↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/39

独龍崗の建国内政編、始まる


遠方から望む独竜岡(どくりゅうこう)の姿は、なだらかに起伏を繰り返す一連の山岡であった。その内部へと通じる道はわずか一条の細い山道のみであり、その険しい山道を通り抜けた先には、数万人を収容するに十分な広さを持った広大な山頂の平原が広がっている。

独竜岡は梁山泊から三、四十里(約十五〜二十キロ)ほどの距離に位置しており、美嘉たちの一行が最初の休整の地としてここを選ぶのは、地政学的にも当然の帰結であった。

かつてその山頂には、祝家荘、李家荘、扈家荘という三つの大きな村荘が鼎立(ていりつ)していた。しかし、梁山泊による三度にわたる祝家荘への猛攻は、結果として祝家、李家、そして美嘉の生まれ故郷である扈家荘のすべてを、一物も残さず灰燼に帰せしめていた。

数ヶ月前、実の兄である扈成(こせい)が生き残った荘客たちを引き連れ、失われた扈家荘を再建しようと試み、かろうじて数間の瓦房(かわら屋根の小屋)を建て直したことがあった。しかし、そのささやかな動きは、外へ流竄(逃亡)していた祝家荘の元管事・祝小牙(しゅくしょうが)の知るところとなってしまった。祝小牙は腕の立つ数十名の荘客と、さらに県衙(お役所)の官兵を味方に引き連れて急襲を仕掛け、扈成を拘禁したばかりか、扈家荘が新築したばかりの数間の瓦房を強占(横取り)したのである。

数日前、美嘉が手下を率いて祝小牙らを撃破した後は、扈成の配下である数名の荘客たちが、その数間の瓦房の中で息を吹き返すようにして再び生活を始めていた。しかし、今夜、美嘉が百人を超える大所帯を引き連れて戻ってきたため、かろうじて建っている四、五間の瓦房の内部は、文字通り隙間もないほど満杯(満員)に塞がれることとなった。

美嘉は顧大嫂や楽大娘子ら女眷(女性たち)とともに、狭い柴火間(薪小屋)のなかに身を寄せて眠ることとなった。

外では凍てつく寒風がヒューヒューと狂暴な咆哮をあげていたが、室内では誰もが泥のように深い眠りに落ちていた。

午夜(真夜中)、ふと夢から覚めて目を覚ました美嘉は、暗がりのなかで皆が身を寄せ合って熟睡している無防備な横顔をじっと見つめていた。その時、彼女の胸の奥底には、静かであるが、何物にも動かせない強固な決意が、一寸一寸と刻み込まれていった。

(絶対に、この人たちの寄せてくれた真っ直ぐな信頼を裏切るような真似はしない。私たちはただ生き残るだけじゃない。誰よりも良く、誰よりも幸せに生きてみせるんだから)

明くる日、乱世の冬には珍しく、天辺には雲一つない見事な晴天が広がっていた。

朝陽の柔らかい光が差し込む小庭のなかに、美嘉は総頭領たちと、兄の扈成、そして楽大娘子を加えた総勢十一人の核心メンバーを招集した。全員が中庭に真っ直ぐに立ち並び、ささやかな朝の軍議(会議)が開かれた。その主な目的は、まずは「どこに身を落ち着けるか」、そして「これからいかにして飯を食う(生きていく)か」を決めることにあった。

しかし、口を開いた魯智深をはじめとする豪傑たちの返答は、驚くほど衆口一詞(異口同音)なものだった。

「――すべて、三姑娘(お嬢さま)の差配に従うまでさ」

美嘉は胸の奥が熱くなるのを感じながら、深く、深く首を縦に振った。

「それなら、まずはこの独竜岡に腰を落ち着けて、私たちの足場を固めましょう。私は幼い頃からこの独竜岡で育ちましたからよく知っていますけれど、ここは優に三万から五万の人間を養えるだけの、豊かな水源と沃野(田畑)が広がっています。そのうえ地勢は易守難攻、天然の要塞ですわ。これだけの土地があれば、私たちは朝廷の泥沼から離れて、自分たちの世外桃源(楽園)を築き上げることができます」

水軍の棟梁である阮小二が、顎に手を当てながら言った。

「俺の眼から見ても、この岡の下は河汊(川の支流)が縦横に走り回っていやがる。梁山泊に通じているだけでなく、その先は(京杭)大運河にまで繋がっている。まさに南北へ四通八達の動脈だ。三姑娘の作り出すあの奇妙で便利な物資(肥鹸や薬)を船に乗せれば、南の市場だけでなく、北国のあらゆる土地へ向けて莫大な商売を仕掛けることができるぞ」

