晁天王の死と権力の嵐――戦線を裏から支配する、三百人の後勤大脳
冬が過ぎ去り、春が到来した。大宋朝の江湖を巻く風暴は、さらに狂暴に燃え上がっていた。
これより、梁山泊の歴史において最も激動する凄惨な時期が幕を開ける。
「托塔天王」晁蓋が曾頭市を攻めた折、史文恭の放った毒箭を顔面に受け、治療の甲斐なく崩御したのだ。晁天王は臨終の間際、「史文恭を捕らえた者を、梁山泊の主とせよ」との遺言を遺した。
一時間、山寨の内部には凄まじい暗流が渦巻き始めた。宋江が名正言順(正当)に第一の椅子へと座るため、瘋狂(狂ったよう)に軍隊を組織しては大名府を攻め立て、玉麒麟の盧俊義を梁山へと引きずり落とす謀略を巡らせ、さらには二度目の曾頭市攻略を敢行した。滔天の戦功を以て、寨内の反発の声を力任せに圧殺せんとしたのだ。
山東と河北の全土を舞台に、地を揺るがすような大決戦が次々と打たれていった。
林冲、秦明、花栄、武松、魯智深といった一流の好漢たちは、連日連夜にわたって前線で官軍や史文恭の軍勢と死闘を繰り広げ、大地は血流成河(血の海)と化していた。
この烈火に油を注ぐような権力の暴風雨のただなかで、美嘉は極めて高超な現代の政治的智慧を発揮していた。
彼女は、決して前線へと赴き、敵の陣線と無暗に打闘(刃を交える)をするような真似はしなかった。
「陣前で三百合も打ち合うなんて馬鹿げたこと、真っ平御免だわ。誰があの宋黒子のために命を投げ出して衝鋒(突撃)なんかするものですか」
美嘉の心は、鏡の如く冷徹に冴え渡っていた。原作の運命における扈三娘は、汚れ仕事や過酷な労役をすべて押し付けられながら、その功績をすべて宋江の懐へと回収される悲劇の鉄砲玉に過ぎなかった。
今回、前線の宋江がどれほど激しく将兵を動かそうとも、彼女は自らの防衛線――只做後勤(後方支援にのみ徹する)という一線を、死に物狂いで守り抜いた。医護、伝令、情報収集、そして糧務と集糧。
これこそが、山寨全体、ひいては大局において、前線で剣を振るうことより遥かに重要な職分だった。
戦線がどれほど長く伸びようとも、大名府の激戦がどれほど苛烈を極めようとも、美嘉の医護隊は常に第一時間で消毒済みの篷車(馬車)を走らせて傷兵を回収し、安道全と美嘉の調合した防潮薬散を以て、神速の救治(治療)を施した。
彼女の伝令隊は河北と山東の全土にくまなく網の目を広げ、彼女たち自身にしか解読できない代号表格(暗号表)を用いることで、前線と本陣の大砦を結ぶ情報伝達の速度を数倍へと引き上げた。
彼女の糧務隊は、軍糧の最後の一粒に至るまでの消耗を精算し、激しい暴雨と泥濘のなかであっても、最も合理的なルートを弾き出して大部隊の軍糧を分毫不差(寸分の狂いもなく)前線の軍陣へと届け続けた。
前線の戦闘が惨烈を極めれば極まるほど、後方を一手に統べる美嘉の存在は、組織にとって不可欠な命脈となっていった。
大軍が前方で血を流し合っている間に、美嘉の率いる四面旗女子特種部隊は、すでに三百人を超える規模へと拡大を遂げていた。
美嘉を組織の頭脳であり核心に据え、楽大娘子が顧問としてその補佐に当たり、麾下の大将には二姉である顧大嫂に加え、新たに孫二娘がその列へと加わった。
彼女たちの冷徹な統率のもと、この特種部隊は、今や八百里梁山泊の全体を裏から支配する、最も恐怖すべき後勤大脳(ロジスティクスの司令塔)へと成長していたのである。




