杭州の西湖へ行って思い切り地引き網(魚捕り)
後方の大営のなかでは、三千人を超える百姓と兵士たちがようやく陸続と宿酔から目を覚まし、穏やかな朝の炊煙が青青と立ち上り始めていた。
食堂の大庁(大ホール)のなかで、全員が朝の夥食(朝食)を終えた後、美嘉は総頭領たちを召集した。彼女は、自らの不手際で情報の収集が遅れ、山岡に危機を招いてしまったと激しく悔し涙を流している老七の背中を、優しくポンポンと叩いて慰めた。それから、美嘉は自らが先ほどまで思考していた天下の地政学的ロードマップを、一同に向けて実直に語り聞かせ、静かに彼らを見つめた。
楽大娘子は柔らかな微笑みを浮かべ、静かな声で言った。
「あたしはね、最初から三妹は天上の人で、俺たちを救うために降りてきてくれたんだって分かっていたよ。だからこそ、あの身勝手な身内を蹴飛ばして、妹にどこまでも付いていくと決めたんだからね」
魯智深は大声をあげて快活に笑った。
「三姑娘、あんたの語るこれからの数十年の先の物語を、洒家はすべて信じるぜ。あんた、もしかして夢のなかで遥か後世の世界を生きていて、眼が覚めたらまた洒家たちと一緒にいるんじゃないか?! だからこそ、それほど先の出来事まで、まるで見てきたかのように知っているんだろう!」
魯智深の突拍子もない言葉に、その場にいた全員が一斉にどっと吹き出した。美嘉も皆につられて笑いながら、ふと口を開いた。
「――どこから来たのかは、訊かないでくださいね」
その言葉を発した瞬間、美嘉は奇妙な既視感を覚えた。まるで、前世のどこか遠い時代に、優れた小説家(作詞家)が紡いだ美しい歌曲のなかで、この一節を聴いたことがあるかのような感覚だった。
「私の故郷は、ここにあります」美嘉は頭を上げ、全員の瞳を真っ直ぐに見つめた。「兄弟姉妹の家も、ここにありますわ。私たちはこれから、もっと多くの家を建てるのです。二龍山、桃花山、芒碭山、飲馬川……、さらには東京汴梁、そして遥か西方のサマルカンドにいたるまで」
「俺はね、あの蘇学士(蘇東坡)が美しい詩を詠んだ、杭州の西湖へ行って思い切り地引き網(魚捕り)をしてみたいねえ」水軍の阮小七が笑いながらぽつりと言い添えた。
「西湖だけではありませんわ。この前、宋頭領に付き従って東京(開封)へ赴いた際、蘇学士が亡くなられてすでに十数年が経過していると聞きました。学士の最期の地は崖州、すなわち天涯海角(世界の最果て)と呼ばれる地でした。じつは、あの場所からさらに南へ数千マイル、あるいは一万マイル進んだ先には、私たちがまだ見たこともない、果てしなく広大な海洋と大世界が広がっているのです。七兄様が魚を捕りたいのなら、いつか全員で、その大海原へ行きましょう」
武松と阮小五はその壮大な未来の青写真を聞くや大喜(狂喜)し、二人はすでに朝食を終えていたのにもかかわらず、どこからか一おけの美酒を担ぎ込んできた。さらに厨房の女兵に命じて二斤の雪花牛肉(極上の霜降り肉)を大急ぎで切り分けさせると、そのまま大庁の片隅の机で豪快に酒を煽り始めた。阮小五が粗無骨な碗を突き出し、魯智深をその宴席へと誘った。
しかし、普段であれば嗜酒如命(酒と聞けば命を投げ出す)のはずの花和尚は、生唾をゴクリと一口飲み込み、それから美嘉の顔をチラリと一瞥すると、不敵に笑って首を振った。
「洒家はこれから武頭領と交代して、前砦の班(当番)に就かねばならん。その大酒は洒家が任務を終えて戻ってくるまで取っておけ。今夜、腰を落ち着けて思い切り数杯酌み交わそうじゃねえか」
美嘉はその豪傑たちの微笑ましいやり取りを眺めながら、思わず莞爾と、温かい微笑みを漏らすのであった。