轟天雷の凌振(りょうしん)も、破顔して笑い声をあげた。

「宋江の頭領に騙されるようにして山砦へ担ぎ上げられて以来、俺の自慢の大砲はただの一度もまともな出番を与えられず、ただの廃人(穀潰し)同然の扱いを受けてきた。だが、三妹だけは、いっつも俺の火器のロジックに強い興味を持って、毎日のように教えを乞いに来てくれたな。この新しい山砦(独竜岡)の防衛線には、俺の手で最高の一大砲兵陣地を組織してやるさ。朝廷の犬どもめ、一歩たりともこの山へは登らせんよ」

顧大嫂は、美味そうな表情を浮かべてツコツコと舌を鳴らした。

「三妹は魚や蝦が好物だけど、あたしはやっぱり、ずっしりとした肉が食べたいねえ。この岡の上には山林があるだけでなく、足元には優に千エーカー(千畝)を超える肥沃な田畑が眠っている。豚や鶏、牛や羊を丸々と育て上げれば、それこそ一生かかっても食べ尽くせないほどの極上の飯が手に入るよ!」

楽大娘子は笑いながら顧大嫂の逞しい肩をポンと叩いた。

「二妹、それならこれからはもう刀槍を振り回すのはお止めにして、この山砦の総料理長(総厨)に就任するべきね」

彼女は身体を反転させると、美嘉の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「あたしがあなたに付いていくと決めたのはね、一つにはこの小さな小娘(妹)を一人で危険な目に遭わせるのが心配だったから。そしてもう一つは、あなたのやる仕事が、何よりも大好きだからよ。あの不思議な薬や石鹸を調合するあなたの手際は、見ていて本当に胸がすくわ。梁山泊にいた頃は、あなたが『あれが足りない、これが手に入らない』っていつも代号表格の前で眉をひそめていたけれど、この独竜岡の植生(自然)を見る限り、あなたが求める極上の生薬(薬材)は、梁山のあの沼地よりもはるかに豊富に眠っているわよ」

魯智深と武松は、互いに顔を見合わせてニカッと不敵な笑みを交わした。

「これしきの苦難が何だというのだ。灑家(灑家)が三妹に付き従うのはね、ここには天下で一番美味い美酒があるからさ!」

美嘉は小さく微笑みながらも、釘を刺すように首を振った。

「お兄様たち、お酒はほどほどに。これ以上飲みすぎて身体が風癱(半身不随や痛風)にでもなったら、いくら私の薬学知識でも救いようがありませんからね」

彼女の細い指先が、最後に一人の男の前で止まった。

豹子頭の林冲は、苦笑交じりに肩をすくめた。

「三姑娘の仰る通りだ。俺は最近、酒をめっきり控え、勧められた蒲公英(タンポポ)の茶ばかりを煎じて飲んでいるが、おかげであの足首を刺すような痛風の激痛も、すっかり鳴りを潜めているよ」

一同の間にどっと温かい笑い声が弾けた後、美嘉はその面に浮かべていた笑顔を収め、凛とした冷徹な知性をその瞳に宿らせた。

「――仕事は、一つずつ着実に片付けていきましょう。ここに安身(拠点を置く)と決めた以上、まずは解決すべき最優先の課題が二つあります。一つは『住(家屋)』、もう一つは『食(兵糧)』ですわ。阮二兄様、五兄様、七兄様、そして凌振のお兄様と、実の兄(扈成)。あなたたちは家屋の建設(インフラの整備)を統括してください。まずは、私たちの基礎である扈家荘の敷地から再建を始めましょう」

彼女は視線を楽大娘子と顧大嫂へと巡らせた。

「大姉様、二姉様。あなたたちは女性たちを率いて、食品の収集と、皆の胃袋を支える厨房(飯炊き)を担当してください」

さらに言葉を重ねる。

「魯大師、武都頭。あなたたちは輪番(ローテーション)を組み、前山の防衛哨戒を統括してください。同時に、私は幼い頃の記憶で知っているのですが、この独竜岡への動線は『前山の一条の山道』だけと言われていますけれど、実は裏山の斜面に、地元の猟師たちしか知らない極めて隠密な、獣道のような小路が二、三条存在しているはずですわ。防衛を盤石にするためにも、まずはその隠しルートを物理的に遮断(絶って)してしまいましょう。そうして初めて、私たちは枕を高くして守砦に専念できます」

全員が真摯に深く首を振るのを見届けると、美嘉の顔に、いつもの瑞々しい元気が弾けるような大らかな笑顔が戻ってきた。

「林教頭は引き続き訓練を担います。私は、各路の接応(全体の後方支援・マネジメント)を担当します。皆、何か困ったことや必要な物資があれば、いつでも私の偏棚(部屋)へ相談に来てくださいね。もちろん、私もただ遊んでいるわけじゃありませんわ。今日はこれから、女兵の頭領である百日姑(ひゃくじつこ)たちを数名引き連れて、山の奥へ打獵(狩り)に行ってまいります。獲物が獲れたら、今夜はみんなで盛大な犒労(労い)の宴を開きましょう!」

豪傑たちは誰もが快活に笑い声をあげ、それぞれの持ち場へと、自らの足で力強く歩みを進めていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。