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それでも、同じ空の下  作者: 夜唏


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28:抱擁

 詰所の扉を開けたエーリカへ、サラサが駆け寄ってきた。

「お嬢様!ご無事で本当に良かった……!」

 サラサが目に大粒の涙を蓄えて、エーリカの手を握りしめる。

 

 両手で包み込まれるように握られたエーリカの指先が、じんわりと熱を取り戻し始めた。

 ――大丈夫、ここにいる。


「心配をかけてごめんなさい、サラサ」

 エーリカはぎゅっと強く握られた手を、ゆっくり優しく握り返す。


「それでは、此方でお待ちください。――俺も、一緒に帰宅できるよう頑張ってきます」

「ええ、無理しないでね」

「すぐ戻りますよ」

 

 そう言ってルーカスが踵を返すと、マントが少しだけ靡いた。

 

 扉の奥で足音が遠ざかり、やがて完全に消える。

 エーリカの張り詰めていた緊張が、音を立てずにほどけていく。

 

 ここに来て初めてようやく、深い息を吸えた。


 応接間に漂っていた、張りつめた緊張と沈黙――それらがこの簡素な部屋にはなく、代わりに人の気配と生活の匂いが満ちている。


 誰かが動いた衣擦れの音。質素なソファーと安物の紅茶の匂い。低く抑えた話し声。

 それらが一つひとつ、現実へとエーリカを引き戻していった。

 

「お嬢様、いったい何があったんですか?マルクスったら全然要領を得なくって……」

「すみません。俺も隊長から指示受けただけで詳しいことは分からなくって」

「色々あったのよ……」

 エーリカは椅子に腰を下ろし、背もたれにそっと身体を預けた。

 意識していなかったが、肩に力が入り続けていたらしい。

 

 深く息を吐いて、メイドの逮捕劇を語って聞かせる。

 

 言葉を選びながら、ひとつずつ出来事を並べていくと、少しずつ現実味を帯びていく。

 あれほどの騒動も、すでに過去になりつつあった。

 声に出してしまえば、整然とした“出来事”に見えるのが不思議だった。

 

 話し終える頃には、喉がからからに乾いていた。

 自分が思っていた以上に、心が消耗していたのだと気づかされる。

 隣に座り、エーリカを守るように抱きしめるサラサの温もりに身をゆだねる。

 

「私、お嬢様になにかあったらと怖くって……」

「心配かけてごめんなさい……私は、大丈夫よ」

 

「……本当に、何事もなくてよかったよ」

 マルクスの声音は思いのほか落ち着いている。

 その視線は、ときおりサラサの背へ向いている。

「ありがとう、マルクス」

 エーリカがそう告げると、マルクスは返答の代わりにエーリカに向けて小さく目を細めた。

 

「……お茶が冷めているわ。お湯を取ってくるわね」

「お、お湯なら、私が……」

「そんな涙でぐしょぐしょの顔で歩き回るの?いいから早く落ち着きなさいな」

 

「行ってくるわ」

 立ち上がりながらマルクスを視線で射た。

(わかってるわよね?私の大事なサラサ……宥める役を代わってあげるんだから)

 

――頼んだわね。

 声に出さずに視線でそう告げると、マルクスは意図を読み取ったのか、一度だけ真剣な顔で頷いた。


 扉に手をかけたところで、一度だけ振り返る。

 サラサはまだ涙を拭いながらも、マルクスに何かを話していた。


 姉を取られる寂しさと同時に、確かな安堵があった。

 エーリカはサラサの幸せをその眼で確認し、静かに歩き出した。


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