聚義廳の裂痕――招安の暴風雨と暗黙の同盟
梁山泊は、名実ともにその繁栄の極みを迎えていた。しかし、この烈火に油を注ぐような盛世のただなかで、突如として「招安」という名の陰霾(暗雲)が、聚義庁の奥底において徹底的に引火した。
それは、再び朝廷の官軍を大破した戦功を労うための、盛大極まる宴席の最中だった。
酒は三巡し、上座に座って満面に春風を浮かべていた宋江が、不意に酒碗を卓へと置いた。彼のその漆黒の両手は微かに震えており、猛然と立ち上がったその黒い顔面は、極度の狂熱のあまりに仄白く上気していた。彼は喉を引き裂かんばかりの、前代未聞の宏大な声を張り上げ、満堂にひしめく百八人の豪傑たちへ向かって高高と論じ始めた。
「衆位の弟兄たちよ! 我らはこうして義によって集ったとはいえ、つまるところは草莽に身を落とした賊に過ぎず、到底長久の計とは言えぬ! 今や大宋朝廷は内憂外患に喘ぎ、官軍は我が手の前に連戦連敗を喫している。これこそ、聖上(皇帝)に我らの忠義を知らしめる最大の良機ではないか! 朝廷が恩詔を降しさえすれば、我らは天に従って国を護り、朝廷へと帰順(招安)できる。往々は妻を封じ子に蔭を遺し、青史に名を留めることこそ、我らの一世の蓋世の武芸を無駄にせぬ道である!」
この言葉が放たれた瞬間、先ほどまで喧騒を極め、杯を交わし合っていた聚義庁は、一瞬にして死に絶えたような静寂へと叩き落とされた。
「――バギィィン!!」
次の刹那、耳を聾するほどの巨響がその死寂を力任せに打ち砕いた。下座にいた「行者」武松が、目の前にある紅木(高級木材)の条案を思い切り一打して叩き割り、その虎の如き眼を怒張させ、殺気を天に衝くほどに立ち上がって宋江へ向かって激しい暴喝を浴びせた。
「招安、招安と! 毎日毎日、頭の中は招安の二文字ばかりか! 過去に朝廷の奸臣どもが、いかにして我らを家破人亡(一家心中)の淵へと追い詰めたか、公明の兄貴はもうお忘れになったのか!? 今日は招安、明日は納降(降伏)と、これではどれほどの弟兄たちの心を冷え切らせることか! 少なくとも、この武松は断じて承服いたさぬ!」
「その通りだ!!」
「花和尚」魯智深も霍然と立ち上がった。その一尊の巨大な肉山が火光に照らされ、周囲に凄まじい威圧感を放つ。彼は首にかけた太い念珠を力任せに引きむしり、銅鈴の如き大きな眼で宋江を死に物狂いに睨みつけ、濁った声を張り上げて咆哮した。
「宋頭領、あんたは毎日口を開けば招安だ。だがねえ、あの朝廷の鳥の如き腐った差配など、灑家は一秒たりとも我慢がならねえ! 今日は招安だと言い、明日には兄弟たちを高俅の賊子に売り飛ばして己の投名状(手土産)にするつもりじゃないのか!? 灑家は真っ平御免だ!」
少し離れた席にいた「活閻羅」阮小七にいたっては、冷笑を連発しながら、いきなり椅子の上に脚を跳ね上げ、手にした粗瓷(粗焼き)の酒碗を床へと粉々に叩きつけた。
「公明の兄貴が、どうしても官兵の犬になり下がりたいというのなら、兄弟たちは止めはしねえ! だがな、俺たち阮氏三雄は石碣村で気ままに魚を獲って暮らすのが性に合っている。あの鳥の如き不快な気など受けてたまるか! 誰であれそのわけの分からぬ招安を受けたい奴は、自分一人で行くがいい。水の中の弟兄たちを巻き込むんじゃねえ!」
一時間、聚義庁の内部は一斉に罵声が飛び交う大混乱へと陥った。李逵は大声を張り上げて暴れ、登州派系の孫立らは冷徹な眼差しでその光景を傍観し、二龍山や桃花山の好漢たちは各々腰の兵刃へと手をかけていた。
この慶功宴は、結局のところ、至る所に刃が擦れ合うような悪毒な空気のなかで、不歓而散(険悪な決裂)のまま幕を閉じることとなった。
宋太公の傍らに座っていた美嘉は、その清徹な二つの瞳を冷ややかに据え、聚義庁にいる人間のあらゆる表情、あらゆる咆哮を、一文字の漏らしもなくその脳裏へと克明に収めていた。
