橘香書院の火傷、そして深宮の龍椅――神医の称号と、冷酷なる招安の許し
宋江は席上で戦々兢々(戦々恐々)としており、ただ唯唯諾諾と声を合わせるばかりで、酒杯を掲げる手すら定まっていなかった。美嘉はその傍らに座り、この大頭領のあまりに懦弱な不様さを眺めながら、心の中で不屑(軽蔑)の念を抱いて口元を微かに歪めていた。
酒が酣となり、李師師が場を興そうと琴に手を伸ばして爪弾こうとしたまさにその時、異変が突発した。
給仕をしていた太監が、不注意から片側に置かれていた青銅の仙鶴香炉を引っかけてひっくり返してしまったのだ。カン、コーンと音を立てて転がり落ちたのは、真っ赤に焼き焦げた炭火と、熱せられた香炉の角だった。それが、あろうことか前傾姿勢になっていた宋徽宗・趙佶の右腕と手首の上に、まともに激突したのである。
「あ、熱っあぁぁぁぁ————!!」
宋徽宗の凄まじい悲鳴が響き渡った。左腕は一瞬にして広範囲にわたって焦げ茶色の水泡が膨れ上がり、その端正な顔は激痛のあまりに激しく歪んでいた。
「曲者だ、主上をお護りせよ! 早く御医を呼べ!」
「皇上が傷を負われたぞ!」
一時間、生香院の中はひっくり返したような大混乱に陥った。太監たちは狂ったように叫び声をあげ、李師師は恐怖のあまり顔面を土気色に変え、宋江にいたっては恐怖のあまり床に這いつくばって死に物狂いに頭を叩きつけていた。
「周りを取り囲まないで、息を吸わせて!」
現代の軍訓(ミリタリー訓練)で培われた、威厳に満ちた鋭い嬌喝が、一瞬にして部屋を満たす狼狽をねじ伏せた。
美嘉の眼光が鋭く凝固した。相手が皇帝であるか否かなど今の彼女には関係なかった。彼女は大きく一歩を踏み出すと、恐怖で硬直している李師師を力任せに突き退けた。
「三娘! 天顔を衝動(お怒り)に触れさせてはならんぞ!」宋江は眼球が飛び出しそうになるほどに驚愕し、狂ったように絶叫した。
「うるさいわね、これ以上騒いだらこの腕が腐り落ちるわよ!」美嘉は振り返り、宋江を刃のような眼差しで一瞥した。その圧倒的な覇気に圧され、及時雨の兄貴は生々しく身体を縮こまらせて口を閉ざした。
美嘉は宋徽宗の前に片膝をつくと、自らの腰に巻かれていた、清潔で昂貴な氷蝉糸の帯を躊躇なく引きちぎった。そして携帯していた木製の薬箱から高純度の蒸留アルコールを取り出すと、問答無用で皇帝の龍手(右手)をひっ掴んだ。
「陛下、少し堪えてください。この水は一度完全に沸騰させてから冷ましたものですから綺麗です。この酒は消炎のためのものです、一瞬だけ痛みますから!」
「シューーーーッ!」
度数の高い酒精が火傷の創口(傷口)へと一気に注がれ、宋徽宗はあまりの激痛に獣のような暴吼をあげ、額の青筋を猛烈に突き立たせた。しかし次の瞬間、美嘉のあの白皙で修長な両手が、優しく、そして精準な手つきで、彼女と安道全が精製を重ねて作り上げた、この時代においては神効というほかない「氷片地榆珍珠散」を創口へと敷き詰めていった。
生薬の清涼感と薬学の精緻な配合比率が、その瞬間に効能を爆発させる。のた打ち回るような灼熱の激痛は、わずか一秒のうちに潮が引くように退いていき、代わりに肺腑にまで染み渡るような心地よい舒爽(爽快感)が満ちていった。
美嘉の手際は風のごとく迅速だった。清潔な細麻布を使い、皇帝の右腕をシュシュと数回の手つきで巻き上げると、最後に、大宋朝の人間が誰一人として目にしたことのない、現代の精緻な救急蝴蝶結び(リボン結び)をあしらってみせた。
「はい、おしまい!」美嘉は小さな両手を軽く叩き、唖然自失としている宋徽宗に向けて、どこまでも清爽で、どこまでも眩い、元気に満ちあふれた大らかな笑顔を咲かせた。
「陛下、この薬は三日で肉を生じさせ、七日で腫れを引かせます。一筋の傷痕すら残らないことを保証しますわ。これからの数日間は、絶対に生水に触れてはいけませんよ。それから、宮廷の油っこい大肉(肉料理)を食べるのも厳禁ですからね!」
部屋の中は、死に絶えたような静寂に包まれていた。
宋江は床に平伏したまま、全身が恐怖のあまりに麻痺しきっていた。
趙佶はきっちりと包み上げられ、もはや微塵の苦痛も感じさせない自身の右手を見つめ、次いで目の前に佇む、凛とした英気を纏い、冬の暖陽の如き笑みを浮かべている奇妙な女性を見つめた。その風流で放蕩を極めた皇帝の心臓は、この一瞬、根底から震撼させられていた。
