たちは精準な手押し車の捌きで物資をてきぱきと後方へ避難させ、伝令班の娘たちはまるで俊敏な鹿のごとく風雪の中を駆け抜け、最短の道筋で担架の列を簡易救護所へと誘導していく。
何より周囲を震撼させたのは、医護隊の働きだった。
急ごしらえの仮設小屋の下で、美嘉率いる女兵たちは、煮沸消毒された清潔な細布で傷口の動脈を死に物狂いで圧迫しながら、手際よく、新しく配備したばかりの防潮止血散を傷口へと振りかけていった。
この一戦において、援軍に駆けつけた二龍山の大頭領たちは皆、甚大な重傷を負っていた。
青面獣の楊志は腕は大砲の鉄屑によって広範囲の皮肉を削ぎ落とされ、金眼彪の施恩は胸に深々と矢を受け流血が止まらず、操刀鬼の曹正に至っては、大腿部を官兵の馬の蹄によって血みどろに踏み潰されていた。
美嘉はつべこべ言わず薬箱を引っ掴むと、片足を冷たい泥水の中に突っ込みながら、自ら楊志の元へ歩み寄ってその傷口の処理を始めた。
「楊制使、少し堪えてください。この水は一度完全に沸騰させてから冷ましたものです。綺麗ですから安心してください」
美嘉は消毒済みの鋏を熟練の手つきで動かし、楊志の血に染まった袖を切り開くと、敷薬を施し、布を巻き上げていく。その一連の動作は、まるで一陣の清風の如く迅速で無駄がなかった。
しかし、まさにその時だった。
簡易救護所の偏棚の一角が、にわかに激しく動揺した。数人の屈強な大男たちが、一尊の巨大な肉山を担ぎ、足元をもつれさせながら、血相を変えて救護所へと突っ込んできたのだ。
担がれていたのは、他でもない。二龍山の総頭領――花和尚の魯智深その人であった。