(この男たち、とうとうこの八百里水泊の最後の一滴の熱血を、政治という名のまな板の上へ乗せて切り刻むつもりなのね)
美嘉は誰よりも原作の結末を知悉していた。招安の後に待っているのは、方臘征伐であり、田虎討伐だ。この百八将の大部分は、最終的に大宋朝廷の都合の良い消耗品(鉄砲玉)として消費され、兔死狗烹(用済みになれば殺される)の悲惨な終局を迎えることになる。
それからの数ヶ月間、朝廷の反応は極めて怪異なものだった。大宋の徽宗皇帝は数度の密使を山へ送り、応酬を重ねてはいたものの、その言葉は常に高高(上から目線)であり、提示された条件は極めて過酷なものだった。そればかりか、朝廷は梁山泊が石鹸や烈酒の密輸によって蓄積した恐怖すべき巨万の富に眼を眩ませ、再び十数万の禁軍の精鋭を動員して、梁山への惨烈な包囲殲滅戦を仕掛けてきたのだ。
その数回の大戦は、天地を暗転させるほどの激戦となった。前線の林冲や武松らは人馬もろとも血の海を泳ぎ、後方では、美嘉が冷徹に三百名を超える女兵を指揮して、この大山で最も強固な医療と糧草の命脈を支え続けた。
梁山泊は再び勝利を収め、朝廷の官兵を木端微塵に打ち砕いた。
しかし、これほどの大勝を挙げた後であっても、宋江は反省するどころか、むしろその戦功を朝廷への「物乞い」の材料にすることに狂執し、明黄色(皇帝の色彩)の降詔を膝行(膝づいて)して迎え入れることばかりを妄想していた。
美嘉は、自分に残された時間がすでに皆無であることを確信した。
彼女は暗闇のなかで、頻繁な接触を開始した。
凍傷薬の配給や冬日の烈酒の調配という、実質的なインフラの支配権を背景にして、美嘉の簡易救護所の偏棚の小屋には、夜な夜な特殊な貴客たちが訪れるようになった。林冲、魯智深、武松、楊志、さらには阮氏三雄にいたるまでの十数人の最上位の核心頭領たちが、すでに後山において、美嘉との間に極めて隠密な、そして「心照不不(心照不宣/言わずもがな)」の同盟を完全に結び終えていたのだ。それは、宋江や呉用のあずかり知らぬ裏の支配線だった。
風雪が激しく吹き付けるある深夜、美嘉はついに、独りで宋江の元へと赴いた。
「公明の兄貴、今日これほどの大勝を挙げてもなお、朝廷は我らをただの草芥としか見ていません」
美嘉は身軽な勁装(戦闘服)に身を包み、その清徹でありながら不屈の急脾気を湛えた瞳で、上座の宋江を直視した。
「三娘と後山のエピソードを支える三百名の女兵、そして林冲のお兄様、魯大帥、武松のお兄様を始めとする十数人の弟兄から、今日、兄貴へ伝言を預かってまいりました。――もしも兄貴が、どうしても朝廷に向かって膝行して命を乞う(投降する)というのであれば、我らは、同行いたしません」
宋江はそれを聞くや、先ほどまで満面に浮かべていた笑顔の黒い顔を、一瞬にして凍りつかせた。彼の漆黒の両手は条案を死に物狂いで押しつけ、その瞳の奥には前代未聞の暴戻と固執の凶光が走り、低く掠れた声で美嘉を厳しく叱責した。
「胡乱! 三娘妹子、お前のような一介の婦女子が、大局の何たるかを語るか!? 林教頭たちは一時、狐に化かされて正気を失っているだけだ! 両軍の陣前にあって、ただ招安(帰順)のみが正途である! 二度とその不実な言葉を口にするな。さもなくば、この山寨の厳格な規矩を以て、お前を処断せねばならんぞ!」
欲権と執念のあまりに完全に面目可憎(醜く歪んだ)に変貌した宋江の黒い顔を見つめながら、美嘉は恐れるどころか、その唇の端へ、現代の大学三年生特有の、冷徹で精明な弧線を緩やかに描き出した。
(宋のお兄様。あなたは本当に、壁に頭をぶつけて骨が砕けるまで、絶対に後ろを振り返らない性質なのね)
この梁山泊という名の泥舟が不可避に沈没する運命にあるのなら、そして宋江がどれほど言葉を尽くしても決して目を覚まさないというのなら。
彼女――扈三娘と、志を同じくする真の兄弟たちは、断じてこの場所に留まって殉死(心中)するつもりは毛頭なかった。