「神技……まさに神技である! 医者の仁心、姑娘(お嬢さん)は朕を救っただけでなく、玲瓏たる七竅の心(類稀なる聡明な心)を持っている!」
趙佶は美嘉の卵型の顔をじっと見つめ、あたかもその名を、その風華を、自身の骨髄の奥底へと刻み込もうとしているかのようだった。
「扈三娘……見事な一丈青よ! 朕は、お前を覚えたぞ!」
――汴京、大内の深宮。
それは、宋江がその全生涯をかけて夢見、平伏することを渇望し続けた権力の絶対たる核心だった。しかし、彼らの一行が本物の皇宮へと足を踏み入れたまさにその瞬間、冷酷な現実が宋江の顔面に向けて強烈な平手打ちを見舞った。
高俅や童貫といった権臣たちが冷笑を浮かべて大殿の両側に立ち並び、これらの泥水にまみれた山賊たちを一瞥することすらしていなかった。そして、宋江にとって最も受け入れがたかったのは、内侍(宦官)の伝えた聖旨の内容だった。拝謁を許されたのは、あろうことか、美嘉ただ一人だったのだ。
「聖上の龍体、いささか優れず。神医たる扈三娘、単独にて親謁を許す。その他の梁山の人馬は、大殿の外にて控えておれ!」
宋江のあの漆黒の顔は、一瞬にして極めて奇妙な色彩へと染まった。五色に顔を歪め、口元を痙攣させ、その漆黒の両手は袍服の裾を死に物狂いで締め上げながら、ただ眼を開いたまま、一身に素浄戦闘服を纏った美嘉が薬箱を提げ、何事もないかのように彼の側を通り抜け、幾重にも重なる深邃な朱色の宮門の奥へと消えていく姿を、ただ見送るしかなかった。
全天下の権力の頂点である龍椅の傍らにおいて、美嘉は再び、あの噂に名高い荒淫でありながら芸術の天賦の才を持つ徽宗皇帝と対峙していた。
この時の皇帝の顔面は微かに青白く、前日に傷を負った左腕には、未だに美嘉のあしらった蝴蝶結びが結ばれたままだった。美嘉の姿が眼に入ると、皇帝はあろうことか、その身体を微かに欠(浮かせて)みせた。
「神医が来たか。見れば、梁山泊にもいくばくかの人材はいるようだな」
美嘉は深く息を吸い込み、内面の不快感を押し殺して一礼を執ると、躊躇のない足取りで前へと歩み寄った。そして皇帝の傷口を再び消毒し、薬を敷き、包帯を巻き直していった。最後に薬箱の奥から「氷片地榆珍珠散」を取り出す。
「陛下、こちらをあと五日間服用していただければ、完全に快癒いたしますわ」
皇帝は右腕の怪我などもうどうでもよいかのように、微かに五本の指を掲げた。その瞳の奥には、彼の持つ芸術家としての気質とはおよそ不釣り合いな、一筋の貪欲な色が浮かんでいた。
「頭領がこれほどまでに若く、これほどまでに美貌であり、これほどまでの神技を持っているとは思いも寄らなかった。どうだ、宮中に入り、五品の薬監主管の職に就く気はないか? 宋江にお前という義妹がいるのなら、朕も、そのような一人が欲しいものだな!」
美嘉の胃袋の中は一瞬にして激しく反転したが、彼女の頭脳は超高速で回転を続けていた。彼女は清徹な大きな瞳をパチパチと瞬かせると、礼数を失わず、しかし断固とした拒絶の意志を込めて深く頭を垂れた。
「草民は長く草莽の地に身を置き、山間の草薬の煙火に馴染んでおりますゆえ、この深宮の富貴を消受(享受)する福はございません。長くとどまるよりは、むしろ民間にあって多くの薬丹を練り上げ、陛下が必要とされるその時に、いつでも供する準備を整えておく方が、陛下の龍体のためかと存じます」
徽宗皇帝の瞳の奥に一筋の遺憾(未練)の色彩が走ったが、彼はこの娘の放つ冷傲な清明さに深く驚嘆せざるを得なかった。彼はその場で筆を執り、「七品囯医一丈青」の文字をしたためた。「今後、暇がある時はいつでも朕に会いに来るが良い」と笑い、一度立ち上がりかけ、何かを考え直したようにもう一度椅子へと腰掛けた。
美嘉は趙佶から授かったその墨宝(書)を手に携え、大殿へと入ってきた童貫や高俅の二人と、すれ違うようにして交叉(交差)していった。
彼女がまだ殿堂の扉を出るか出ないかのまさにその時、背後から趙佶の声が聞こえてきた。しかしその声音は、先ほどとは一転して、極めて冷酷かつ傲慢な響きへと変わっていた。
「――宋江に会う必要はない。梁山泊がどうしても投降したいというのなら、許してやれ。方臘を平定させた後、適当な官位でも授けてやれば良かろう」




