23:安息
「お楽しみの最中失礼いたします。パレードが近づいてきたようです」
サラサの一言がお茶会終了の合図となった。
「あら、せっかくみんな揃ったところなのに……」
「王女様、パレードが終わったら模擬戦もすぐ開会です。そろそろ準備をいたしませんと」
エリザベートが口を尖らせるが、メイドが厳しい目で一瞥してお茶会の続きを阻止する。
その眼には、王女に向けるには不遜すぎる――侮蔑の色が、隠されもせず鎮座していた。
「そう、ね……」
目線を落とすエリザベートが、エーリカの記憶にあるエリザベートと重なる。
「えっと、エリザベート様、デイジィ様、私はお先に失礼させていただきますね」
「え?……あぁ、エーリカ様、今日はありがとう!またお茶しましょうね!」
ぱっと顔を上げたエリザベートはいつもの笑顔に戻っていた。
◇◇◇◇
闘技場の広場から出ると、風が一層強くなり、二人の髪やドレスが揺れる。
空には雲ひとつなく、やわらかな陽射しだけが静かに降り注いでいた。
路地に入り込むと、さっきまでのざわめきが嘘のように静まり返り、石畳を渡る足音だけが耳に残る。
陽光の下にいながらも、どこか薄い影に包まれているような気がした。
「お嬢様、大通りに戻っている時間がありませんわ」
「仕方ないわね……。あちらの高台から見下ろすだけにしておくわ」
坂の途中に少しだけ開けたただの道端ではあるが、見下ろすと、たくさんの人が行きかっているのがわかった。
旗の波がゆれ、屋台の笛が短く鳴る。焼き菓子の甘い香りが風に乗って届いた。
でも、エーリカの顔色は優れない。
(私の時も、こんな風に楽しそうだったわね……)
形のない不安がまた息を吹き返す。
エーリカの脳裏に、“あの日”の記憶が甦る。
――あの時も、笑い声が上がっていた。誰かが屋台で歌を歌い、子どもが赤い風船を追いかけていた。
――空は晴れ渡り、陽射しはやけに眩しく、風は冷たかった。
市井でその日暮らしをする者たちにとっては、パレードも処刑も、どちらも同じ“お祭り”なのだ。
醜く不気味な“死の音”が、下の広場からひと際大きく響いた。
エーリカの頬を一だましていたい、身体の体温が下がる。
「パレードが来ましたよ」
(大丈夫、この歓声は誰かが死ぬ音じゃない……ただ楽しんでいる声よ)
エーリカはサラサに気取られない様、心を落ち着かせる。
「……ルーカスは見つけられるかしら」
少しだけ背伸びをして、塀越しに下を覗く。
目を凝らしても、銀の鎧が陽光を反射して眩しく、誰が誰だか判然としない。
太鼓の音が、まるで自分の心音と重なるようだった。
鼓動がひとつ跳ね、視界の端に見慣れた姿を捉える。
「あっ!ルーカスだわ!」
「やはり隊長ともなると目立ちますね。――あぁ、軽薄男もいますね」
「マルクスのことね」
「軽薄男です」
「もう、サラサったら……。マルクスとお食事に行ったの、知ってるんだからね。ルーカスに聞いてるわ」
「なっ?!――ちょっとお嬢様とルーカス様の情報交換の場を設けただけです」
「なんの情報よ……。あぁ、残念。手を振っても全然気づいて貰えないわ」
エーリカは残念がって背伸びをやめて一息つく。
「傍の観客もごった返していますからね……あ、気づかれましたよ!」
「えっ?うそっ……!」
急いでまた背伸びをして覗き込むと、ルーカスが笑顔で手を振ってくれている。
「ほらお嬢さま、手を振らないと」
「そ、そうね!……マルクスも手を振っているわよ。サラサも返しなさいよ」
「べ、別に私に振っていると決まってるわけじゃ……っ」
マルクスの弾ける笑顔に観念したサラサが小さく手を振り返す。
少しだけ口角を上げたサラサとマルクスの視線は交差して風に溶けていった。
そんな小さな幸せを見られたエーリカは、ようやく胸の奥の痛みを忘れることができた。
「ふふっ、次は貴女の番ね?」
「なんのことやら……」
「ねぇ、サラサ。今、幸せ?」
「……今は、まぁまぁですね。これからお嬢様の結婚式に付添う時が一番幸せな時でしょうね。――さぁ、闘技場に入りましょう」
背後でまた群衆の歓声が上がる。
けれど今度のそれは、ほんの少しだけ優しく聞こえた。
サラサの唇は先ほどより緩く、柔らかに弧を描いている。
今この時は、その答えで十分だとエーリカは思えた。




